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『太平記』をとらえる 第三巻
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2016年10月
- 書店発売日
- 2016年10月20日
- 登録日
- 2016年9月29日
- 最終更新日
- 2016年10月20日
紹介
『太平記』は、南北朝期の四十年に及ぶ戦乱をともかくも描ききった、文字どおり希有の書である。しかし、四十巻という膨大な分量をもつことや、これに取り組む研究者が少ないことなどから、依然として基本的な部分での研究課題を積み残している。
『太平記』研究になお残る課題を少しずつでも解明することをめざし、『『太平記』をとらえる』を全三巻で刊行する。本書はその第三巻でシリーズ完結である。
第三巻では第一章「『太平記』における知の表現」、第二章「有力守護大名と歴史の表現」、第三章「書物としての探求」の三章を設け、六篇の論文と三篇のコラムを収録。執筆は森田貴之/張 静宇/ジェレミー・セーザ/和田琢磨/北村昌幸/今井正之助/小秋元段/長坂成行/鈴木孝庸。巻末には六篇の論文の英語・中国語・韓国語の要旨も収載。「二〇一五年度『太平記』研究国際集会」での研究発表をもとにした論集です。
【例えば『太平記』研究では、表現の基底や挿入説話の典拠に依然不明な問題が多く残されている。また、同時代の争乱を描いた『太平記』は、眼前の情報をどのように収集し、記事化していったのか。これらの問題を明らかにすることは、『太平記』の成立論・作者論に新たな局面をもたらすことになるだろう。諸本研究にも課題は多く残されている。古態とされる伝本を再吟味することによって、私たちの『太平記』のイメージは少なからず修正を迫られるはずだ。加えて、これらとはやや次元を異にする問題であるが、国際化・情報化の進む研究環境のなかで、国内外の研究者がどうネットワークを構築し、課題を共有して解決に導くかについても、考えてゆかなければならない時期にさしかかっている。こうした様々な課題に少しずつ挑むことにより、つぎの時代の研究基盤を準備したいというのが、本シリーズのねらいである。】
目次
はじめに―『太平記』における言葉の重み?▼小秋元段
1●『太平記』における知の表現
1 『太平記』の兵法談義―その位置づけをめぐって―▼森田貴之
はじめに
1 『太平記』の展開と謀、兵法
2 二つの知
3 背水の陣
4 おわりに―「機」と兵法
2 『太平記』巻三十七「楊貴妃事」と『詩人玉屑』▼張 静宇
1 はじめに
2 日本における『詩人玉屑』の受容
3 巻三十七「楊貴妃事」と『詩人玉屑』
4 まとめ
●コラム 南北朝時代の重要性と世界文学としての『太平記』▼ジェレミー・セーザ
2●有力守護大名と歴史の表現
1 今川了俊と『太平記』▼和田琢磨
1 はじめに
2 了俊の姿勢─『太平記』をどのように読んでいたか─
3 了俊が目にした『太平記』─了俊は全巻を読んでいたのか─
4 おわりに
2 『太平記』の情報操作―山名父子の離反をめぐって―▼北村昌幸
1 はじめに
2 貞和五年の政変と山名時氏─巻二十七の本文溯源─
3 観応の擾乱と山名時氏─史実との落差─
4 文和年間の山名父子離反─作為の可能性─
5 山名一族に向けられた視線─贔屓か批判か─
6 おわりに
●コラム 『太平記』の「左馬頭」―予稿―▼今井正之助
はじめに
1 鎌倉管領足利左馬頭義詮の発言
2 「左馬頭」義詮
3 直義と義詮
3●書物としての探求
1 神田本『太平記』の表記に関する覚書
―片仮名・平仮名混用と濁点使用を中心に―▼小秋元段
1 はじめに
2 片仮名・平仮名混用の淵源
3 神田本『太平記』の表記法の全体像
4 片仮名・平仮名使用の実態
5 他資料の状況
6 濁点の使用
7 むすび
2 北畠文庫旧蔵本『太平記』管見▼長坂成行
1 北畠文庫旧蔵本について、先行する知見
2 書誌の概略
3 附属資料三点
4 筆跡について
5 現存の冊数についての不審
6 北畠治房について
7 本文系統について
8 主な書き込み・貼紙等について
9 結び
●コラム 神田本太平記の引用符号▼鈴木孝庸
1 引用符号の諸相
2 引用符号の繁簡
3 引用符号と対句の周辺
4 以上、まだまだメモはあるが、ここまでとする。
5 引用符号と本文書写の時点の交差
□外国語要旨
英語▼ジェレミー・セーザ訳
中国語▼鄧 力訳
韓国語▼李章姫訳
前書きなど
はじめに―『太平記』における言葉の重み?
