発行:オフィスエム
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A5判変型 224ページ 並製
定価:1,600円+税 総額を計算する
ISBN978-4-900918-55-9(4-900918-55-5) C0036
品切・重版未定
奥付の初版発行年月:2002年12月
書店発売日:2002年12月05日
紹介
ムラの診療所で、アジアの辺境で、ヨーロッパの街角で……。地域医療に携わる医師が出会った人々と命の姿をめぐって考えたこと。朝日新聞長野版連載「風のひと・土のひと」が待望の単行本化。地域から日本が変わる!
目次
金持ちより心持ち──まえがきに代えて●色平哲郎
下のお世話──人のつながり、わかる瞬間
家族旅行──院内から船内、ゾウの背中
習い事と試験──ノートとは……むむっ卑怯な
消えゆくムラ──日々圧倒される知恵と技
投票に行こう──山のムラも国際社会に直結
ふるさと──川の流れに結ばれて
医者どろぼう──金を介さぬ時代の治療費
介護の社会化──時代に揺らぐモンダ主義
シンシアの診療所──「難民」たちとの出会いと別れ
「支え合い」の介護──現実知らぬ「家族で」の論調
ムラの老人たち──大地に根を張る知恵と技
道普請──今も生きる自治の伝統
五輪効果──巨大開発と国際化の模索
川のふるさと──新世紀へ水の贈りもの
野性の老人──地域に根をおろす偉大さ
山下将軍の亡霊──韓国人愛国者の複雑な胸中
地雷と眼科医──平和をねじれさせる「構図」
沈黙の証言──時代、ひざや腰に刻まれて
看取るということ──隣人として背景見つめる
老い方の作法──ムラビト縛る都市の「網」
ムラ医者の誕生──放浪で出あった互助の心
来世紀の農業像──厳しい現状と食糧安全保障
歴史の追体験──複雑な民族感情を道中で学ぶ
世紀の変わり目に──地球を覆う二つの「死」
「肉なし」カレー──ウサギはおいし、ふるさとよ
遠い記憶──ムラの在りし日語るご老人
ヨーロッパ旅行──国と人、抱える問題も様々
旅の途中で──車いすの青年が「ハロー」
村人の目の光──里山整備の知恵を受け継ぐ
エネルギー革命──失われた日本人の「原風景」
百の能力を持つ人々──貴重な知恵伝わらぬまま
ボランティア──奇妙な日本語への無自覚
闇を消す風と光と熱──静かに進むエネルギー革命
昔語り──忘れた記憶を語る瞬間
贈る言葉──子送り出す親の知恵
出会い──目指す医師像をレイテに見る
植民地──元衛生兵が語る日米関係
介護保険二年目──「恩恵」から「人権」の福祉へ
デフレスパイラル──行き着く先は農山村に活気?
森づくり──七世代後の子孫のために
ハンセン病──予防法は廃止すれども
結 核──いまだ残る「社会の病」
風の道──高原の自然をエネルギーに
ベニスの商人──富の再生産、利子と世襲
転がる力──人馬車……輸送に隔世の感
乳幼児の誤飲──日本の生活習慣に必然性
百俵のコメ──水と空気と日光に支えられ
「政治」の本質──平等に負う合意形成の技術
「国際化」──かけ声にかすむ文化的差異
夏は来ぬ──「厚塗り」国土の熱中症
強者の言葉──人間扱いされるために
「心の病」──向き合い受けとめる
痛みを伴う改革──「治療」するのはだれ?
