モスクワ街頭の思想内村剛介著作集 第2巻
内村 剛介, 陶山 幾朗
シリーズ・叢書「内村剛介著作集(全7巻)」の本一覧
発行:恵雅堂出版 この版元の本一覧
A5判 651ページ 上製
定価:5,000円+税 総額を計算する
ISBN 978-4-87430-042-8 C0036
在庫あり
奥付の初版発行年月:2009年03月 書店発売日:2009年04月30日
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紹介

20世紀の希望・ソ連は遂に崩壊した。ソ連崩壊の以前・以後、ソ連を一貫してその「内臓から見つづけてきた」著者が、ロシア人への親愛を保持しながら、社会主義国家ソ連の本質的犯罪性を弾劾する。
●「街頭」という位相から、〈ソ連〉という謎に迫る
ソ連を語るに「クレムリン」という位相は相応しくない。ソ連という謎に迫る方法として著者がとったのは、「街頭」という位相であった。遠く聳立するクレムリン権力を、「街頭」「路上」というリアリティに引き寄せてこれを撃つこと。ここから、声高に叫ばれるスローガンや新聞に溢れる公式報道の陰で、ソ連人はかく生きている、という著者独特の情況論が生み出されていった。こうしてパステルナーク事件からチェルノブイリ原発事故まで、またゴルバチョフのペレストロイカからソ連崩壊まで、ペレストロイカを挟んで、「ソ連」から「ロシア」へなし崩し的に移行する全情況が活き活きと考察される。
●ユートピアへの磔刑——クリミナル・ソシアリズムの運命
20世紀のユートピアを目指して船出したソ連が行き着いた場所こそ「ユートピアへの磔刑」にほかならなかった——この痛切なパラドックスを踏まえ、ソルジェニーツィンの『収容所群島』に比肩する、J.ロッシ『ラーゲリ(強制収容所)註解辞典』を採りあげながら——ロッシはまた内村剛介の獄友であり、個人的盟友でもある——その「私的註解」という形式を借りて、自ら生み出したラーゲリに喰われて自滅に向かう「クリミナル・ソシアリズム」の諸様相を描く。

