発行:明石書店 この版元の本一覧
四六判 280ページ 上製
定価:3,000円+税 総額を計算する
ISBN978-4-7503-3005-1 C0036
在庫あり
奥付の初版発行年月:2009年06月 書店発売日:2009年07月07日
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我こそ正義なりと信じる神を押しつける組織宗教は、人間と社会をいかに蝕んできたか。ラテンアメリカでのインディオ大虐殺を批判したラス・カサスからカトリックをラディカルに批判したリサール、ジョイス、反進化論を批判する生物学者までを縦横に駆けめぐる。
目次
はじめに——神様、仏様、お地蔵さん
第1章 ラス・カサスとコンキスタドーレス
1……ラス・カサスとその時代
2……エンコミエンダ
3……ラス・カサスvs.セプルベダ論争
4……征服戦争の犠牲者
5……ラティフンディオ
第2章 リサールとカトリック教会
1……リサールとその時代
2……『ノリ・メ・タンヘレ』と反カトリック
3……『エル・フィリブステリスモ』と反植民地支配
4……「フィリピン人の怠惰」と「フィリピン、今後の一〇〇年」
5……現代フィリピンの苦境
第3章 ジョイスと宗教の呪縛
1……エリオットと宗教保守主義
2……ジョイスとカトリック教脱出
3……ラッセルと無神論
4……『沈黙』と神の不在
第4章 ドーキンスと組織宗教
1……ドーキンスとネオダーウィニズム
2……宗教の起源と進化
3……宗教の説く道徳
4……「信じることは良いことだ」——寄生と共生の構図
第5章 新宗教とカルト
1……航空便信仰(カーゴ・カルト)
2……人民寺院
3……モルモン教
4……日本の新宗教
第6章 神の名のもとで
1……キリスト教保守派と反進化論
2……分解不可能な完全性(IC)とインテリジェント・デザイン(ID)
3……分解可能な複雑性と現代進化学
4……宗教原理主義と全体主義
5……科学と宗教
第7章 「行く河の流れは絶えずして」——一周遅れは誰なのか
あとがき——知力高い人たちの思い出
参考文献
前書きなど
はじめに——神様、仏様、お地蔵さん
(…前略…)
(……)次はよく理解していると思っていた人から受けた、ある意味ではより衝撃的な出来事の記録である。国際熱帯農業研究所での一九九〇年代の私の同僚にアメリカ人のAMさんという女性がいた。この人は有名大学の植物分子生物学で博士号をとり、服の着こなしやTV局のインタビューの際などの立ち居振る舞いはまことにスマートで、学術的な国際会議の挨拶などにはうってつけの人で、その上育種分野で一流とされる学術誌にも活発に論文を発表し、二一世紀になったあとには米国農務省の育種関係の一部門長として活躍を続けるまさに女史という日本語がよく似合う人であった。研究所ではAM女史はキャッサバのバイオテクノロジー部門の長、私は実際育種部門の長という分担であったが、部門長という立場から彼女の仕事の主要部分は主としてDNA操作にもとづく当時のバイオテクノロジーの先端技術を熱帯諸国の研究機関に広めることであった。一方当時の私は主たる活動拠点をアジアに移していたが、キャッサバ育種は二〇年目をかぞえ目に見える結果を出しつつあった時期であった。
そんな一九九三年のある日、インドであった会議のあとボンベイ(当時の名、今はムンバイ)からバンコクへの移動のエコノミークラスの狭い機中でAM女史の隣に座る破目となった。しばらく取留めもない話が続いたあと女史は突然「私は創造論者(Creationist)よ!」と、告白調でもなければ挑戦的でもなく、まるで昨日食べたカレーは、といった調子で私に語りかけた。一瞬何を言われているのか判断に迷っている私に追い討ちをかけるように、「創造研究所」(あとになって調べると、創造論を理論で武装しようとする人たちの中心組織)発行のニューズレターを取り出し、その巻頭論文を読んでみろと言う。一ページほど読んでみて、彼女が冗談で言っているのではないらしいことが読み取れる。創造論者の究極の主張は、人は神により、ほかの動物とは別個に創造されたとするところにあるが、その前段階の理論付けとしてその論文には、(1)ダーウィンの進化論は一つの仮説に過ぎず、進化が実際に起こったという証拠は何もない、(2)生物界には高等生物の眼のように多くの部品からなる高度な構造物であり、しかもその部品一つ一つでは何の機能も発揮できず完成品として初めて機能する器官も多くある(分解不可能な完全性[イリデューシブル・コンプレキシティー]、すなわちIC論)。このようなものがダーウィニストの言うようにランダムな自然選択で作り出されるはずはなく、初めから意図を持って働くインテリジェント・デザインによって作り出された、(3)インテリジェント・デザインにもとづく創造論は進化論と並び立つ理論であり、アメリカ合衆国の公教育はこの両者に同等の重みを与えるべきだ、という今ではおなじみになっている三点が流麗な文章で書かれていた。これはインテリジェント・デザインの名はかたっているが、まごうかたなきキリスト教保守派の主張である。
