書店員向け情報 HELP
出版者情報
書店注文情報
在庫ステータス
取引情報
『太平記』をとらえる 第二巻
- 出版社在庫情報
- 在庫あり
- 初版年月日
- 2015年10月
- 書店発売日
- 2015年10月9日
- 登録日
- 2015年9月14日
- 最終更新日
- 2017年8月24日
紹介
『太平記』は、南北朝期の四十年に及ぶ戦乱をともかくも描ききった、文字どおり希有の書である。しかし、四十巻という膨大な分量をもつことや、これに取り組む研究者が少ないことなどから、依然として基本的な部分での研究課題を積み残している。
『太平記』研究になお残る課題を少しずつでも解明することをめざし、『『太平記』をとらえる』を全三巻で刊行する。本書はその第二巻である。
第二巻は、第一章「『太平記』における説話の淵源と機能」、第二章「『太平記』に描かれた「歴史」」、第三章「神田本『太平記』―本文の探求―」の三章を設け、六篇の論文と四篇のコラムを収録。執筆は、張 静宇/森田貴之/佐伯真一/金木利憲/北村昌幸/長坂成行/大坪亮介/小秋元段/和田琢磨/大森北義。巻末には六篇の論文の英語・中国語・韓国語の要旨も収載。「二〇一四年度『太平記』研究国際集会」での研究発表をもとにした論集です。
【例えば『太平記』研究では、表現の基底や挿入説話の典拠に依然不明な問題が多く残されている。また、同時代の争乱を描いた『太平記』は、眼前の情報をどのように収集し、記事化していったのか。これらの問題を明らかにすることは、『太平記』の成立論・作者論に新たな局面をもたらすことになるだろう。諸本研究にも課題は多く残されている。古態とされる伝本を再吟味することによって、私たちの『太平記』のイメージは少なからず修正を迫られるはずだ。加えて、これらとはやや次元を異にする問題であるが、国際化・情報化の進む研究環境のなかで、国内外の研究者がどうネットワークを構築し、課題を共有して解決に導くかについても、考えてゆかなければならない時期にさしかかっている。こうした様々な課題に少しずつ挑むことにより、つぎの時代の研究基盤を準備したいというのが、本シリーズのねらいである。】
目次
はじめに―作者の文学史的環境と政治的・社会的環境を明らかにする▼小秋元段
1●『太平記』における説話の淵源と機能
1 『太平記』巻三十八「大元軍事」と宋元文化▼張 静宇
1 はじめに
2 大元の老皇帝の夢
3 西蕃の帝師
4 刲股納書
5 おわりに
2 『太平記』と弘法大師説話―引用説話の射程―▼森田貴之
1 はじめに
2 巻一二「大内裏造営の事」神筆説話
3 巻一二「神泉苑の事」請雨説話
●コラム 『太平記』の「良将」に関する覚書▼佐伯真一
1 軍記物語の合戦と「将」
2 『太平記』の「良将」と「名将」
3 『太平記秘伝理尽鈔』における「良将」
●コラム 『太平記』に残る漢籍受容の足跡―『白氏文集』の本文系統について―▼金木利憲
1 日本文学と『白氏文集』
2 『太平記』所引『白氏文集』の本文系統
3 結論
2●『太平記』に描かれた「歴史」
1 『太平記』における諸卿僉議―南朝の意思決定をめぐる諸問題―▼北村昌幸
1 はじめに
2 後醍醐天皇と諸卿僉議
3 後村上天皇と諸卿僉議
4 南朝関連情報の窓口
5 おわりに
2 高師泰の枝橋山荘造営をめぐる脇役の周縁―『太平記』注解補考(三)―▼長坂成行
1 はじめに
2 菅在登殺害事件
3 菅在登出詠の法楽和歌
4 大蔵権少輔重藤について
5 上杉重能の最期をめぐって
●コラム 『太平記』と仁和寺―天正本系の一増補箇所から―▼大坪亮介
はじめに
1 天正本系の増補箇所
2 高野山一心院と仁和寺
3 高野山一心院主・仁和寺勝宝院主の法脈と日野僧正頼意
おわりに
3●神田本『太平記』―本文の探求―
1 神田本『太平記』本文考―巻十六を中心に―▼小秋元段
1 はじめに
2 神田本本文の基底─玄玖本との比較から─
3 神田本巻十六の古態性
4 神田本の古態性に対する留保
5 巻十五後半について
6 むすび
2 室町時代における本文改訂の一方法―神田本『太平記』巻三十二を中心に―▼和田琢磨
1 はじめに
2 双行形式本文の状態
3 神田本巻三十二の底本
4 まとめ
●コラム 『太平記』巻一巻末の増補記事―〈もう一つの歴史叙述〉の可能性―▼大森北義
はじめに
1 矢代論について
2 〈もう一つの歴史叙述〉
3 『太平記』における異文の位相
□外国語要旨
英語▼ジェレミー・セーザ訳
中国語▼張静宇訳
韓国語▼李章姫訳
前書きなど
はじめに―作者の文学史的環境と政治的・社会的環境を明らかにする
◉小秋元段
『太平記』の作者はどのような環境に身を置いていたのだろうか。和漢の古典に精通し、その詞章を自在に作品内にとりこむことのできた作者の文学的環境は、いかなるものであったのか。全国に展開する争乱状態と政権中枢の権力闘争を、どこまで広く、深く知りうる政治的・社会的環境にあったのか。これは、この作品を読む多くの人が抱く疑問に違いない。
