小西増太郎・トルストイ・野﨑武吉郎−交情の軌跡
太田 健一
発行:吉備人出版
この版元の本一覧
四六判 263ページ 上製
定価:2,000円+税 総額を計算する
ISBN978-4-86069-162-2 C0021
在庫あり
奥付の初版発行年月:2007年04月
書店発売日:2007年04月27日
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紹介

明治期に塩田王・野崎家の秘書を務めた小西増太郎は、神学をロシアで学び、トルストイと交流して作品の翻訳も手がけた。彼の生涯を、「野崎家文書」に基づいてたどる評伝。小西、野崎、トルストイとその子孫をめぐり、明治・大正・昭和にわたる親交の様子を新たな事実を明らかにしながら解明する。

目次

発刊にあたって  財団法人竜王会館理事長 野﨑泰彦

プロローグ
Ⅰ 出生地の岡山
 謎の出生地/父亀三郎の死去/増太郎の小学校教育/小西家の水車稼業

Ⅱ 味野の野﨑邸へ
  野﨑家への奉職/野﨑武吉郎の公職と増太郎の動静/騒動の体験

Ⅲ 布教と領洗
  ハリストス正教の布教/小西増太郎の入信/児島教会の設立/連島教会の設立/岡山教会の設立/妹尾教会の設立/四教会懇親会の活動/柳井原教会の設立/加須山・木見・玉島村の動向

Ⅳ ニコライ堂での修業
   野﨑家を辞職/ニコライ神学校での修業

Ⅴ ロシア留学
   日本の出立/キエフ府での修学/学業資金の送金問題

Ⅵ トルストイとの交流
  モスクワ大学入学/グロート教授に師事/トルストイとの会見/老子道徳経の共訳作業/トルストイのコムプロマイズ論/心理学会での講演と出版

Ⅶ 帰国後の活動
  ニコライ堂神学校教授就任/翻訳と啓蒙活動/一冊の聖書/陸軍参謀本部へ勤務/参謀本部を解雇

Ⅷ 再び味野へ—野﨑家へ再奉職
  味野にて休養/野﨑家総務部長となる/台湾調査の実施/野﨑台湾塩行支配人となる/『露西亜』の発行/奨学金貸与の審査/余/児島商船学校の設立/最後の御奉公

Ⅸ 再びロシアへ——トルストイと再会
  ロシアへの旅立ち/モスクワ別邸で旧交を温む/ヤスナヤ・パリヤーナで再会/葬儀へ参列/葬儀後の足取り

Ⅹ 大正期の動静——教育界・実業界での活躍
  京都で教鞭をとる/松昌洋行へ転職/日露貿易の推進/ロシア革命に直面/革命直後のロシア国情/シベリア出兵の状況/北辰会へ勤務/
関東大震災に遭遇/北辰会の解散/革命後のモスクワ訪問