目次

モスクワ街頭の思想 目次
1      1958〜1964
知識人と権力—パステルナークの立場 
ソ連社会の失われた世代と若い世代 
投書—抗争のモメント 
市民であるとは 
アナーキズムはアナクロニズムか—ソビエトの学校騒動 
モスクワ街頭の思想
1 誰にロシアは住みよいか/2敵よりも危険だ/3異端と正系の蜜月 /
4 保留されたソルジェニツィン 
ある亡命反スターリニストの思想 
ソビエトロジイストの仕事
ドイッチャー『スターリン』 /ワース『変わるソ連』、『エンカウンター』誌編/『ロバの尻尾論争以後』 
/クランクショウ『新しい冷戦』 /インケルス他『ソヴェトの市民』 
テクノクラシー文民を制す 
農民における「人間の発見」 
      1965〜1975
ディクテーター・シェレーピン—ソビエト社会の発言法の体系
レオンハルトのこと
東欧の空は暗い
再び モスクワ街頭の思想
プロダージナヤ・シクーラ 
辺境におけるデスターリニゼーションの脈絡 プラハ〜モスクワ
犯罪の元凶としての国家
一九六八年九月・ウィーン
現代ロシアのニヒリストたち
信の飢餓
粛清—愚かしさの向う側—A・ワイスベルク『被告』、A・ロンドン『自白』
順法が反逆であるという情況—ピョートル・ヤキール『ラーゲリの少年時代』
ソ連知識人の立場
ことばに飢える
ソ連版歴史叙述の壁を超えて—ロイ・メドベージェフ『共産主義とは何か』
哄いうる犯罪者—マルチェンコ『わたしの供述』
ベースにあるフォークロア的認識—藤村信『プラハの春 モスクワの冬』
日本人が亡命者になる時—第三次亡命の季節に
      1977〜1984
ことばに命を賭ける「不同調者」たち—『ソヴェト反体制—地下出版のコピー』
赤いジェスイットの現在—六十年後のロシア革命
戦争の未来と西欧エリートの衰弱—J・ハケット他『第三次世界大戦』
悪に所を
ソ連型ノンポリの先駆者
トレランスの袋小路
社会主義は誰のためにあるのか
サハロフ無視の日本風土
気安く「人間、人間」と言うけれど
欲は深く記憶は短く
過去に向かう老人大国
2    1986〜1990
何も変えない大改革—ゴルバチョフのモード
黙示録・チェルノヴィリ
国家大の情報浪費システム/トドノツマリに……/「黒い」「まち」に訪れた終りのはじまり
ソビエトの世論とは何か
ソ連社会の学問的研究の機がようやく熟した—A・ジノヴィエフ「共産主義の科学的批判」
ロゴクラシーとユートピアの住人—M・エレル『ホモ・ソビエティクス—機械と歯車』
知識人奪の惨—現代ロシアにおける「知識人の退場」
社会主義建設はもういい—体験的社会主義論
ファクトとヒストリーの彼方—ペレストロイカと民族問題
暴力がもつこのメビウスの帯を!
現代ソ連の奴隷解放
藪の中のペレストロイカ—今は後ずさりが前進
虚言の実効—ペレストロイカの援助劇
3     1991〜1992
舵とともに来たり去るゴルビー
何のために誰をなのか具体的に言え
「国家寄食」の呪縛—ソ連の国民投票に思う
ソ連帝国のはらわた—ゴルバチョフ訪日の心構え
「進歩」のコストとしての裏切り—アフトルハノフ『スターリン謀殺』
ロシア大変・世界迷惑—バック・トゥ・ザ・フューチャーのロシア意味論
内なる崩壊と外なる命名—「革命」か「騒擾」か
ロシア=混沌への回帰
血を見ないと収まらない
わが輩はカクメイである。名前はまだない
再びロシアへ、再び混沌へ
混沌の秩序—クリミナル・ソシァリストたちを法廷へ
「未成年」ロシアの行方
「法と正義」の末路—エリツィンのロシアを憐む
今なぜ「民族・宗教」か—反面教師ロシアの現状から
4    J・ロッシ『グラーグ・ハンドブック』私註
1 ナショナルとは何か—をあらためて考える/2 二十世紀は収容所の時代/3 腕力でひん曲げられた論理/4 刑罰が「通過儀礼」のお国柄/5 「祖国」という名の監獄/6「話を落せば命を落す」はなし/7 「戦犯」という名の労働力/8 自由な言葉か安全な命か/9 アンドロポフは恫喝する/10 死刑は望まずと言いつつ/11 瞞着は最高の知恵か/12 不平等の友好/13 紙は万事を耐え忍ぶ/14 鞭は「知恵の素」 /15 罵倒の文化の深層/16 古い新しさという真実/17 「不信」の文字、リーテルとそのシステム/18 ついに陽の目を見た『グラーグ・ハンドブック』/19 ソ連人によるソ連論・補註—A・ジノヴィエフの発言

解説=内村剛介を読む 原体験から導かれた内村・社会主義論の射程 岩田昌征

解題—陶山幾朗

前書きなど

推薦の言葉(吉本隆明、佐藤優、沼野充義)
垣間見えた鮮やかなロシアの大地
(評論家)吉本 隆明
 内村剛介は、はじめその無類の饒舌をもってロシアとロシア人について手にとるように語りうる人間として私の前に現われた。以後、ロシア文学の味読の仕方からウオッカの呑み方に至るまで、彼の文章や口舌の裂け目から、いつも新鮮な角度でロシアの大地が見えるのを感じ、おっくうな私でもそのときだけはロシアを体験したと思った。
 私のような戦中派の青少年にとって、実際のロシアに対する知識としてあったのはトルストイ、ドストエフスキイ、ツルゲーネフ、チェホフのような超一流の文学者たちの作品のつまみ喰いだけと言ってよかった。太平洋戦争の敗北期にロシアと満洲国の国境線を突破してきたロシア軍の処行のうわさが伝えられたが、戦後、ロシアの強制収容所に関して書いたり語ったりしている文学者の記録について、私はもっぱら彼が記す文章から推量してきた。
 内村剛介にとって十一年に及んだ抑留のロシアは、この世の地獄でありまた同時に愛すべき人間たちの住むところでもあったが、この体験をベースとした研鑽が作り上げた彼のロシア学が、ここに著作集となって私たちを啓蒙し続けてくれることを期待したい。


