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国防政策が生んだ沖縄基地マフィア
- 初版年月日
- 2015年5月
- 書店発売日
- 2015年5月27日
- 登録日
- 2015年4月22日
- 最終更新日
- 2016年5月25日
書評掲載情報
2015-06-21 |
毎日新聞
評者: 坂手洋二(劇作家、演出家) |
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重版情報
4刷 | 出来予定日: 2015-10-28 |
3刷 | 出来予定日: 2015-07-28 |
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紹介
自民党中央政府は辺野古での基地建設を諦めていない。とすれば名護ではその受け皿になる集団が今後も必要になるということである。……カネと権力という普遍的な動機でいまも動く基地マフィアの動向を注視し続けなければならない。(はじめに「なぜ基地マフィアを追うのか」より)
目次
はじめに なぜ基地マフィアを追うのか ──『週刊金曜日』編集長 平井康嗣
序 章 足下の小さな事実
第1章 名護市の基地マフィア 2008年
1 米軍再編マネーに群がる基地マフィアたち
2 守屋武昌更迭を切望した名護市
3 少女暴行事件を無視した名護市議会自民党系議員たち
4 沖縄防衛「族」議員
5 1年間で学生の7割が逃げた〈振興費〉学校
第2章 基地マフィアと名護市長選 2013年~2014年
1 大混乱の名護市長選候補者選び
2 基地マフィアたちのもくろみと、大誤算
3 「たった4、5人でものごとを決めではダメですよ」
──比嘉鉄也・元名護市長インタビュー
4 首相官邸、自民党、『産経新聞』、東京からのおぞましい「一本化」圧力
5 名護市で「推進」を叫ぶ正式候補が誕生
6 問われた沖縄北部振興事業の実態
第3章 新基地建設に揺さぶられるまち 2014年夏
1 基地マフィアに殺された元銀行員
2 地方権力者と対峙する名護
3 膨らむ基地利権と漁協組合長の暴走
4 名護市を闊歩した利権屋の正体は元大手商社マン
第4章 変わる沖縄の政財界と沖縄県知事選 2014年秋
1 沖縄、民意変化の胎動
2 「イデオロギーではなくアイデンティティが問われている」
──平良朝敬かりゆしグループCEOに聞く
第5章 脱「基地経済」への道程 2015年4月
1 「沖縄はカネの奴隷にはならない」
──金秀グループ呉屋守将会長インタビュー
2 「財政依存、公共事業依存体質から沖縄は脱却する」
──照正組社長、照屋義実インタビュー
3 沖縄振興策は見せかけの看板
──琉球大学・島袋純教授インタビュー
4 ナショナリズムとアイデンティティのはざまで
──作家・目取真俊インタビュー
おわりに 無名の告発者たち──『週刊金曜日』記者 野中大樹
前書きなど
おわりに 無名の告発者たち
白いコンクリートできれいに舗装された海岸沿いに、その店はあった。2014年の夏。取材で訪れていた名護市で地元の知人と深夜まで飲み歩き、波の音が近くで聞こえるスナックに入ったときのことだ。カウンターにはふたりの先客がいた。ふたりとも名護市内の数久田地区に住んでいるという。そのうちのひとりが私を見るなり言った。
「ナイチのブンヤか」
内地(本土)から来た新聞記者だろうと問うているのだ。厳密にいうと新聞記者ではなく週刊誌の記者だが、ジーンズにアロハシャツというくずれた恰好をしている私の職業的属性を一発で言いあてた直観にどぎまぎしていると、立て続けにまくしたててきた。
「あんたに言っておきたい、おれは島尻だけは許さんよ、あのヤマトゥの女だけは。ヨシカズはあいつにやられたさ」
この人は2014年の1月に行なわれた名護市長選挙での出来事を言っていた。当初、市長選に立候補していた前市長の島袋吉和氏は、政府の命をうけて名護入りした島尻安伊子参議院議員の説得をうけて出馬をとりやめた。その結果、保守系候補は元副市長の末松文信前県議(自民党公認、ちなみに公明党は自主投票)に一本化することとなった(第2章参照)。島尻氏は宮城県出身だが、沖縄県人と結婚して沖縄に移り、那覇市議をへて国会議員になった人物である。
