発行:明石書店 この版元の本一覧
A5判 404ページ 上製
定価:7,000円+税 総額を計算する
ISBN978-4-7503-2943-7 C0022
在庫あり
奥付の初版発行年月:2009年02月 書店発売日:2009年03月04日
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16〜18世紀前半に栄えたサファヴィー朝イランを支えたのは、グラーム(王の奴隷)と呼ばれるコーカサス地方出身の奴隷軍人だった。ペルシア語史料のみならずグルジア語史料も駆使して、ユーラシア史の新しい読み方を提出する。本邦初の画期的研究書。
目次
まえがき
凡例・転写表
序章 「境界」を越えた人々の歴史を追って
はじめに
第1節 「奴隷軍人」パラダイムの脱構築
1 「イスラーム世界」における奴隷と王権
2 サファヴィー朝史における適用
3 「奴隷軍人」像の一人歩き
4 奴隷軍人論の限界と革新
5 奴隷エリートの位相
第2節 辺境史の統合
1 国民国家史の限界
2 フロンティアとしてのコーカサス
3 「辺境」の意味
第3節 サファヴィー朝の政治体制変革について
1 サファヴィー朝の成立
2 「アッバースの改革」とその意義
第4節 本書の構成
第1章 コーカサス出身者登用の始まり
はじめに
第1節 サファヴィー朝宮廷におけるコーカサス出身者の浸透
1 タフマースプ一世によるコーカサス遠征とコーカサスの「国境化」
2 カルトリ王子ダヴィトの亡命と帰国
3 タフマースプ一世の後継者争い
第2節 内訌前期のコーカサス出身者
1 皇后の専制
2 ミールザー・サルマーン時代の中央宮廷
第3節 ハムゼ王子とコーカサス出身者
1 ハムゼ王子のグラーム
2 ファルハード・ベグの反乱
3 ハムゼ王子とコーカサス出身者
4 ハムぜ王子の遺産
小結
第2章 グラーム導入による政治体制の革新
はじめに
第1節 グラーム集団の成立
1 グラーム集団の形成
2 グラーム集団初期の姿
第2節 グラームの占めた位置
1 グラームの就いた官職
2 グラームの帯びた称号
第3節 グラーム集団の組織
1 グラーム軍長官
2 グラーム集団の規模
3 グラームの教育
小 結
第3章 奴隷軍人の実相
はじめに
第1節 グラームのメンバーシップ
1 グラームの意味
2 欧文とペルシア語史料中の記述
3 奴隷の供給先
4 奴隷身分出身のグラームの具体的事例
第2節 ファズリーの描くグラーム像
1 キズィルバーシュ・アミールの奴隷から
2 グラームのグラーム
3 対オスマン朝戦での戦争捕虜
4 地元有力者の子弟
5 タージーク出身のグラーム
6 モハンマディー・ハーンのコネクション
第3節 グラームの紐帯
1 アッラーヴェルディー家門
2 グラームに仕える者たち
小結
第4章 グルジア系グラーム四家系の社会的出自に関する考察
はじめに
第1節 グルジアにおけるタヴァディ・アズナウリ制度の確立
1 グルジア王国の分裂
2 タヴァディとアズナウリ
3 グルジア王権と豪族制度の関係
第2節 オタルとその一族の出自(バラタシュヴィリ家出身)
1 オタルの出自
2 家系の復元
3 バラタシュヴィリ家
4 サファヴィー朝との関係
第3節 サフィーゴリーとその一族の出自(ミリマニゼ家出身)
1 サフィーゴリーの出自
2 家系の復元
3 ミリマニゼ家
4 サファヴィー朝との関係
第4節 ロスタムとその一族の出自(サアカゼ家出身)
1 ロスタムの出自
2 家系の復元
3 サアカゼ家
4 サファヴィー朝との関係
第5節 アッラーヴェルディーとその一族の出自(ウンディラゼ家出身)
1 アッラーヴェルディーの出自
2 家系の復元
3 ウンディラゼ家
4 サファヴィー朝との関係
小結
第5章 アッバース一世の対コーカサス政策——「異人」登用の実像
はじめに
第1節 コーカサス出身者の二重アイデンティティ
1 アッバース一世治世初期のサファヴィー朝とコーカサス
2 エスファハーンのダールーガ
3 有力家系出自のグラーム
第2節 コーカサス・フロンティアの再編
1 部族移動と殖民
2 部族牽制
3 新部族創出と移住
4 統治エリートの融合
5 統治者の交代
第3節 強制移住と「移住」社会
1 イラン中部およびカスピ海沿岸への強制移住の前提
2 一六一四年の政変
3 アッバース一世のグルジア・シルヴァーン遠征
4 「保護」と現地社会の「移植」
5 「宮廷空間」の伸張
第4節 アイデンティティの変容と革新
1 カルトリ豪族出自のグラームの台頭
2 アイデンティティの「操作」
3 変容するエリート、エマームゴリー・ハーンの婿たち
4 帝国中枢——ファラハーバード・エスファハーン・シーラーズ
5 シモン二世とシャーの孫娘の結婚
小結
第6章 二重の周縁——故郷に帰還するコーカサス出身者
はじめに
第1節 ロストムの「帰還」
1 ロストムの生い立ち
2 グルジアへの「帰国」
3 テイムラズ一世との確執
4 「奴隷」と「国王」の狭間で
第2節 グルジア史書の「復活」
1 パルサダン・ゴルギジャニゼの生涯
2 『グルジア史』の背景——シューシュタル捕囚
3 グルジア政治の「罠」
4 アルチル二世の生涯
5 『テイムラズとルスタヴェリの対話』
6 文化意識の「成熟」
第3節 「周縁」の統合と離脱
1 「王の中の王」たちの争い
2 二つのペルシア語・グルジア語文書から