智の持つ力を再認識させるために
(作家・起訴休職外務事務官)佐藤優
 内村剛介氏は、シベリアのラーゲリ(強制収容所)における体験から、ロシアをめぐる個別の現象を突き抜け、人間と宇宙の本性をつかんだ稀有の知識人である。私自身、外交官としてロシア人と対峙したときに、内村氏の『ロシア無頼』から学んだ「無法をもって法とする」というロシア人の思考をきちんと押さえておいたことがとても役に立った。
 また、私が鈴木宗男疑惑で逮捕され、東京拘置所の独房で512日間生活したときも、内村氏が『生き急ぐ』で描いた獄中生活の手引きに大いに励まされた。かび臭い独房の中で、学生時代に読んだ『生き急ぐ』のことを何度も思い出し、「この状況からはい上がってきた日本の知識人がいるのだ。僕も頑張らなくては」と何度も自分に言い聞かせた。
 『内村剛介著作集』刊行を歓迎する。日本の読書界に知のもつ力を再認識させるために、この著作集が一人でも多くの人に読まれることを期待する。


「見るべきほどのこと」を見た人
(ロシア・東欧文学者)沼野充義
 内村剛介は私がもっとも畏怖するロシア文学者である。ソ連や共産主義といった巨大な対象を相手にして本質を見抜く眼力の鋭さと、ロシア語そのものの魂に食らいつく語学力、そしてラディカルな正論を繰り広げる気迫に満ちた日本語。そのいずれをとっても、従来の文人タイプのロシア文学者の枠をはるかに超え、私たちの一見平穏な日常を強く撃つものだ。いや、二葉亭四迷以来、ロシア文学を熱心に輸入し消費しつづけてきた近代日本にあって、内村剛介はロシアを踏まえながらロシアを超えて批評家として自立したほとんど最初のケースではないだろうか。その原点にあるのは、戦後十一年もの長きにわたったシベリアの収容所経験である。それはソ連文明という二十世紀が生んだ謎のモンスターのはらわた内臓を見極める地獄めぐりだったが、同時に限りなく懐かしい魂の根源への旅でもあった。だからこそ、彼は「見るべきほどのことは見つ」と言い放てるのだ。ソ連が崩壊し、世界が別の怪物の内臓に呑み込まれつつあるいまこそ、私たちはもう一度真剣に、この厳しくも優しい稀有の思想家の声に耳を傾けなければならない。