ご 縁──巡り巡ってつながる心
美しい国土──里山の景観に人癒す力
水の循環──森と田は「みどりのダム」
国民皆保険──すばらしい制度の存続を
親不孝の系譜──選び取る「自分の生き方」
老後の心配──市場の緩和だけでは……
医療行政の使命──リーダーの方針明示が重要
地域通貨──よいつながり構築に有効
旅──東洋人であること学ぶ
感じる力と覚える力──周囲から学ぶ姿勢が大切
リテラシー意識──自己の埋没防ぐ「批判の目」
語り合える友──私自身の内面映す「鏡」
子 縁──学校を地域の基地に
百人の村──広い視野と低い視点を
本物の勇気──すべてさらけ出し生きる事
板画のあとがき●森貘郎
前書きなど
(金持ちより心持ち──まえがきに代えて●色平哲郎)より
この「金持ちより心持ちになろう」というモットーは、もちろん、私に金持ちになる気力と能力がほとんど無いことを前提に、やっかみで言っているのである。そして心貧しい私であるからこそ、周囲の心豊かな人々にあこがれる思いで、「心持ち」に、もしなれるとすれば、それはお金の関係ではない友人をたくさん持っていることなのではないか、と強弁しているのである。
山の村の医師住宅、居間にある金魚鉢の中で、金魚はクルクルと泳いでいる。なぜも、こんなに楽しそうなのだろう? クルクルまわり続けるしかない、とも言えようが、しかしうれしそうに見えている。金魚の脳は、三十秒間しか記憶力が保たないので、周囲の景色が毎周毎周いつも新鮮に映って、ウキウキしているのだ。そう聞いたことがあるが、本当だろうか?
戦後の日本は、カネ・キカイ・クルマ・ケイタイ・コンビニの「カキクケコ」に代表される豊さの拡大を目指し努力を結集した。小さかった金魚鉢はどんどん大きくなって、目新しいウキウキ刺激が人々の心を捉えた。
戦後の社会変化は、高度経済成長に代表されるように「個人」より「組織」の力に拠るところが大きかった。しかし、「組織」というのは、必ずしも望ましい成長と変化だけをもたらすわけではない。 ……組織は成果を挙げるにつれて、内部完結の錯覚が芽生え、 視野狭窄になるとともにマンネリ化し、他方、閉鎖的となって排他性さえ帯び、 内部対立を醸しつつ、生産性が急激に落ちる……。こんな立論もある。
二十一世紀に入り、既存の大組織は経済グローバル化の大波をかぶりつつある。人間は記憶力が強いので、金魚のように、いつも新鮮な幸せ感に身を浸して生ききることはできないだろう。 だからこそ、金魚鉢から一歩離れて、つまり、日本の「外」との対比、日本の「過去」との対比で現状を考え直してみなければなるまい。
考えてみよう。東京だけで一日に五〇〇万食の残飯を出し、日本全体では一日に二〇〇〇万食分の食べられる食材を廃棄している。そんな今の日本人の暮らしがある一方で、地球上の一年間の餓死者は二〇〇〇万人規模だ。「日本の一日分は世界の一年分なのだ」と感じ、ヤスパース的な罪(『責罪論』一九四六年)を意識してしまった。また、「溺れるものはナイフをもつかむ」 いうフィリピン民衆のことわざも想い出した。
一方、村人と話していて、今への戸惑いを伺うことがある。
「学問もねえからようわからんだども…… おまんま食って、いつでも食べたいときに食べられる。 こごとがなくて、うちじゅうにけんかがなく、気楽だ。 いえでよく寝て、あんどに暮らせる」 ——「幸せなんだね」—— 「(今が)あんまり幸せすぎて、いったいどういうことだ、と考えてしまう……」。
それにしても、教育だ、勉強だ、学習だ、とはいっても、私の大きな不安と不満は、現状が「教えられたことをただ覚えるだけ、そして正解を早急に求めすぎる」点にある。逆に、「ちがい」と「まちがい」を大切にできるような教育観こそ大事なのではないか 。実に「ちがい」と「まちがい」が許されるような学校空間が今こそ求められている。寛容な雰囲気は日本社会全体で渇望されていると感じる。
「人はみんなそれぞれ『ちがい』ます。それでおかしくないし、世界は多様で、多民族で多宗教で当たり前だし、それを押し出しても決していじめられたりしない、ちがっていることこそ二十一世紀には価値になる……。『まちがい』もそうです。誰も決してまちがえたいと思って取組むわけではないのです。まちがいかもしれないことであっても、言ってみて、やってみて、試行『錯誤』して、その上でディスカッションすることこそ新しい豊かさなのだと思う。決しておかしなことではないよ」と言ってみたい。
