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歌舞伎はこう見ろ!
椿説歌舞伎観劇談義
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2010年12月
- 書店発売日
- 2010年12月1日
- 登録日
- 2010年11月15日
- 最終更新日
- 2014年12月19日
紹介
片岡孝夫によって歌舞伎ファンになったブラック。猿之助によって歌舞伎狂となった。20代後半で歌舞伎に目覚め、これまでの遅れを取り戻すべく、日本全国、歌舞伎を追う。なぜ歌舞伎は凄いのか?観劇の鉄則を快楽亭が論じ尽くす!
目次
一幕 演目十番集
松竹梅湯島掛額
助六
山吹
鰯売恋曳網
毛抜
大経師昔暦
染模様恩愛御書
菅原伝授手習鑑
東海道四谷怪談
盟三五大切
二幕 名優五人衆
市川左団次――役者のダンディズムあるいは器の大きさ
坂東玉三郎――立女形の本質
片岡仁左衛門――当代随一の美男役者
中村富十郎――立役にして踊りの名手
中村勘三郎――天才が世界一の役者になるために必要なこと
三幕 観劇心得帖
歌舞伎との出逢い――見巧者への果てしなき道
歌舞伎グルメ――観劇の際のもうひとつのお楽しみ
新歌舞伎の作者たち――歌舞伎をダメにするのは誰だ!
河竹黙阿弥――七五調の魔術師にして勧善懲悪の戯作者
弁慶は実在したのか?――いまもなお猿人が棲む紀伊国・和歌山
お岩様に祟りはあるか?――監督ブラック、ホラー映画を撮る!
「七段目」(落語)
版元から一言
「はじめに」
あれはまだ二つ目の頃だった。中野の風俗店に入るところを通りすがりの人が見て、「あいつ落語家だ。あんなところへ入りやがって」と言っているのが聞こえた。あっしのことをまるでわかってないなと思った。
あっしは当時から下ネタ好き、下ネタの帝王と呼ばれていたのだから、風俗店へ入るのはむしろ必然なんだから。でもその通りすがりの人は風俗店へ入るあっしを非難したわけ、つまり風俗=悪という思想ね。
それからしばらくして歌舞伎座の三階席で歌舞伎を見ていたらお客さんから「勉強してますね」と声を掛けられた。
おかしい。なぜ風俗店へ行くのがとがめられ、歌舞伎を見るとほめられるのか? あっしにとって風俗店も歌舞伎も、どちらもあっしを気持ち良くしてくれる娯楽にすぎないのに。
なぜあっしが映画や歌舞伎を多く見るかといえば、楽しいからだ。快感があるからだ。SEXするよりもよっぽど気持ちいい。BUT歌舞伎は映画に比べるとハードルが高い。歌舞伎は初心者が見たらまずわからない。
あっしが間近に見た歌舞伎公演、名古屋・御園座の夜の部を例にとろう。
まず中村時蔵の「舞妓の花宴(しらびょうしのはなのうたげ)」これは踊りだからいい。
次は坂田藤十郎の「伽羅先代萩・御殿・床下(めいぼくせんだいはぎ・ごてん・ゆかした)」江戸時代、仙台、伊達藩で起きた御家騒動を歌舞伎化したものだが、今回上演されるところは長いストーリーの真ん中あたり、十三週連続のドラマの八話と九話をいきなり見せられるようなもんで、なぜこうなったのか、これからどうなるのかがまるでわからない。
それから尾上菊五郎の「身替座禅(みがわりざぜん)」これは狂言舞踊、出張先で浮気した相手が都へやって来て逢いたいとラブレターが届いたので妻をだましてデートしてきたら妻にばれてしまっていてとっちめられるという爆笑喜劇だから、普通に見ていればわかる。なんせ先代中村勘三郎がニューヨーク公演でこれを上演した時の新聞の劇評に「歌舞伎は日本の伝統芸能と聞いていたがこの芝居はそうではあるまい。我々アメリカ人のために作った新作に違いない」と書かれたくらいだから。
最後が尾上菊五郎の「弁天娘女男白波(べんてんむすめめおのしらなみ)」俗に「弁天小僧」とか「白波五人男」とか呼ばれる芝居だが、今月上演される「浜松屋見世先の場」と「稲勢川勢揃いの場」だけでは、女に化けて万引きしたように見せ、わざと浜松屋の奉公人に殴られてその傷をネタに浜松屋を恐喝、百両ゆすり取ろうとした弁天小僧の正体を見破った正義の侍、玉島逸当が、次の稲勢川で弁天小僧たち白波五人男のリーダーとして登場するのかまるでわからない。
つまり初心者はチケット代だけでは理解不能、プログラムを買ってよく読むか、イヤホンガイドを借りて聴くかしなければストーリーを理解することができないのだ。しかしそのハードルを越えれば、歌舞伎ほど楽しいものはない。
上方歌舞伎の名作「恋飛脚大和往来(こいびきゃくやまとのおうらい)」のクライマックス、封印切りは、今でいえば郵便配達がこれから届けなければならない現金書留を、惚れた女の前で見栄を張りたいがために使い込んでしまう。やっていることは立派な犯罪なのにこの場面で客席は熱狂し拍手喝采、大向こうが掛かる。「女殺油地獄(おんなごろしあぶらじごく)」なんてもって酷いよ。自分に好意を寄せてくれる隣家の人妻に借金を申し込んで断わられた男が、その人妻を殺し、金を盗んで逃げてゆく。立派な強盗殺人だ。それなのに客席は大フィーバーするのだから。
歌舞伎ファンは犯罪を肯定する。なぜか? それは演じている役者がイケメンだからに他ならない。
「世の中、正と邪、善と悪、強と弱では分けられない。世の中にあるのは二種類、それは美と醜だ」と言ったのは戦前の日本映画で活躍した怪奇俳優・団徳麿だが、それを実戦しているのが歌舞伎ワールドだ。公金横領や強盗殺人だけではない。猟奇殺人、強姦、詐欺、窃盗、人身売買から御家乗っ取りまで、ありとあらゆる犯罪が歌舞伎では何とも魅力的に演じられる。社会常識なんか糞喰らえ! 歌舞伎は犯罪のワンダーランドなのだ。
ねっ、歌舞伎は高尚な芸術でも難解でも何でもないってわかったでしょ。歌舞伎に興味がわいてきましたか?
それではこれから皆さんを、不思議でトンデモの世界、歌舞伎の国へご案内しましょう。
そのため口上、東西東西。
上記内容は本書刊行時のものです。