分子生物学という還元論的立場の極致にいると思っていた人物から、その逆の頭ごなしの全体論の極致とも言える創造論者だと告げられて虚をつかれ、出稼ぎや買出し人のような人たちで満員にごったがえした機内でとっさに論理の整理もかなわなければ重い議論を時間をかけて行なう気力も湧かず、進化論者の間に意見の相違があるとしてもそれは進化の過程についての意見の相違であるのに、それをあたかも進化そのものがなかったとの議論にすりかえるのはずうずうしいのにもほどがあると反論するのが精一杯であった。AM女史は、「私にはあれは充分説得力があると思うわ!」といっただけでそれ以上何を主張することもなく、何となく私には居心地の良くない何十分かが過ぎたあと、飛行機は当時のドンムアン空港に着陸した。このことがきっかけでその後のアメリカの創造論者の動きを見守ることになったが、彼女の言った「あれは充分説得力がある」はブッシュの八年間を通じてまさにそのとおりの結果をもたらしている。
「はじめに」とことわっておきながら長々と個人的体験を書き連ねたのは、そこに平均的な日本人が経験できる宗教的、特に反組織宗教的体験の多くがあると感じるからである。本書で言う“組織宗教”とは、教義を持ち、指導者を頂点とする階層性のある教団を構成し、教団員には一定の義務を課する社会的集団のことで、これは自然物崇拝などの組織的でない信仰とは別物である。組織宗教が人びとにもたらす幸せを喧伝する人や書物はいつの世にも巷にあふれているが、その逆の不幸について警鐘を鳴らす者は少数派である。幸運にも日本語、英語、スペイン語を身につけることができて、それらの言語で書かれた多くの書物に接しそれらの言語を日用語とする多くの人たちと数十年にわたって交流を重ねることができた。この過程で浮かび上がってきたのが、キリスト教の教義そのものには疑問を持たなかったものの布教を口実にしての先住民の文化の破壊と殺戮に異を唱えたバルトロメ・デ・ラス・カサス、支配の道具としてのカトリック教会に反するだけでなくカトリックの教義そのものに異を唱えたホセ・リサール、カトリック教の強固な呪縛から多大のエネルギーを費やして脱出し自由を得ることで大文学者となることができたジェームス・ジョイス、そして神の存在そのものが無根拠であり組織宗教は人類に幸せよりはるかに多くの不幸をもたらしていると説くリチャード・ドーキンスに代表される現代の哲学者たちである。この小書はこれらの人たちの思想に私個人の定点観測的経験を重ね合わせた記録と提言である。
著者プロフィール
河野 和男(カワノ カズオ)
1941年大阪生まれ.北海道大学大学院農学研究科博士課程修了.作物育種学,生物進化学専攻.国際稲研究所(IRRI)研究生,米国ノースカロライナ州立大学客員助教授,ペルー国稲作計画育種専門家を経て,1973年,国際熱帯農業研究センター(CIAT,コロンビア)キャッサバ育種室長として着任.熱帯の大作物キャッサバの育種を開始し,変異の大きな巨大な育種材料集団をつくりあげ,1983年にはタイに移りCIATのアジア・キャッサバ・プログラムを設立,以後アジア各国で,独自に開発したキャッサバの新品種50以上が採用され,その栽培面積は170万ヘクタール以上に及ぶ.
1998年帰国,神戸大学農学部教授を経て,2004年定年退官.カブトムシなど甲虫類の世界的なコレクターとしても知られる.キャッサバ育種研究体制の確立と新品種の開発・普及に対し,ベトナム国農業功労メダル,タイ国最高位三級勲章,中国友誼奨,日本・外務大臣表彰,日本農学賞,読売農学賞ほか内外の賞を多数受賞.著書に,『自殺する種子——遺伝資源は誰のもの?』(新思索社,2001),『カブトムシと進化論——博物学の復権』(新思索社,2004)など.
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