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モーツァルト・レクイエムの悲劇
原書: OPUS ULTIMUM
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2007年12月
- 書店発売日
- 2007年12月26日
- 登録日
- 2010年2月18日
- 最終更新日
- 2010年10月21日
紹介
レクイエムを本当に完成させたのは誰か?
モーツァルト最後・最高の作品をめぐる
悲劇的展開を追う注目のトルー・ヒストリー。
モーツァルト最大の謎を追う。
目次
はしがき 1
プロローグ?モーツァルトのレクイエム物語????7
ことの始まり????14
悲劇的な出来事に対する二つのメモリアル????18
主要人物????31
レクイエム完成の指揮をとる妻????35
レクイエム完成者の選択????45
ジュスマイヤーとコンスタンツェの変らぬ愛????50
レクイエムの「未完」を定義する????66
第一段階????71
第一段階??〈キリエ〉????76
第一段階??〈ディエス・イレ〉から〈ホスティアス〉????82
第二段階????98
ジュスマイヤーは剽窃者? それとも口述筆記者?????108
紙切れ????119
ジュスマイヤーにしてはできすぎている????130
メロディーのコピー????137
劣った才能????145
ブリュッセルの冒?????151
第三段階????154
レクイエムの完成????164
目的と手段????171
ヴァルゼック伯爵の物語????180
スキャンダル????190
手稿譜の再構成????197
不運と死のフェスティバル????213
現代のジュスマイヤーたち????216
レクイエムによる癒しの抱擁のなかで????221
エピローグ?小説物語????224
あとがき 263
[解説]剽窃と復讐の涙ながらの日よ 都築正道 267
前書きなど
あとがき
本書は、Daniel N. Leeson, Opus Ultimum, The Story of The Mozart Requiem, Algora Press, 2004 の翻訳である。著者のダニエル・N・リーソンは、本書の題名を『最後の作品?モーツァルトのレクイエム物語』としているが、日本語版では本書の内容を伝える意味から、『モーツァルト・レクイエムの悲劇』とした。
著者の経歴は非常に異色である。長年IBMで勤務し、コンピュータの専門家であった。退職後はカレッジなどで数学を教えたこともある。また、アメリカのモーツァルト協会の創設者の一人であり、モーツァルト関連の雑誌の編集を手がけたり、数多くのモーツァルト祭典に関わっている。自らはクラリネット奏者として二〇年間サンホゼ交響楽団で、またその他数多くの交響楽団で演奏活動を行ってきたことでも知られる。さらにはノンフィクション作家としても活躍している。本書を書くにあたって、資料収集と執筆に二年間を費やした。
最近では、「モーツァルトと数学」という異色の講演会各地のアメリカの大学で行い、注目を浴びている。モーツァルトの数理に対する潜在能力が、作曲に大いなる影響を与えたと解釈している点は、きわめて興味深い。こうした数学者らしい、ときには演繹的に、ときには帰納的に推論していく方法論は、本書の随所に散見し、本当のところはどうかと読者に考えさせるが、結論はしっかりと彼自身のものである。
本書は、モーツァルトの晩年の作品レクイエムにまつわる、いわば「伝記物語」のようなものであるが、はしがきにあるように、音楽の専門家向けの学術論文のようなものではなく、悲劇的だが、魅惑的な物語としてあるがままに読める。ある意味では、詳細な状況証拠に裏打ちされたこのレクイエムにまつわる神秘性やミステリーが、モーツァルトの音楽愛好家に飽くなき想像力と好奇心を掻き立て、人間の心理をえぐり出した文学の世界へ誘ってくれる。
著者の真摯な分析は新たな解釈を生み出している点では非常に興味深い。単に、モーツァルトの晩年の神秘的な世界や、モーツァルトをとりまく世界を知ることを超えて、人間の創造力の発露を芸術に結晶させるプロセスとその努力に大きな感動がある。レクイエムに関しては、モーツァルトの未完の作品、ジュスマイヤーが完成させたとか、映画「アマデウス」ではサリエリが毒殺をしたとか、さまざまに語られているが、本書はミステリーも含めて、大変興味深いエピソードをまじめに議論して、ある時にはモーツァルトの気持ちになり、ある時はコンスタンツェの気持ちになり、ある時はジュスマイヤーの気持ちになって、重層的に推論を組み立てている。レクイエムに関してはこれほどまとめて多くを語った本に出会ったことがない。それだけでも、たいへん意義のある出版であると確信する。
訳者の一人である江口は、個人的な事情から本書と出会った。二〇〇五年に一三年の闘病の末に、クラシック音楽が好きだった母を亡くした。その母は苦しかった最後の二年半の闘病生活でもクラシック音楽を聴きつづけていた。モーツァルトの音楽には癒されたと思う。本書を翻訳しているときに、一〇数年前に母と一緒にはじめて海外旅行で出かけたモーツァルトの生地ザルツブルクや、ウィーンにあるモーツァルトのお墓のことを思い出した。モーツァルトのお墓にはモーツァルトの遺骨がないとのことであったが、なぜか厳粛な気持ちに襲われたことを今でも鮮明に記憶している。大げさにいえば、まるでモーツァルトや母に導かれたような不思議な気持ちであった。キリスト教徒であった母が召天してからあまり時間がたっていないが、モーツァルト生誕二五〇年を祝する機会に、母への鎮魂を願う気持ちから、本書に関わったことを感謝している。
私たちは音楽愛好家であって、音楽の専門家でないために、本書の訳稿をつくるうえで思わぬ間違いをおかしているかもしれない。ただ、その間違いを最小限にするために、京都精華大学の同僚であるディビッド・ボゲット先生をはじめ、多くの方に貴重な助言をいただいた。この紙面をかりて、お礼を申しあげたい。
本書の著者も語っているように、九・一一の犠牲者をしのんで全世界でレクイエムを演奏する企画が持ちあがったように、いまやモーツァルトのレクイエムは世界の平和を祈念する象徴的な音楽になっている。不正義のために犠牲になった人びとや、無念な気持ちでこの世を去らざるを得なかった人びとの魂を鎮魂する、モーツァルトのレクイエムがいつまでも人びとと共にあることを願う。本書をモーツァルトを愛する人たちにとどけたい。
二〇〇七年十月一日 訳者
上記内容は本書刊行時のものです。