アメリカろう者の社会史「ろう文化」の内側から
キャロル・パッデン:著, トム・ハンフリーズ:著, 森 壮也:訳, 森 亜美:訳
発行:明石書店 この版元の本一覧
四六判 304ページ 上製
定価:3,000円+税 総額を計算する
ISBN 978-4-7503-3027-3 C0036
在庫あり
奥付の初版発行年月:2009年07月 書店発売日:2009年08月04日
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紹介

ろう学校や活動写真、アメリカろう者劇団、手話辞典の登場といった歴史的に重要な瞬間の光と影を映し出し、現代との関連性も論じる。また人工内耳などの科学技術に対するろう者の不安にも向き合い、未来を展望。名著『「ろう文化」案内』の議論を掘り下げた続編。

目次

はじめに——文化のレンズ
第一章 沈黙を強いられた身体
第二章 完全に分離された学校
第三章 声の問題
第四章 新たな階級意識
第五章 声というテクノロジー
第六章 文化についての不安
第七章 文化が約束してくれること
第八章 文化の行く末

 原注
 訳注
 謝辞
 訳者あとがき
 索引

前書きなど

訳者あとがき

 本書はCarol Padden and Tom Humphries (2005) Inside Deaf Culture, Harvard University Press: Cambridge, Massachusettsの邦語訳である。二人の著者による前著、Deaf in America: Voices from a Culture (1988)〔『「ろう文化」案内』森壮也/森亜美訳 晶文社 二〇〇三年〕の続編とも言える。本書は「はじめに」のあと、一九世紀のろう学校の登場から一九六〇年代に至るアメリカろう者の歴史において重要ないくつかの事件をとりあげた三つの章、そして言語としての手話の再発見以後の一九七〇年代から現代につながる新たな歴史的変化をとりあげた三つの章、さらに著者たちの個人史をそうしたろう者の歴史の大きな流れの中に位置づけた一章を経て、未来に向けての終章へとつなげる構成になっている。

(…中略…)

   *  *  *  *  *

 米国におけるろう者の歴史の重要なスタートとされるのは、一八一七年、コネティカット州のハートフォードにアメリカで初めてろう学校が設立された年である。これにより、マーサズヴィンヤード島やメイン州の一部などの地方に住んでいたろう児たちが皆、ここに連れてこられた。そこで子供たちは他の子供と出会い、手話が混じり合って、アメリカ手話(ASL)が形成されることとなった。こうした米国のろう社会の草創期の歴史については、『「ろう文化」案内』に詳しい。
 本書では最初の章が、それから少し経った一八二〇年に開校したペンシルヴァニアろうあ院の記述に割かれている。それは、本書が歴史的な事件を暦年に沿ってただ追いかけた本ではないからである。本書の成立について著者の二人は、ラジオのトーク番組で手話通訳者を介し、次のように語っている。「本書は二番目の本で、ほぼ続編と言って良いようなものです。最初の本で書ききれなかったことについて本書で書きました。……最初の本が出た後に出てきたものごとについても書いています」(Carol Padden, Tom Humphries and Neal Conan: 2005)。また、次のようにも語っている。「〔前著では〕ろう者であるとはどういうことか、またろう文化をめぐる対話、さらにろう文化が実際に意味するものについて書いています。ろう文化に関する基本的なことを説明しようとしたのです。しかし今回は過去を探ることによって、つまりいろいろな意味で重要な過去の局面を探ることによって、今日の状況にどう到達したのかを理解できるようにすることに力点をおき、ろう者の現況をよりよく理解できるようにしました。〔中略〕以前だったら、様々なところにろうクラブがいくつもありましたが、今では、残念なことにそうしたクラブもなくなりつつあります。なぜそんなことになったのか、何が起きたのかということはとても興味深いことです。そこで過去についてのことから書き始めたのです」。ここから分かるように、現在の問題に答えるために過去にさかのぼっていった結果、例えば一八二一年のペンシルヴァニアろうあ院のスキャンダルにぶつかったということになる。
 それが、この事件に始まるアメリカろう文化の歴史の重大な「文化的瞬間」を振り返るという本書の構成につながっている。本書ではこの事件に続き、アフリカ系アメリカ人の隔離されたろう学校のこと、一九六〇年代以前のろうクラブ、さらに一九六〇年代末におけるアメリカろう者劇団の登場とASL辞典の出版、そしてこの時に始まったASLに関わる内省の時代と「言語の意識化」が取り上げられている。これらはどれも、今日のろうコミュニティの出現にとって重要な局面なのである。過去を振り返ることで未来が見えてくるという歴史学が果たしている役割が本書では生きていると言える。