Ⅺ 昭和期の動向
  久原房之助に随行/著述・翻訳に専念/トルストイ三女の亡命/小西増太郎の死

エピローグ

前書きなど

 ● プロローグ
 ロシアの文豪トルストイが愛した青年が、この世に二人存在した。その一人はフランス人ロマン・ロランである。
 ロマン・ロランは『ジャン・クリストフ』『魅せられた魂』などを著わし、高邁な人道主義者として国際平和運動を進めたことで広く知られている。一八六六年生まれのロランは、一八八七年未だ無名の青年だった頃、人生と芸術に悩んだ末、トルストイに手紙を書き送った。これに対するトルストイの手紙は、日本語訳に直すと約九、八〇〇字に及び、これを契機に、ロランはトルストイを人生最大の師と仰ぎ続けた。そして、その恩義にむくいるために一九二八年、六二歳をむかえた時に『トルストイの生涯』を刊行した(ロマン・ロラン著、蛯原徳夫訳『トルストイの生涯』岩波文庫)。
 トルストイが愛した他の一人は、日本人小西増太郎である。
 小西は一八九二年(明治二十五)十一月から翌年三月にかけて、ロシアのトルストイの許で中国の老子を共訳した。この作業を通じて、トルストイの偉大さを認識した小西は、トルストイとの出逢いと精神の交流をまとめ、一九三六年(昭和十一年)七五歳をむかえた時に『トルストイを語る』(岩波書店)として公刊した。
 そして、小西は終生、トルストイから贈られた一冊の聖書を大事にして、日々熟読した。
 小西は一八六一年生まれであるので、ロランより五歳年上である。国籍の異なる二人の青年はトルストイによって愛され、また二人はトルストイを敬愛したのである。
 しかし、奇妙なことに、二人が著作したトルストイに関する自伝の中には、それぞれの名前は登場しない。特に、ロランは著作の中で「トルストイに対するアジアの応答」と題する一節を設け、孔子と老子にふれ、京都の近くにできた「トルストイアンの小さな集団」という表現で、西田天香の一燈園を紹介し、その他横井時雄・田村寛定・加藤直士らとおぼしき人物を登場させ、最後に、トルストイの最も愛した日本人として掲げる人物は、徳富健次郎(蘆花)となっている。
 ロランだけでなく、恐らく多くの日本人も、トルストイに愛された最初の日本人は誰かと聞けば蘆花と答えるであろう。しかし、徳富蘆花やその兄蘇峰に、ロシアにおけるトルストイの存在を知らしめたのは小西の業績であった。
 明治二十六年(一八九三)十月ロシアから帰国してから、明治三十年(一八九七)三月の陸軍参謀本部に勤務する迄の、三年五か月間に亘る彼の活動は目ざましいものがあった。それは、トルストイの紹介は勿論であるが、それにとどまることなく、当時の欧米一辺倒の風潮の中で、ロシア・東欧型ともいうべき日本近代化の路線を提示したことにあった。徳富蘇峰はまさにそこに注目し、小西に紹介状を書かせてトルストイを訪問したのであった。
 以上の経緯をみる時、少なくとも蘆花よりは小西をより評価すべきであろうというのが、筆者の持論である。本書を上梓した理由もそこにある。
 しかし、あらためてトルストイ研究の歴史を回顧する時、小西増太郎を正当に評価しえなかった要因も存在する。その第一は、小西の正業にある。ハリストスの信仰、トルストイへの愛は一貫していたものの、信仰(宗教界)で生きるべきか、実業で生きるべきか、将又、純粋に文学で生きるべきか教育界で生きるべきか、終始ゆれ動いた波瀾の一生であった。このために、非常に評価が定まりにくい状況が生まれてきているのである。
 そして、その第二の要因は彼の生涯を知るにたる史料上の制約にあった。
 小西増太郎の足跡を知る史料としては、彼のトルストイとの交渉経過を語った自叙伝『トルストイを語る』(昭和十一年十月刊、岩波書店)がある。しかし、この回顧録には、柳富子氏から小西自身のロシアからの帰国年月日を含め、幾つもの疑義が提出されている(柳富子「明治期のトルストイ受容(下)『文学』四七巻一〇号、一九七九年)。このため、小西の履歴を確認するためには、杉井六郎氏が公表された二大学所属の小西の履歴書類を使用することが有効となる(杉井六郎『明治期キリスト教の研究』昭和五十九年六月十五日刊、同朋舎出版)。
 小西は明治末年から大正三年にかけて、居住地を京都市内に移し、京都大学及び同志社大学に講師として勤務している。その際、大学当局に提出された履歴書が有効な史料となる。京都大学所蔵「旧高等官講師履歴書自大正二年八月至大正七年五月綴」(以下、京大履歴書と称す)、同志社社史史料編集所所蔵「小西増太郎履歴」(以下、同志社履歴書と称す)の二史料は、杉井六郎氏の指摘によると、いずれも自筆履歴ではなく、事務官もしくは事務所の手によって浄書されたものである。とはいえ、やはり大正三年に至る迄の小西の履歴を知るためには欠かせない史料といえる。
 次に、第三の史料としては、小西の葬儀に際し(紫苑会堂における告別式)朗読された「小西増太郎略歴」(以下「略歴」と呼称)がある。これは小西の足跡を比較的綿密に辿っており、特に子女の様子などが判明して貴重ではあるが、小西の渡露を明治十九年(十八年に訂正)、ロシアからの帰朝を明治二十八年(二十六年に修正)にしている点など幾つかの疑義がのこる史料である。
 本稿では、以上指摘した三様の史料に加え、野﨑家文書(財団法人竜王会館所蔵)をあらたに利用する。野﨑家は当主武吉郎が終生に亘って小西増太郎を庇護し支援した。したがって、日記その他の文書に彼の動静が記録され、また小西よりの時折の来信が襲蔵されている。これらを利用し、小西の足跡を正確に把握すると共に、小西とトルストイとの交情、小西と野﨑武吉郎との親交の様子を実証的に解明したいと思う。

版元から一言

「野﨑家文書」から、トルストイと交流した小西増太郎の足跡をたどり、新たな史実を明らかにする!

著者プロフィール

太田 健一(おおた けんいち)

・1936年岡山県に生まれる
・山陽学園大学特任教授
・財団法人竜王会館理事
・著書
 『日本地主制成立過程の研究』(福武書店)
 『備前児島野(共著、(財)竜王会館、のち山陽新聞社)
 『岡山県の百年』(共著、山川出版社)
 『次田大三郎日記』(共編著、山陽新聞社)
 『山田方谷のメッセージ』(吉備人出版)

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