市長選は、辺野古移設反対派で現職の稲嶺進氏が圧勝する結果となったが、この顚末を腹の底から悔しがったのは選挙に負けた末松氏より、選挙に出ることすら許されなかった島袋氏のほうであったろう。島袋氏は2006年に市長に当選すると、移設に前のめりになった。守屋武昌防衛事務次官(当時)らと激論をかわし、自分を市長に当選させてくれた地元の土建業者──本書でいうところの“基地マフィア”──の利権の取り分が多くなる建設工法を主張してきた。2010年の市長選で稲嶺氏に敗北して以来、リベンジを果たすために4年間耐え忍んできたのに、土壇場で市長候補から引きずりおろされる。
自分をおとしいれた基地マフィアたちの実態を暴くチラシをばらまき、かつ自身も出馬することを一度は決意した島袋氏を全面的にバックアップしたのは島袋氏の故郷・数久田地区の住民有志たちだった。
数久田から来ているというこの初老の男性があの時の市長選で島袋氏を応援した住民の1人であることは想像がついた。泡盛の入ったグラスをゆらゆらと揺らし、「あのヤマトゥの女だけは許せん」と息巻くと、ただ黙ってうなずくことしかできない私の横で、カラオケをはじめた。画面には、私にはほとんど歌詞の意味が読みとけない沖縄の民謡が流れている。ところどころに「辺野古」といった漢字も出てくる。沖縄北部の、まさにこの地域の歌だった。
男性はしばらく熱唱すると、つよい視線でこちらを射ぬき、「ヤマトゥの青年、日本の歌を唄え」とマイクをにぎらせてきた。断るすべもなく、イルカの「なごり雪」や中島みゆきの「糸」など知りうる古い歌をいくつか選曲し、歌いはじめた。男性たちは泡盛をちびちびと口に含ませながら、カラオケの画面を黙って、じっと見つめていた。
数久田地区は周囲を低い山に囲まれた人口1000人弱の小さな集落だ。集落に入ると道は細く、家屋もひと昔前の様相を残したものが多い。「数久田は名護のなかでも共同体意識がつよく残っている。外から数久田に嫁いだ娘さんは苦労するよ」。そんな話を方々から聞いていた。集落に出入りする道は2本しかないため、「誰が集落に入ってきたか、いつ出ていったかがすぐにわかる」といったエピソードもある。集落内での血縁関係は濃く、じっさい「島袋」姓も多い。当然、選挙のときは集落全域に「ヨシカズ」の旗がはためき、大半の住民が島袋氏を応援する。数久田出身の20代の男性は「学校のグラウンド前を選挙カーが通るときは野球の試合中であっても“ヨシカズ・ゴーゴー!”とみんな拳をあげて声援を送っていましたよ」と教えてくれた。
数久田住民にとって、名護市の市長として政府、自民党の首脳と肩を並べる「ヨシカズ」の姿がどれほど力強く、頼もしい存在であったかは想像に難くない。しかしそれは数久田の住民が政府、自民党の国防政策を支持していたという意味ではおそらくない。スナックで出会った初老の男性の怒りの矛先は、自分たち数久田住民の代表を抑えつけた国会議員──それもヤマトンチュでありながら沖縄選出の国会議員バッチをつけ、いざというときにはヤマトゥ政府の使いとして働く議員──にむけられていた。
彼らはふたたび、私には読み解けない歌詞の民謡をいくつか唄い、泡盛を口に流し込むと、足元をふらつかせながら店を出ていった。
本書でも触れているように、島袋吉和氏はかつて基地マフィアの中枢におり、基地利権を左右できる権限をもつ名護市の市長だった。その島袋氏を、ただ数久田を代表する人間だからというだけで応援するのはいかがなものなのか、というありていの疑問を抱きつつ、新聞やテレビでは報じられないであろう彼らの土着の情念に私は魅せられていた。
沖縄には、永田町や霞ヶ関、マスメディアがこしらえる対立概念には収まりえない人々がいる。そして多くの場合、彼らの世界観が本土のマスメディアで伝えられることはない。ヤマトゥ的価値体系の枠組みでは捉えきれないからだ。文字にも映像にもならないから外側からは見えない。誤解を恐れずに言えば、こうした外からは見えない土着の感覚も、基地マフィアの台頭を許す土壌になってしまっていたように思う。