(…中略…)

 本書は、いくつもの点で非常に興味深い。まず前著と比べて、そこでのメッセージははるかに複雑になっている。ろう文化の入門書である前著では、それがどのようなものであるのかという概観を読者に伝えることに主眼が置かれていた。しかし本書では、マイノリティの文化としてのろう文化が常にマジョリティの聴者との相互関係の中で形成されるものであって、聴者の文化との関係は切っても切り離せないものだということが明らかにされている。また、マジョリティの中でろう者が生きていくための歴史的な「解」をどのように探し求め、現在の姿にたどりついたのかが明らかにされている。すなわち、著者らはアメリカのろう文化をマジョリティ=聴者の歴史の中に位置づけマジョリティの歴史との関係を明らかにしたが、この仕事は同時にろう者を(再)定義するろう文化の絶えざる力をも明らかにすることとなったのである。本書はこのようにろう文化と聴者の文化との相互関係のダイナミズムを私たちに示している。ろう文化は歴史の中で単純に再生産されるものではなく、それ自体が持つシンボリックなやり方でもって聴者の文化をし、再解釈するという力があるのだ、ということに焦点を合わせているのである。このことは、ろう文化論自体の成熟にもつながった。例えば、マーサズヴィンヤード島の研究で知られ、『みんなが手話で話した島』(Nora Ellen Groce [1985] Everyone Here Spoke Sign Language, Harvard University Press, Cambridge: MA〔佐野正信訳 築地書館 一九九一年〕)の著者であるグロースはこう述べている。「『ろう文化』という考え方は、その後出てきたエスニック・スタディーズやマイノリティ・スタディーズによく当てはまり、広く受け入れられることとなった」(Groce, Vol. 108, No.2 June 2006)。

(…後略…)

   二〇〇九年七月 訳者

著者プロフィール

キャロル・パッデン(パッデン,キャロル)

カリフォルニア大学サンディエゴ校コミュニケーション学部教授兼言語研究所准研究員。トム・ハンフリーズとの共著にDeaf in America: Voices from a Culture〔『「ろう文化」案内』森壮也/森亜美訳晶文社2003年〕など。

上記内容は本書刊行時のものです。

トム・ハンフリーズ(ハンフリーズ,トム)

カリフォルニア大学サンディエゴ校コミュニケーション学部准教授。

上記内容は本書刊行時のものです。

森 壮也(モリ ソウヤ)

1962年生まれ。早稲田大学政治経済学部経済学科、同大学院経済学研究科修了。日本貿易振興機構アジア経済研究所新領域研究センター貧困削減・社会開発研究グループ・グループ長代理兼開発スクール教授・主任研究員。横浜国立大学、横浜市立大学非常勤講師、東京大学先端科学技術研究センター特任研究員、日本福祉大学通信教育部非常勤講師等を歴任。日本手話学会前会長。障害学会理事(『障害学研究』編集委員会委員長)。世界ろう連盟開発エキスパート。著書に『障害学への招待』(明石書店・共著)、『ろう文化』(青土社・共著)、『障害と開発』(アジア経済研究所・編著)、『経済開発論』(勁草書房・共著)。訳書に『「ろう文化」案内』(晶文社・共訳)、『ろう文化の歴史と展望』(明石書店・監訳)、『癒しの説教学』(教文館・共訳)など。

上記内容は本書刊行時のものです。

森 亜美(モリ アミ)

1962年生まれ。早稲田大学第一文学部史学科西洋史学専修卒業。東京銀行(現三菱東京UFJ銀行)本店調査部勤務等を経て現在は2児の母親。訳書に『「ろう文化」案内』(晶文社・共訳)など。

上記内容は本書刊行時のものです。
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