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宗教からアメリカ社会を知るための48章
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2023年2月20日
- 書店発売日
- 2023年2月17日
- 登録日
- 2023年1月18日
- 最終更新日
- 2023年4月3日
紹介
先進国で異例と言えるほど国民の信仰心が篤いアメリカ。憲法で政教分離を謳う「超大国」にして「科学大国」でありながら、宗教が政治、社会、文化などあらゆる面に深く浸透しており、宗教を知らねばこの国は理解しがたい。「多様性」と「分断」の間で揺れるアメリカ社会を宗教にフォーカスして活写する。
目次
はじめに
地図「アメリカの地域別宗教熱心度」
凡例
Ⅰ 現代アメリカの宗教模様
第1章 異質で奇妙な「神の国」アメリカ――IT大国で9割の国民が神を信じている
第2章 アメリカの主要な宗教と教派――民族・人種の多様性を反映する宗教組織
第3章 時代で変わる宗教模様――「スピリチュアルだが宗教的ではない」という主張
第4章 4つの集団からなるユダヤ教――少数派だが影響力の大きい宗教①
第5章 異端視は薄らいだモルモン教――少数派だが影響力の大きい宗教②
第6章 暴力的とみられがちなイスラム教――少数派だが影響力の大きい宗教③
第7章 移民の急増で伸張するヒンドゥー教――少数派だが影響力の大きい宗教④
第8章 西洋先進国で最も宗教的な国――「生活で宗教は重要」とする人は途上国なみの高さ
第9章 2000人が礼拝するメガチャーチ――新しい形の祈りの場①
第10章 インターネット利用のオンライン・チャーチ――新しい形の祈りの場②
第11章 本来の祈りの場として復活したハウス・チャーチ――新しい形の祈りの場③
Ⅱ アメリカ史のなかの宗教
第12章 新大陸での植民地建設――信仰の自由を求めて新大陸へ
第13章 18世紀中ごろから大覚醒・信仰復興――「神の行商人」説教師の情熱
【コラム1】植民地での魔女裁判と犯罪行為
第14章 アメリカ革命・建国期の宗教――預言者・聖人とされたワシントンが導いた国
第15章 宗教的国家への道――「神に選ばれた民」を強く認識
第16章 信仰復興とカリスマ的説教師――伝道集会で次々と回心体験する人々
【コラム2】宗教界の頂点に立ったビリー・グラハム
第17章 海外伝道と領土的野心――領土拡大は神から与えられた運命
第18章 トクビルの見たアメリカの宗教――物質的な富も求めているクリスチャン
【コラム3】国民統合のシンボルとしての市民宗教
第19章 南北戦争とリンカンの信仰――国家統合には宗教的絆が必要
【コラム4】南北戦争は宗教戦争か
Ⅲ 宗教大国アメリカの諸相
第20章 スコープス裁判(モンキー裁判)と反進化論――今日も続く創造論対進化論の対立①
第21章 「創造科学」という新しい創造論の提案――今日も続く創造論対進化論の対立②
【コラム5】4割の人が進化論を信じない科学大国アメリカ
第22章 テーマパーク化した創造論――今日も続く創造論対進化論の対立③
第23章 ホーム・スクーリング――公教育に否定的な宗教保守派①
第24章 チャーター・スクールと教育バウチャー――公教育に否定的な宗教保守派②
第25章 宗教とは縁が切れない大統領――政教分離の実態①
第26章 連邦議会と宗教の多様性――政教分離の実態②
第27章 議事堂襲撃事件と宗教勢力――キリスト教ナショナリズムを信奉する暴力的極右団体の信仰心
Ⅳ 「戦争と平和」をめぐる宗教
第28章 ヒロシマ・ナガサキとアメリカのキリスト教――原爆投下の非人道性への賛否
【コラム6】戦争を正当化するキリスト教の正ジャスト・ウォー戦論
第29章 戦争に反対する信仰――非戦闘業務で兵役免除
第30章 歴史的平和教会とアーミッシュの反戦思想――殺されることも辞さない堅固な信仰
第31章 徹底した平和主義のクエーカー――男女・人種平等で先駆的な教派
第32章 非戦を貫徹するブレザレン――正当防衛でも暴力を否定する無抵抗の抵抗
Ⅴ 性的マイノリティと宗教
第33章 聖書の教えと性的マイノリティ――「同性愛は死刑」とする聖句の解釈
