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スペイン紀行 ヘミングウェイとともに内戦の跡を辿る

歴史・地理 ラノベ

今村 楯夫(著/文)
発行:柏艪舎
発売:星雲社

四六判   208頁  並製
定価 1,500円+税

ISBN 978-4-434-23908-3   C0095

奥付の初版発行年月 2017年11月
書店発売日 2017年11月15日
登録日 2017年10月19日

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紹介

日本におけるヘミングウェイ研究の第一人者による、待望の紀行文!
スペイン内戦の体験をもとに書き上げられたヘミングウェイの名作、『誰がために鐘は鳴る』彼はなぜ、そこまで強くスペインに魅かれたのか。

目次

はじめに
第一部 スペインの光と影の揺らぎ
第二部 『誰がために鐘は鳴る』の世界
第三部 NANA(北米通信)とスペイン内戦
あとがき

前書きなど

はじめに
春まだ浅き三月にスペインを旅し、そのときの旅の記憶として『ヘミングウェイが愛したスペイン』(風濤社)を書いたが、書き上げてみると、もう一度スペインを旅し、もっと別の角度からスペインを眺め、それを書きたくなった。旅をしたいという欲望と旅の体験を書きたいという願望は互いに呼応し、時を経るにつれて次第に高まっていく。スペインという国にはそんな思いを抱かせる風土と磁場がある。
それは田舎の小径であったり、都会の路地であったりする。ふと立ち寄ったバルで町の人たちにまぎれて、目にした小料理を注文し、そのうまさに圧倒される。どこからともなく聞こえてくる悲しげなギターの音色。それがスペインだ。
しかし、今回のスペインの旅はこれまでの旅とは異なる。
スペインを旅するとそれが冬であろうが夏であろうが、青空のもと、ここは「光と影」の国だということを思う。それは単に光と光の織りなす影という明暗にとどまらず、そこにはもっとスペインの深層に潜む内省化されたスペイン人の哀しさと歴史が潜んでいるからだろう。
ピカソの「ゲルニカ」とミロの拳を振り上げた怒りのポスター、またパブロ・カザルスがスペインを去る前、最後のリハーサルでベートーベンの「第九」の指揮をしたことなど、さまざまな視点を通してスペインの内戦のことをしっかりと見つめてみたいと思ったのだ。二〇世紀のスペインの悲劇、家族の中での対立から国民全体の対立に至るまで、国民同士の殺戮や虐殺が行われた悲劇。
ヘミングウェイの『誰がために鐘は鳴る』はその内戦を描いた小説であり、私はこの小説がヘミングウェイの作品の中では最高傑作だと思っている。そのことをスペインの旅の中で、内戦の跡を辿りながら、体験的に再確認してみたいとも考えた。またヘミングウェイはこの内戦中に四度、報道記者としてスペインを訪れており、『北米通信』に向けて、合計三〇編の記事を送り、内戦の実情を伝えた。『誰がために鐘は鳴る』はフィクションであり、『北米通信』の記事はノンフィクションである。このふたつが描き伝えているスペインの歴史を辿ってみたいと思った。
すでにそれまで五回スペインを旅し、スペインの風土と人びとに接してきた私は、スペインの内戦が遺しているはずの「傷跡」を見ることで、これまで正視してこなかったスペインのもうひとつの姿を知ることができるのではないかと思い、このたびのスペイン紀行を思い立った。しかし、そのスペインの「影」の部分は「光」の部分を照射することでより一層、明らかになるであろうと感じていた。
深く長い歴史を刻み、美しい大地の国スペインを旅する喜びは、もっと単純にスペインを観光する眼差しで見ることから生まれる。その喜びを心で感じながら、「影」を見ることで、これまでとは異なるスペイン紀行が可能ではないかと思ったのだ。そんな思いに駆られてスペインの旅に出た。
旅は一ヶ月に近い長旅となり、移動は大地を這うように、風景を眼前にとらえながらの車と徒歩の旅となった。季節は春から初夏にかけての五月と六月。スペインが最も美しい季節。冬になんども目にしてきた荒涼とした平原が、どこも緑と花に覆われ、これまで見てきたおなじスペインとは思われないほど、美しく豊穣な大地となって甦り、眼前に広がっていた。スペイン内戦の傷跡とは対照的な自然の息吹が感じられた。かつて戦場として壮絶な戦いのあった町が「遺跡」として戦禍の跡を遺す一方、戦火を逃れて今日まで昔のまま存続している町の姿を垣間見ることとなった。そこにはローマ時代の遺跡とイスラム文化が遺した建造物、さらにそこにキリスト教建築が共存しているスペインがあった。
「ヘミングウェイと辿る内戦の記憶」の旅はときとしてヘミングウェイの軌跡から飛翔し、私自身の記憶を辿る旅となった。内戦は史実としての時代を超えて様々な時の重ねを露呈することとなった。さらに旅はスペインの国境を超え、イベリア半島を縦横にスペインからポルトガルへと連なる空漠たる空間へと広がって行った。

