サイボーグの腑SF映画とヒューマニティ
浅見 克彦:著
発行:青弓社 この版元の本一覧
A5判 264ページ 上製
定価:5,000円+税 総額を計算する
ISBN 978-4-7872-7259-1 C0074
在庫あり
奥付の初版発行年月:2009年03月 書店発売日:2009年03月08日
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紹介

『ターミネーター』や『2001年 宇宙の旅』などからサイボーグやロボット、地球外生命体と人間との接触が映し出す現代文化のありようを解読し、SF映画をとおして私たちのアイデンティティがなぜ・どう揺さぶられるのかを探求するフィルム・スタディーズ。

目次



第1章 サイボーグ・エロス
 ボーグの誘惑
 「きて、私のなかに。お願い」
 ターミナルとしての個体
 柔らかな指と鋼の刃
 「神」と一つになる存在の昂揚

第2章 ひび割れた鏡像――自己のイドラ
 「Like tears...in rain.」
 「存在は裸形を恐れて幻影をまとう」
 The ghost in the machine
 サイバースペースの「擬人法」――表象不可能なものの可視化
 「私には過去しかない」
 「人間の存在を決めるのは行動だ、記憶じゃない」

第3章 ドッペルゲンガー――自死の定め
 「このお方は己れの望みを知らんのだ」――人形つかいの矛盾
 モンスター――人間の真実を映す鏡
 死をもたらす分身――「割れた鏡を最後に覗いた者は死ぬ」
 サイボーグと「動物性」――「嘘をつくのは本当の人間だけだ」
 「私は絶対に、私の所有するものではない」

第4章 サイバー・ボディのキネーシス
 Being a Invisible Body――意識のキネーシス
 メディアとしての身体――意識のプロステーシス
 世界と自己を媒介する意識のキネーシス――インターフェイスの魔
 飽くことなく非我を求める自我 un moi insatiable de non-moi

終章 擬態的存在の明滅――Being the Skin

文献一覧

あとがき

事項索引

人名索引

フィルモグラフィー

著者プロフィール

浅見 克彦(アサミ カツヒコ)

1957年生まれ。和光大学表現学部教員。専攻は社会理論、社会思想史。著書に『消費・戯れ・権力』(社会評論社)、訳書にダニエル・ダヤーン/エリユ・カッツ『メディア・イベント』、マーシャル・マクルーハン/ブルース・R・パワーズ『グローバル・ヴィレッジ』、リチャード・ダイアー『映画スターの〈リアリティ〉』(いずれも青弓社)など。

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