◉小秋元段
『太平記』を読む者は、この作品が四十年もつづく争乱をともかくも描ききったところに、まずは圧倒されることだろう。しかも、その歴史叙述は、理念・思想、故事・先例に支えられ、重い言葉によって展開される。だから、『太平記』を読む者は、その言葉によっても圧倒されることになる。
しかし、そうした言葉のあり方とは裏腹に、『太平記』の思想は必ずしも一貫しておらず、言葉も刹那的に発せられているという一面がある。これまでもそうした指摘はなされ、優れた論考も発表されてきた。だが、『太平記』のこうした叙述姿勢と表現の特徴は、今後も様々な面から追究されるべきだろう。
本書巻頭に収める森田貴之氏「『太平記』の兵法談義―その位置づけをめぐって―」は、兵法談義という視点から、『太平記』の表現を考察したものである。『太平記』の合戦記事では中国の兵法がしばしば引用され、武士たちの行動が説明づけられる。だが、引用された兵法の論理は、作品全体のなかでどこまで一貫性を保っているのか。森田氏の論は兵法という、『太平記』中ありふれているがゆえに見過ごしがちな素材を丁寧に追ったものだ。
叙述の一貫性という面からいえば、第二章「有力守護大名と歴史の表現」に収める北村昌幸氏「『太平記』の情報操作―山名父子の離反をめぐって―」にもこれに通じる視点がある。北村氏はここで、『太平記』巻三十二の山名父子の幕府離反記事が、巻二十七以降の山名氏に対する周到な情報操作を経て、佐々木道誉の山名氏への不当な扱いが際立つかたちで展開されていることを指摘する。だが、『太平記』は一貫して山名氏を肯定するわけではなく、場面場面に応じて肯定・批判を使い分けてゆくという。こうした『太平記』の「一貫性のなさ」は、見方によっては四十年の歴史叙述を可能にした『太平記』の最大の秘訣だったのではあるまいか。
さて、本巻では第一章「『太平記』における知の表現」、第二章「有力守護大名と歴史の表現」、第三章「書物としての探求」の三章の構成をとり、論文六篇、コラム三篇を収載している。
第一章「『太平記』における知の表現」では前掲の森田氏の論考のほか、張静宇氏「『太平記』巻三十七「楊貴妃事」と『詩人玉屑』」を収める。宋代の詩話書『詩人玉屑』が『太平記』で活用されていることはすでに知られているが、その具体的な姿を追究した論考はまだ少ない。張氏は巻三十七「楊貴妃事」をとりあげ、章段内の複数のエピソードが『詩人玉屑』にもとづくことを論証する。前巻所収の論考に引きつづき、『太平記』における宋元文化の受容を考察した一篇だ。
第二章「有力守護大名と歴史の表現」では前掲の北村氏の論考のほか、和田琢磨氏「今川了俊と『太平記』」を収める。今川了俊の『難太平記』は『太平記』の成立を考える際、必ずといってよいほど拠り所として用いられる文献だ。だが、その記述はどこまで信用できるのか。そうした疑問を視野に入れ、和田氏は『難太平記』所引の『太平記』関連記事の性格を分析するとともに、果たして了俊は『太平記』全巻を読んでいたのかという根本的な問題についても考察する。
第三章「書物としての探求」では、小秋元「神田本『太平記』の表記に関する覚書―片仮名・平仮名混用と濁点使用を中心に―」と、長坂成行氏「北畠文庫旧蔵本『太平記』管見」の二篇を収める。小秋元の論は、全巻にわたり片仮名と平仮名を混用する神田本『太平記』の特徴に焦点を当て、巻ごとの傾向を分析し、こうした特異な書写がなされる背景を考察したものである。長坂氏の論考は、約半世紀ぶりにその姿を現した北畠文庫本『太平記』についての詳細な考察である。本文系統の分析はもとより重要な成果だが、旧蔵者をめぐる考証や、欠巻を生じた伝来過程の謎にも興味が尽きない。
これらのうち、森田氏・張氏・北村氏・小秋元・長坂氏の論考は、二〇一五年八月二十三日(日)に東京の法政大学で開催された「二〇一五年度『太平記』研究国際集会」での研究発表をもとにしている。また、当日の集会に参加し、熱心な議論に加わっていただいた和田氏には論文を、今井正之助氏・鈴木孝庸氏にはコラムを執筆していただいた。さらに、ジェレミー・セーザ氏には、米国の学界を中心とした南北朝、『太平記』の研究状況を報告していただくべく、本書への寄稿をお願いし、コラムを執筆していただいた。
本シリーズは『太平記』研究の一層の深化と、つぎの時代の研究基盤を準備することをめざし、全三巻で刊行することを企画した。この三巻を通じて、各執筆者が集中的に『太平記』の新たな論に取り組むことにより、所期の目標を達成することができたと考える。とりわけ、『太平記』研究の扉が海外に開かれた意義は大きい。
また、本巻でも英語・中国語・韓国語による論文要旨を収載した。翻訳の労を執ってくださったジェレミー・セーザ氏、鄧力氏、李章姫氏に感謝したい。
上記内容は本書刊行時のものです。