3 サファヴィー朝の滅亡とグルジア王家
小結
結論
附編 史料解題(1)
第1節 ペルシア語史料
第2節 グルジア語およびアルメニア語史料
第3節 その他言語の史料
附編 史料解題(2)『歴史の精華』第三巻の発見とその意味
第1節 写本発見の経緯とその概要
第2節 記述内容の特徴——『世界を飾るアッバースの歴史』との比較を通して
1 家族関係に関する記述
2 王族に関する記述
3 行政・外交に関する記述
4 コーカサス情報
第3節 結びにかえて
本文注釈
謝辞
本書の基礎となった論文一覧
参考文献
I 一次文献
ペルシア語史料
グルジア語およびアルメニア語史料
ヨーロッパ諸語史料等
II 二次文献
外国語資料
邦文資料
地図・写真・系図・表・図
索引
前書きなど
まえがき
サファヴィー朝イラン(一五〇一〜一七三六年)は、イラン高原を中心とする地域境界の設定や、十二イマーム・シーア派の「国教化」など、近代イラン・ネーション形成において重要な役割を果たした王朝として、世界的に知られている。とくに、第五代シャーShah(君主)アッバース一世‘Abbas I(在位一五八七〜一六二九年)は、王朝の最盛期を現出した英主としてイランではその名を知らないものがいないほどの存在である。
アッバース一世は、主に現コーカサス地方の出身者を積極的に登用し、このグラーム(王の奴隷)と呼ばれた集団の活躍もあって、一時崩壊の危機にも瀕した王朝は再建された。しかし、オスマン朝、ムガル朝と並び称されるサファヴィー朝の繁栄を支えたグラーム集団は、これまで大きな注目を集めたことはなかった。
彼らがその果たした役割の大きさに反して過小評価されてきた理由については、序章で詳述する。ここでは、西欧人による偏見と、近代という世界史的な時間空間が、その大きな原因であったことを指摘するにとどめる。
しかし、実際にグラームの果たした役割は非常に大きなものがあった。まず、グラームは、サファヴィー朝が遊牧政権から脱皮して、集権的な体制を築くことに貢献した。彼らは、中央宮廷で王朝の政策決定の一翼を担うとともに、エリート軍人として前線で活躍し、現アフガニスタンのカンダハールQandaharや、トルクメニスタンにもほど近いアスタラーバードAstarabad、イラクのバグダードBaghdadといったサファヴィー朝辺境の重要都市の統治も担った。グラームの活動を解明することは、比較遊牧体制論の視点からも興味深い結果が得られることが期待でき、ユーラシア史に対する貢献となる。
また、そもそもなぜ彼らがコーカサスからサファヴィー朝官人として出仕したのかについても、その原因や過程が十分に解明されているとは言い難い。これまでの研究では、イスラーム史の「奴隷軍人」テーゼの枠内に沿った説明が繰り返されてきた。奴隷としてもたらされ、それゆえに王朝のみに忠誠を誓う「根なし草」のエリート集団であると説明されてきたのである。しかし、本書では、ペルシア語史料のみならずグルジア語の史料もふんだんに用いることで、この通説の誤りを正し、王朝とフロンティア地域との相互関係の中に、グラームの活動を位置づけて描く。
すなわち、本書は、現在引かれている国境線に沿って、歴史を構築するのではなく、一七世紀当時の、地域をまたいだ人の移動を再現し、その歴史的意義に迫ろうとするものである。本書の考察を通じて、遊牧体制から集権体制への移行モデルの一パターンが提示される。同時に、奴隷軍人論の修正を通して、旧来の歴史学で支配的なイスラーム史および国民国家史を乗り越えることが期待できる。
これは、民族と宗教の交錯する場として、とりわけ今日の日本人には理解が難しい場所として知られる中東・中央ユーラシア史に関するひとつの知見を提供することになろう。イラクやエジプトなど中東各地において、一九世紀に至るまでコーカサス出身者の支配エリートとしての活動を観察することができる。その意味でも、サファヴィー朝におけるコーカサス系エリートの活動を明らかにすることは、中東・中央ユーラシアの歴史を理解する上で重要であると考えられる。
サファヴィー朝イランで活躍したコーカサス出身エリート集団グラームの歴史を追究する中で、ユーラシア史の新しい読み方を試みたい。
著者プロフィール
前田 弘毅(マエダ ヒロタケ)
1971年東京生まれ。
1995年東京大学文学部東洋史学科卒業。2003年東京大学人文社会系研究科博士課程単位取得退学。在学中、平和中島財団日本人奨学生としてグルジア科学アカデミー東洋学研究所に留学。博士(文学、東京大学)。
東京大学および東洋文庫にて日本学術振興会特別研究員を務めたのち、北海道大学スラブ研究センター専任講師。他に上智大学、北海学園大学、日本大学で非常勤講師等を経て、現在、大阪大学世界言語研究センター特任助教・北海道大学スラブ研究センター客員准教授。
主な論文・著作:
「サファヴィー朝期イランにおける国家体制の革新」『史学雑誌』107編12号(1998年)
“On the Ethno-Social Background of Four Gholam Families from Georgia in Safavid Iran”, Studia Iranica, 32, 2003.
『コーカサスを知るための60章』(共編著、明石書店、2006年)
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