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オイラトの民族誌
内陸アジア牧畜社会におけるエコロジーとエスニシティ
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2021年3月31日
- 書店発売日
- 2021年4月19日
- 登録日
- 2021年3月19日
- 最終更新日
- 2021年4月27日
紹介
牧畜社会において、人人関係(エスニシティ)と人獣関係(エコロジー)が、いかにお互いに影響しあい、いかなる共生の論理を生み出しているのか。内陸アジアに分布するオイラト系牧畜民の間で実施したフィールドワークで得られた経験に基づいて考える。
目次
第1章 めぐりあい:オイラトから人類学へ
1.1 オイラトという同胞なる他者
1.2 人類学における転回と連続
1.3 非定住民という源泉
1.4 ゾミアという概念
1.5 集団観という課題
1.6 本書の構成
第2章 命をいただく:三つの屠畜方法
2.1 美味しさの歴史
2.2 慣習法にみる人畜関係
2.2.1 チンギス・ハーンの大ジャサ
2.2.2 オイラト法典
2.3 三種の屠畜方法
2.3.1 モンゴル式屠畜方法
2.3.2 イスラーム式屠畜方法
2.3.3 チベット式屠畜方法
2.4 優しさの基準
2.4.1 窒息という方法
2.4.2 人道的な方法
2.4.3 窒息させるわけ
2.5 美味しさの行方
第3章 命をはなつ:セテルという実践
3.1 自然認識という課題
3.2 最後の遊牧帝国の末裔
3.3 セテルのスケッチ
3.4 セテルは屠られないか
3.5 セテルは環境にやさしいか
3.6 牧畜民にとってのよいこと
第4章 幸運を求める:セテル実践の拡がり
4.1 人畜関係の概観
4.2 セテルの儀礼と扱い
4.2.1 セテルの儀礼
4.2.2 セテルの扱い
4.3 セテルのようなもの
4.4 セテルの動態
4.4.1 セテルの弱化
4.4.2 セテルの強化
4.5 セテルのような実践
第5章 万物を横断するヤン:牧畜民の自然観の現在
5.1 個体性
5.1.1 個の経験
5.1.2 個の疎外
5.1.3 個の強調
5.2 ツェタルの実践
5.2.1 ツェタルの輪郭
5.2.2 ツェタルの生
5.2.3 ツェタルの死
5.3 ツェタルの論理
5.3.1 屠らないわけ
5.3.2 売らないわけ
5.3.3 ヤンの観念
5.4 個体性の再考
第6章 不幸を語る:土地と物を超えた存在であるオボー
6.1 現実理解のための歴史
6.2 変わりゆく人と人との関係
6.2.1 少数派となるネイティブ
6.2.2 多数派となるオールドカマー
6.2.3 裕福になりゆくニューカマー
6.3 土地をめぐる人びとの軋轢
6.3.1 売国奴だった先祖
6.3.2 祖国を愛する末裔
6.3.3 守れたはずの帝国のオボー
6.4 病が結びあわす過去と現在
6.4.1 1940年代の熱い病
6.4.2 文明の敵による病
6.4.3 帝国の敵による病
6.4.4 共和国の敵による病
6.5 不幸の語りを突き動かすもの
第7章 喧嘩をする:牧畜民集団の生成史
7.1 キルギス族であること
7.2 モンゴル族であること
7.3 モンゴル=キルギス人であること
7.3.1 「十ソムン」という範疇
7.3.2 モンゴル=キルギスの「モンゴル」
7.3.3 モンゴル=キルギスの「キルギス」
7.4 モンゴル=キルギス人の現在
第8章 不和を避ける:もうひとつの共生
8.1 共生という理念
8.1.1 共感なき寛容
8.1.2 民族の共生
8.1.3 他者の呪力
8.2 乾親とその論理
8.2.1 血縁という境界
8.2.2 文化という境界
8.3 乾親と幸運の追求
8.3.1 自我を制限する幸運
8.3.2 自我を拡大する幸運
8.3.3 エブグイの回避
8.4 共生の実際
第9章 民族を横断する親族:牧畜民の集団観の現在
9.1 親族、民族、生業
9.2 元モンゴル系と元チベット系諸部族の現在
9.3 ニェディの契機と機能
9.4 ニェディにみる親族
9.5 ニェディにみる民族
9.6 チベット牧畜社会における集団観の動態
引用文献
付録
あとがき
索引
前書きなど
第1章 めぐりあい:オイラトから人類学へ
本書の主役はオイラトの人びとである。「オイラト」は日本の高等学校の世界史教科書においても登場するほど読者にとって馴染みのある名前である。当然ながら、歴史の教科書であるため、そこに登場するオイラトは、定住民が樹立した国家を襲撃した遊牧民、つまり過去の存在だった。実は、オイラトの人びとは今もユーラシア各地で暮らしている。今を生きるオイラトの人びとの経験を介して、牧畜民にとっての他者はどのような存在であり、他者との共生はいかなる事態なのかを考えていくのが、本書の目標である。
この目標を達成すべく本書でとった戦略は、これまでの人類学研究においてほとんど相いれないものとして別々に扱われてきた二つの領域を統合するというものである。一つは人獣関係にまつわるエコロジーという領域であり、もう一つは人人関係をめぐるエスニシティという領域である。前者には、牧畜民が自らを取り巻く動植物、鉱物、無生物などで構成されるいわゆる自然環境をどのように捉えているかという彼らの「自然観」が含まれており、後者には、親族、部族、民族、国家などの集団カテゴリーに関する牧畜民の理解やこだわり方、すなわち彼らの「集団観」が含まれている。
牧畜民の自然観と集団観は常に密接に連動する関係にあり、その絡まりあいの結果としてみられるのが、「他者」との共生である。その他者とは、必ずしも十分理解された者である必要はなければ、場合によっては人間である必要もない。よって、本書でいう「共生」も、人間同士の関係のみではなく、人と動植物など万物との関係という広い文脈を視野に入れて初めて理解可能になるだろう。
近代以降、牧畜民などの非定住民たちの社会が周辺化され、定住民を主体とする領域国家によって世界秩序が構築された。だが、グローバル化が進む今日においてさえ、領土をめぐる民族や国家同士の葛藤は後を絶たない。こうした既存の集団をめぐる観念的枠組みの内で、共生を論じるにはどうしても限界を感じるのである。共生を求める現代社会にとって、周辺化されてきた牧畜民の自然観や集団観、そしてそれが生み出す共生のありかたがいかなる意味をもつかを考えていきたい。
(…後略…)
上記内容は本書刊行時のものです。