そして、教育に限らず、「人間として人間の世話をすること」こそ「ケアの本質」であり、いつも「専門家として」だけでなく、「人間として」人間のお世話をすることに現場で取組みつつ、しかも(欲張りにも)「広い視野」と「低い視点」の両方をめざして生きることで、私たちの人生が暖かく、より豊かになっていくと確信したい。
最後に、親バカにも、小学校一年生の娘の作文「おとうさんのこと」を掲げる。
おとうさんのことをはなします。
おとうさんは、せかい1かっこよくないおとうさんです。
おとうさんは、1日2回は、おならを「ブー」と、ならします。
おとうさんは、おかあさんのことがすきなのに、すきっていいません。
なのでおかあさんは、おとうさんのきもちがわかりません。
おとうさんは、わたしたちがねてるあいだにおかあさんに、「かすみ〜」といっています。
おもしろいです。
おとうさんは、あたまのまんなかがはげています。
おとうさんは、ごろうがいると「ごろごろごっこ」をしてあそんでくれます。
おとうさんがわるさをすると、うちのかぞくはすごくおこります。
おとうさんは、わたしたちがたべてるものをよこどりをします。
わたしは、おとうさんのことがすきでもきらいでもありません。
ごろうは、小さいときに、おとうさんのことを「ブー」といっていました。
わたしは、小さいときに、「さる」といいました。
おにいちゃんの小さいときは、「バイキンマン」と、いっていました。
ついでに、テレビの感想文も書いてもらった。
テレビで見たことを書きます。
テレビで赤ちゃんがうまれるところを見ました。
わたしはおもいました。
赤ちゃんをうんでいる人もがんばっていました。
赤ちゃんもがんばっているとおもいました。
おいしゃんさんも、がんばっていました。
わたしもこうやってうまれてきたとおもいました。
本書は、二〇〇〇年五月十一日から二〇〇一年十二月二十日まで、朝日新聞・長野県版に「風のひと 土のひと」というタイトルで、週一回連載した記事を書籍化にあたって編集したものある。
版元から一言
念ずれば花開くこともある、のが出版という稼業の面白さ。不思議なことに朝日新聞の連載が始まってからずっと気になっていたが、本になるときは、きっと自分が手がけることになる筈だ、とも思っていた。色平さんは強烈にして確固たる理念を持っている人であり、それを実践している希有な医師でもある。その著者のもつ理念への共鳴とシンパシーが、今回の発刊に繋がったと信じている。同時に森貘郎氏の板画(ばんが)が、後押ししてくれてもいたことも事実である。こんな出会いができるのも、この稼業にたずさわっていればこそ。
関連リンク
版元による詳細ページ
色平哲郎のホームページ
森貘郎・著「板画絵本●一茶さん」
著者プロフィール
色平 哲郎(イロヒラ テツロウ)
長野県南佐久郡南相木(みなみあいき)村診療所長、内科医、NPO「佐久地域国際連帯市民の会(アイザック)」事務局長。1960年神奈川県横浜市生まれ、42歳。東京大学中退後、世界を放浪し、医師を目指し京都大学医学部へ入学。90年同大学卒業後長野県厚生連佐久総合病院、京都大学付属病院などを経て長野県南佐久郡南牧(みなみまき)村野辺山へき地診療所長。98年より南相木村の初代診療所長となる。外国人HIV感染者・発症者への「医職住」の生活支援、帰国支援を行うNPO「アイザック」の事務局長としても活動を続ける。こうした活動により95年、タイ政府より表彰を受ける。
現在、長野県東南部、人口1300人の南相木村で家族5人で暮らしている。色平哲郎のホームページはhttp://home.catv.ne.jp/hh/yoshio-i/Iro/01IroCover.htm
森 貘郎(モリ バクロウ)
板画家・杏の里板画館主宰・日本板画院同人。1942年、長野県更埴市生まれ。棟方志功の「板画思想」に共鳴し、自らも板画(ばんが)と呼び、制作を行う。郷土の民話やわらべ歌、また小林一茶や山頭火の俳句を主題にするなど、詩情豊かな作品を発表。古い民家を保存再生した「杏の里板画館」設立や文化財保存運動に取り組むなど、地域に根ざした独自の創作活動を続けている。1980年より毎年「一茶暦」を制作。個展多数。主な著書に、板画絵本『一茶さん』(信濃町一茶記念館編、オフィスエム)、『森貘郎板画集』(郷土出版社)、『はなとり地蔵』(板遊舎)、『雪五尺』(共著・信濃毎日新聞社)などがある。
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