第34章 信教の自由を利用したLGBTQ差別――公民権法を超える平等法が必要
第35章 トランスジェンダーへの新しい差別――州レベルで多発する反トランスジェンダー立法
【コラム7】聖句とトランスジェンダー
Ⅵ 生と死をめぐる宗教
第36章 キリスト教は妊娠中絶を禁止しているか――聖書解釈で異なる立場
第37章 妊娠中絶に対する宗教界の立場――妊娠中絶観を変える教会と変えない教会
第38章 ロウ判決が覆ったことの宗教的・政治的意味――ドブス判決で50年間維持した女性の人権が否定された
第39章 安楽死・尊厳死と宗教――クリスチャンに死ぬ権利はあるか①
第40章 自殺と死刑をめぐる宗教――クリスチャンに死ぬ権利はあるか②
Ⅶ 日常生活にかかわる宗教
第41章 歴史にみる疫病と宗教――イエスは治療するメシア、奇跡を起こす治療者
第42章 新型コロナウイルス感染症をめぐる宗教――コロナは神の裁きとしての天罰
【コラム8】感染症に強いユダヤ教の儀式/
【コラム9】マスク着用の長期化と信仰上の懸念
第43章 気候変動に影響する聖書解釈――環境破壊の背景にはユダヤ・キリスト教
第44章 世界一のベストセラー 聖書――年間で8000万冊出版と推計
第45章 セレブが愛する聖句のタトゥー――全身にキリスト教がらみの絵図と文字だらけの人も
第46章 聖書をめぐる謎と陰謀説――イエスは青森で死んだという伝承もあり
第47章 イエスの人種をめぐる論争――イエス白人説への疑問・反論
第48章 「クリスマス戦争」という「文化戦争」――「メリー・クリスマス」から「ハッピー・ホリデー」へ
【コラム10】歴代大統領の公式クリスマス・カード
おわりに
索引
主な分野別引用・参考文献
前書きなど
はじめに
ロナルド・レーガン大統領は退任演説で「光り輝く丘の上の町」とアメリカを賛美し、その輝かしい未来を祝福したものだ(1989年)。アメリカ入植当時からピューリタンは「丘の上の町」と「世の光」(「マタイによる福音書」5章14節)となることを目指していた(本書第12章参照)。神から選ばれた民として選民意識を強くもって建国に努力した。信仰心の篤い人々は、初代大統領ジョージ・ワシントンをモーセとあがめ(第14章参照)、奴隷解放のエイブラハム・リンカン大統領をキリスト以来最も偉大な人物と神格化(第19章参照)した歴史をもつ。そして、彼らは先進国で最も宗教的な国民となり、一応世界一の大国として君臨している。世俗的な意味での「神の国」とか「宗教大国」と呼ばれることも、むべなるかなと思う。
とはいえ、この国の内実はあまりにもひどい。とりわけ分断が激しく、いつ瓦解してもおかしくないような惨状を呈している。南部と北部が分裂して内戦となり、60万人以上の死者を出すという悲劇を経験をした国である。分断に危機意識などもっていないという人もいるだろう。南部的な保守派と北部的なリベラル派との対立はきわめて深刻であり、民主主義的な方法による解決は難しいという意見も強い。民主主義が機能停止しそうだからだ。
1990年代初めから「文化戦争」という名のもとに教育、宗教、環境、移民、人種、人権、妊娠中絶、性的マイノリティなど社会の広範な分野で保守とリベラルによる価値観の対立や亀裂が深まっている。加えて、極右勢力の台頭が顕著となり、社会の混乱は危険な状態になっている。他の国より解決が困難なのは、対立の背後にはほとんどの場合、宗教がからんでいることが多いからだ。卑近な例だが、マスク着用の是非まで信仰がからんでいるのだから(第42章、コラム9参照)。
人種平等をさらに求める黒人たちの新しい抗議運動「ブラック・ライブズ・マター BLM」(黒人の命は大切)は近年、白人警官による黒人市民の射殺事件が頻繁に発生していることもあって激しさを増し、白人保守派からの反発も高まった。ドナルド・トランプ大統領が誕生してから、侮蔑的な意味を含めて「キャンセル・カルチャー」(否定の文化)としてBLMが批判された。とくに、歴史的な英雄の業績を否定するだけでなく、銅像・記念碑などを倒したりする行動に出たことによって、一般の市民の間にも抗議運動に疑問をもつ人が増えたといわれる。