一九三〇年代と一九五〇年代の時代の違いは大きい。ヘミングウェイも二〇年後にアフリカを再訪して、そのことに気づいている。無意識的な優越感と差別意識に気づいたとき、人はもっと他者に対して謙虚になる。それがどこまで深められていくかは人それぞれだろう。
人種も肌の色も異なり、言語も習慣も宗教も異なる人間同士が互いに人間としての尊厳を認め、尊敬しあうことはどこまで可能なのだろうか。ヘミングウェイが体験した一九五〇年代から、ときはすでに六〇年が過ぎ、彼が出会ったケニアとタンザニアの人びとは、これから私が訪れるベナンとは地理的にも民族的にも、言語も、また英領と仏領と植民地時代の支配していた国も異なる。でもやはりわれわれアジア圏から見れば、それらはいずれもアフリカ大陸に存在する国であり、あの広大な大陸の一部を成している。
ヘミングウェイが体験したアフリカと私がこれから体験するアフリカはどこで共鳴し、どこで大きな差異を生むのだろうか。あるいは同じアフリカ大陸にありながらインド洋に面した東アフリカのケニアやタンザニアが大西洋に面した西アフリカのベナンとは共通性をもたない、まったく異質な国なのだろうか。あるいは一九五〇年代にヘミングウェイが体験し、見聞したアフリカと二一世紀、六〇年の歳月を経て、私が見るアフリカには普遍性や類似した特徴があるのだろうか。そんな漠然とした疑問を抱きながらも、アフリカに一度は行ってみたいという願いを長く抱いてきた私の動機はヘミングウェイが描いてきた「アフリカ」にあった。さらにヘミングウェイが見ることや体験の出来なかったアフリカを私なりに身をもって体験し、発見してみたいという強い願望に促されての旅立ちとなった。
加えて、私にとってのアフリカはピカソの芸術をあるとき根底から変えてしまった源泉に潜んでいる秘密を自分の目で確かめてみたいという思いがあった。「アヴィニオンの娘たち」における新たな試みの背後にアフリカの彫刻とセザンヌがおり、それは当時、批評家から揶揄をこめて「立体派(キュビスト)」と呼ばれるものであったが、後にこの新たな手法に基づく絵画は広く、素直に「立体派」と呼ばれるようになった。
パリで出会ったふたりがそれぞれ画家と作家と異なる道を歩みながら、アフリカに魅了され、ひとりは造型で、ひとりは文字言語で作品を築き上げていったその軌跡の延長にスペイン内戦の悲劇がそれぞれの捉え方で描かれ、そこには平和を希求する心があった。ヘミングウェイの『誰がために鐘は鳴る』や短編「橋のたもとの老人」とピカソの「ゲルニカ」だ。このふたりの芸術家たちに導かれるように私の旅は始まる。

著者プロフィール

今村 楯夫(イマムラ タテオ)

1943年静岡県生まれ。ニューヨーク州立大学大学院博士課程修了。東京女子大学名誉教授。専門は現代アメリカ文学。主な著書は『現代アメリカ文学―青春の軌跡』(研究社)、『ヘミングウェイと猫と女たち』(新潮社)、『お洒落名人ヘミングウェイの流儀』(共著、新潮社)、『ヘミングウェイ大事典』(監修、勉誠出版)、『「キリマンジャロの雪」を夢見て」(柏艪舎)など。現在、日本ヘミングウェイ協会顧問。日本におけるヘミングウェイ研究の第一人者である。

上記内容は本書刊行時のものです。