こうした根本的な疑問に答えるべく、『太平記』研究は地道な歩みをつづけてきた。例えば、作者の文学的環境を考える際に、注目されるものの一つに漢籍がある。『史記』本紀、『白氏文集』新楽府、『明文抄』をはじめとする和製類書、『和漢朗詠集』注釈書や『孝子伝』と、作者の机辺にあった書物は少しずつ明らかにされ、やがて『三体詩』『詩人玉屑』などの宋代流行の詩論詩集まで、作者の繙読するところであったことが究明された。だが、果たして作者は中国の同時代的文化にどこまで通じていたのであろうか。増田欣氏、森田貴之氏に先駆的な研究はあるものの、この分野の本格的な解明は今後に委ねられている。
その意味で、この『『太平記』をとらえる』第二巻に、張静宇氏の論考「『太平記』巻三十八「大元軍事」と宋元文化」を収載できたことは大きな喜びである。張氏は「大元軍事」をとりあげ、「字謎」「西蕃の帝師」「岳飛伝」などの切り口で、本話が宋元代の文化・伝承を大きく反映するものであることを明らかにした。もともと典拠すらわからず、『太平記』作者の捏造かとも見られかねなかった本話が、荒唐無稽な作り話では決してなかったことが、張氏の論により知られるのである。後述するように、本書は国際研究集会の成果をまとめたものである。このような研究に私たちがめぐり会えたのも、研究の場を世界に開いたからだとひそかに考える。
本巻は、第一章「『太平記』における説話の淵源と機能」、第二章「『太平記』に描かれた「歴史」」、第三章「神田本『太平記』―本文の探求―」の三章から構成される。六篇の論文と四篇のコラムを収載した。
第一章「『太平記』における説話の淵源と機能」では張氏の論文と、森田貴之氏の「『太平記』と弘法大師説話―引用説話の射程―」を収めた。森田氏の論は、巻十二の「大内裏造営の事」「神泉苑の事」をとりあげる。「大内裏造営の事」において弘法大師の神筆説話とそれにつづいて菅原道真伝が語られる構成に、小野道風・菅原道真が大師の後身であったという伝承からの影響を指摘するとともに、「神泉苑の事」における守敏呪詛への批判が、第一部において呪詛を行った文観へ向かい、その背後にいる後醍醐天皇をも批判する機能をもつと説く。説話間のつながりの意味と、説話が隠しもつ役割を深く掘りさげて読み解くことの重要性を感じさせる論考である。
第二章「『太平記』に描かれた「歴史」」には、北村昌幸氏「『太平記』における諸卿僉議―南朝の意思決定をめぐる諸問題―」、長坂成行氏「高師泰の枝橋山荘造営をめぐる脇役の周縁―『太平記』注解補考(三)―」を収めた。北村氏の論は、後醍醐・後村上という南朝の二人の天皇の意思決定に関する叙述を分析し、その叙述には作者なりの意図の反映があることを指摘する。そして、それらの叙述の前提として、作者が南朝の情報を比較的正確に把握していた可能性があることに論及する。長坂氏の論は、巻二十七「執事兄弟奢侈悪行事」に登場する菅在登と大蔵権少輔重藤の伝を追うものである。これまで見すごされてきた在登の政治的立場と、今日ではその名が全く埋もれてしまった大蔵権少輔重藤の素性を明らかにした点で、『太平記』の解釈に資するところが大きい。これら北村氏・長坂氏の論考は、冒頭に述べた、作者の政治的・社会的立場を知るうえでも貴重な視点を提示している。
第三章「神田本『太平記』―本文の探求―」では、本シリーズを通じてのテーマである神田本の研究にかかわる二論考、小秋元「神田本『太平記』本文考―巻十六を中心に―」と、和田琢磨氏「室町時代における本文改訂の一方法―神田本『太平記』巻三十二を中心に―」を収めた。小秋元の論は、諸本の異同の大きい巻十六をとりあげ、神田本の古態性とその留意点を指摘するものである。和田氏の論は、玄玖本系・永和本系の本文を併記する神田本巻三十二を扱ったもので、その底本の存在を想定し、そこからいかにして神田本が書写されたかを丹念に考察したものである。第一巻に引きつづき、神田本を集中的に検討することにより、最重要伝本と認識されていながら、真に考察される機会の乏しかった同本の位置が、少しずつ明らかになってくるものと思われる。
以上六篇の論考は、二〇一四年八月十九日(火)・二十日(水)に東京の法政大学で開催された「二〇一四年度『太平記』研究国際集会」での研究発表をもとにしている。また、コラムを執筆してくださった大森北義氏・佐伯真一氏・大坪亮介氏・金木利憲氏は、この研究集会に参加し、熱心な議論に参加してくださった方々である。本書のために興味深い記事を寄せてくださったことに、御礼申しあげる。そして、前巻同様、本書には英語・中国語・韓国語の要旨も掲載した。翻訳の労を執ってくださったジェレミー・セーザ氏、張静宇氏、李章姫氏にも感謝したい。
本書が少しでも多くの人の目に触れ、これからの『太平記』研究の展開に寄与できれば幸いである。
上記内容は本書刊行時のものです。