版元から一言

今なぜ「内村剛介」なのか
●二十世紀末の崩壊劇—「ユートピア」の終焉
・ 21世紀も、はや7年を経過した。前世紀の末、東西ベルリンを隔てていた「壁」が落ち、続いて東西冷戦の雄・ソ連邦が崩壊するのを目の当たりにした私たちだったが、しかし、何事によらず物事を忘却しやすい現代人にとって、こんにちこの記憶もすでに遠のき始め、世界も時々刻々とその様相を変容しつつある—まるでつい最近まで「ソ連」という国家が地球上に存在してことなど無かったかのように。
・ 二十世紀の終わりに生起したこの崩壊劇の象徴する意味を、私たちは何故忘れてはならないか。それは、そこにこそ私たちが等しく生き、また拠らねばならぬ地球の運命が懸かっているからである、と内村剛介は主張する。そして、世紀の変わり目において、今、あらためてわれわれはあの出来事に集約される歴史的意味を反芻し、これを継承していかなければならない、と。
・ あのとき、果たして最終的に何が「崩壊」し、何が「終焉」したのか。かつては「希望の星」として謳われ、未来への進路を領導すると世界に喧伝された「ソ連という夢」の、その無惨な瓦解劇が意味したもの。その結末がわれわれに指し示していたものとは——二十世紀を言わば「マルクス主義の時代」と仮に呼ぶなら、それは、或る眩しさとともに世界を覆った変革の教義としてコミュニズムの退場であり、それによって夢見られていた「ユートピア神話」の最終的な終焉であった。
●デモスと権力を見据えた内村「ロシア−ソ連論」
・ 内村剛介は、かつてスターリンの獄にあり、その獄の底からソ連国家の仕組み、その社会の実態をつぶさに目撃した。以後、抑圧的国家支配とそれに抗する人間(デモス)たちの生とが醸す軋みという問題は、彼の終生の課題となるが、この短かからぬ幽閉の歳月は、同時に、内村剛介にとって「母なるロシア」の本質、その大地に満ちる豊饒さの秘密を垣間見るという稀有な体験でもあった。
・ この体験を基底に据えながら、ロシアの民俗と文化への接近と、ロシア文学への深い理解に裏打ちされた内村剛介のロシア論が生み出されていった。それは、言わば聖から俗の極みまでを包含した「逆説のロシア」像であり、いわゆる「スターリニズム」と呼ばれた政治支配の構造からは決して被い尽くせない、ロシア・ナロードたちの不逞な生きる意志を見据えた、独特の「ロシア−ソ連」原論であった。
●冷徹な認識から繰り出される〈ジャパン〉批判
・ しかしながら、内村剛介が最も執着したテーマとは、ほかならぬ日本であり、「日本とは何か」という課題であった。この、おのが日本という問題を解き、真に愛しうべき日本を奪還する方途において、内村剛介はやはりロシアに拘わらざるをえない。自身の苛酷なロシア体験こそ、「日本」に到達する方法であったからである。
・ すなわち、眼前の日本を〈ジャパン〉と呼び、あえてこれをいったん遠ざけながら、ロシアに拘り、そのロシア経由して日本に至らんとする。この至難な道を行く彼にとって、「ロシア−日本」という往還運動は必須の作業となったのである。「わたしが内村剛介の仕事に関心をもつのは、かれが穿ちつづけているロシヤ語の世界と民俗とが、結局、〈妣〉なる日本と、西欧なる日本との空隙を埋めるための模索にほかならないとおもえるからである。」(吉本隆明)

関連書

『内村剛介ロングインタビュー—わが二十世紀茫々』
『シベリアの思想家—内村剛介とソルジェニーツィン』
『ラーゲリのフランス人』
『ラーゲリ(強制収容所)註解事典』

関連リンク

内村剛介ロングインタビュー
内村剛介著作集 第1巻
内村剛介著作集 第3巻
ラーゲリ(強制収容所)註解事典
ラーゲリのフランス人
恵雅堂出版サイト

著者プロフィール

内村 剛介(ウチムラ ゴウスケ)

評論家、ロシア文学者。一九二〇年、栃木県生まれ(本名、内藤操)。一九三四年、渡満。一九四三年、満洲国立大学哈爾濱学院を卒業。同年、関東軍に徴用され、敗戦とともにソ連に抑留される。以後、十一年間をソ連内の監獄・ラーゲリで過ごし、一九五六年末、最後の帰還船で帰国する。帰国後、商社に勤務する傍ら文筆活動を精力的に展開し、わが国の論壇、ロシア文学界に大きな影響を与える。著書に『生き急ぐ—スターリン獄の日本人』、『呪縛の構造』、『わが思念を去らぬもの』、『ソルジェニツィン・ノート』、『流亡と自存』、『信の飢餓』、『失語と断念』、『ロシア無頼』、『わが身を吹き抜けたロシア革命』など多数。また訳書にトロツキー『文学と革命』、『エセーニン詩集』などがある。一九七三年から七八年まで北海道大学教授、一九七八年から九〇年まで上智大学教授などを勤める。二〇〇九年一月死去、享年八十八。

上記内容は本書刊行時のものです。

陶山 幾朗(スヤマ イクロウ)

一九四〇年、愛知県生まれ。一九六五年、早稲田大学第一文学部を卒業。著書に『シベリアの思想家——内村剛介とソルジェニーツィン』、共著に『越境する視線—とらえ直すアジア・太平洋』、『内村剛介ロングインタビュー—わが二十世紀茫々』など。現在、雑誌『VAV(ばぶ)』主宰。

上記内容は本書刊行時のものです。
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