1990年代以降、名護市をはじめ沖縄北部地域には途方もない額の振興予算がおりはじめた。そこには、かつて山中貞則初代沖縄開発庁長官が沖縄の苦渋の歴史をしのんで言った「償いの心」とは無縁の“カネをやるから新基地を受け入れろ”と言わんばかりの傲岸さがにじみ出ていた。基地マフィアが台頭したのは、まさにこの時期である。この点をくりかえし強調したいのは、近年、沖縄基地マフィアの存在を挙げて「沖縄は実は基地に反対していない。表向き反対しているのはカネのためだ」といった趣旨の言説が拡散しているからだ。序章で触れた『沖縄の不都合な真実』(大久保潤・篠原章著、新潮新書)はその代表書だが、沖縄の実状とかけはなれた認識には唖然とするしかない。
建設・小売り大手の金秀グループ会長の呉屋守将氏は、こうした言説に対して「沖縄はカネの奴隷にはならない」と断言している。その呉屋氏や、ホテル事業のかりゆしグループCEO平良朝敬氏らが共同代表をつとめる「沖縄『建白書』を実現し未来を拓く島ぐるみ会議」(2014年7月結成)は、沖縄の民意の変化を体現したグループだと言ってよいだろう。この4月に設立された「辺野古基金」も然り。呉屋氏や平良氏、俳優の故菅原文太氏の妻の菅原文子氏、元外務省主任分析官の佐藤優氏らが共同代表に就任し、その後、アニメ映画監督の宮崎駿氏やジャーナリストの鳥越俊太郎氏らも名をつらねた。
2013年末に仲井眞弘多前知事が辺野古埋め立てを承認したことについては、今年2月、承認に法的な瑕疵がなかったかどうかを検証する第三者委員会が発足している(委員長は大城浩元沖縄弁護士会会長)。その答申が7月にも出る見込みで、答申の結果によっては翁長雄志知事が承認の取り消し、もしくは撤回に踏み切る見通しだ。
こうした沖縄の昨今の動向をみるだけでも、辺野古移設に反対しているのは大手週刊誌やネット上で言われているような「一部の過激派たちだけ」でないことは明らかだ。基地マフィアの力が増大する局面を、沖縄は幾度ものりこえてきた。もちろん、記者としては今後も沖縄の状況を現場で追い続けるつもりだが、沖縄の基地問題が解決しない原因は地元の基地マフィアにあるかのような言説は明確に、重ねて否定しておきたい。
郷土の政治家・島袋吉和氏を応援してきた数久田の住民には、10年後も20年後も、基地に脅かされることなく、ヤマトンチュに気兼ねすることもなく、故郷の歌を唄っていてほしいのである。
取材の過程では、情報は提供するけれど名前は伏せて欲しいという要望が多かったのも事実だ。自分が話したことで家族や親族、同僚に迷惑がかかるかもしれないという切実な訴えであるため、可能なかぎり尊重した。こうした方々の協力なしに基地マフィアの取材は進まなかった。リスクを負ってでも故郷の実状を訴えたいと行動に出た無名の告発者たちに心から敬服する。本書は彼らの想いを代弁したにすぎない。
一方、基地マフィアたるインナーサークル集団の面々は、できるかぎり実名で載せている。具体を撃つ、その姿勢を身をもって示してくれたのは評論家で「週刊金曜日」編集委員の佐高信さんだ。2010年当時、株式会社金曜日の社長であった佐高さんと編集長だった北村肇から「週刊金曜日」新編集長に抜擢されたのが本書共同執筆者の平井康嗣であり、平井の采配のもとで、私は時間をかけて沖縄を取材することができた。
現地の協力者たちからは、「週刊金曜日にこれまで掲載した基地マフィアの記事を一冊の本にまとめてみてはどうか」というご提案を、かねてから頂戴していた。しばらく良いお返事ができなかったが、このたび実現することができたのはひとえに七つ森書館のみなさんのご厚意があったからだ。きちんと形にできるかどうか最後まで不安を抱えながらの作業だったが、粘り強く背中をおしつづけてくれた。深く御礼申し上げたい。
2015年5月 『週刊金曜日』記者 野中大樹
上記内容は本書刊行時のものです。