BLMの過去の否定よりも恐るべきことは、MAGA(アメリカを再び偉大にする)トランプ派を中心とする民主主義原理の否定である。法廷闘争で何度も負けていながら、自分たちが負けた選挙は不正であるという根拠のない陰謀論の主張を通そうとしている。民主主義の番人ともいえる連邦最高裁までもが、この半世紀アメリカ社会に定着していて、女性の基本的人権として妊娠中絶の権利を認めたロウ判決を覆したのだ(第38章参照)。6対3で保守派優位の法廷は、異人種間の結婚、同性婚の合法化判決まで再考すると示唆している。判事のイデオロギー的構成が保守優位となったからといって、憲法条文に明示されていなくても合法的な権利として長年認められてきた諸権利が、前判決を覆すことによって否定されようとしている。民主主義の番人がこのありさまであるから、選挙を認めない勢力がますます増長して民主主義を侵食することになる。
アメリカでは異人種間の結婚と同性婚は合法ではあるが、これは判例であって法制化されていない。そこでバイデン政権は同性婚と異人種間結婚の保護について、2022年末に「結婚尊重法」を成立させた。最高裁がある州の同性婚を無効とする判決を出して、他州で合法結婚した同性カップルがその州に移っても、その結婚が無効となることはない。しかし、超党派で成立したために抜け穴がある。非営利の宗教組織は信教の自由で保護されるので、教義に反する同性カップルの挙式を強要されない。免税特権を失うこともない(第34章参照)。
個人的に最も憂慮しているのは、トランプの大統領選敗北を不服として2021年1月に連邦議会議事堂を襲撃した暴徒のなかに多くのキリスト教ナショナリズム(第27章参照)支持者がいたこと、そして白人優越主義者として批判されたにもかかわらず、2022年中間選挙において、キリスト教ナショナリズムの教義を支持していることを明言して当選した議員や州知事がいたことである。下院議員で3人、州知事(再選)で1人である(この他、落選したとはいえ州知事選でこの教義を強く主張して惜敗した事例も注目された)。大勝した州知事はミニ・トランプとして有名なフロリダのロン・デサンティスである。選挙ビデオでは、デサンティスは神が天地創造の8日目に造った戦士であり、神の使いとしてフロリダに派遣されたと喧伝している。彼自身も、支持者に神の武具をつけて左翼の陰謀と闘おうと演説している。
トランプを大規模に支持した白人福音派にとって最大の関心事は妊娠中絶禁止だったが、トランプが最高裁に送り込んだ3人の保守派判事のおかげで、妊娠中絶禁止がある程度実現したこともあり、デサンティスの支援では目立った動きは見られない。宗教右派にとって同性婚や性的マイノリティが次の攻撃目標であることは間違いないだろうが、2024年大統領選に向けてトランプやデサンティスと宗教右派がどのような連携をするのかに注目したい。
アメリカでは今世紀中頃に白人が人口の半数を切ると推計されている。ますます人種的な多様性が強まることになる。これまで白人に対して、人種的マイノリティは非白人とか有色人種といわれてきたが、今後は、より多様性を考慮したBIPOC、つまり「ブラック(黒人)、インディジェナス(先住民)、パーソン・オブ・カラー(有色人種)」という表現がもっと使われるようになるかもしれない。性的マイノリティを表現するLGBTQが近年メディアで普通に使われている。これも性的マイノリティを十分に表していないという批判もあるが、以前よりは包摂的な表現への模索が認められるとはいえるだろう。
宗教的多様性についても、多様な宗教組織が差別を受けることなく寛容な社会で共存でき、かつ教条的な聖書解釈だけではなく、時代の変化を取り入れた解釈が許容されることを期待したい。
本書の狙いは「世界一の科学大国」アメリカを宗教的側面から歴史を見直し、他に類を見ないほど奇妙な国の成り立ちと国民を知ることである。憲法で政教分離を掲げながら、日常生活に宗教が深く取り込まれている。政治、社会、文化などの多くの分野で顕著である。宗教を理解してはじめて本当のアメリカを知ることができる。本書で取り上げた事項を読むと、これまであまり知られていなかった新しいアメリカの姿が浮かび上がってくるはずである。
上記内容は本書刊行時のものです。