発行:七つ森書館
この版元の本一覧
A5判 352ページ 並製
定価:2,400円+税 総額を計算する
ISBN978-4-8228-0629-3(4-8228-0629-4) C0036
在庫あり
奥付の初版発行年月:2006年10月
書店発売日:2006年10月25日
※版元より営業日2~5日でお届けします
※お支払いは郵便振替(到着後後払い)・クレジットカード(VISA/Master)がご利用になれます
他のオンライン書店で購入※リンク先の書店では、お取り扱いしていない場合があります。あらかじめご了承ください
アマゾン|boople.com|紀伊國屋BookWeb|ブックサービス|ビーケーワン|セブンアンドワイ|e-hon|楽天ブックス|文教堂Jbooks|ライブドアブックス|本やタウン|Yahoo!ブックス
紹介
日本の労働運動史上最長の32年間、12000日の闘争に勝利したドキュメント巨編です。組合員にかけられた解雇撤回闘争に端を発しますが、会社側の管理職、職場ロックアウト、上部組合からの統制処分……を乗り越えて、解雇撤回、職場復帰を勝ち取った完全勝利の記録です。
目次
はじめに
第1章 本山闘争前史(1945年〜71年3月)
戦後労働運動史に特筆すべき大争議
労働者たちは労働組合をつくり、闘いを開始した
労働運動の後退と本山製作所の65%の首切り
本山製作所の労働組合観
68春闘での19年ぶりのストライキ
「人間は昼働いて夜寝るものだ」
御用派の役員選挙への締め切り5分前の立候補
青年部が決起すると方針が決まる
資料 本山製作所構内図・本山製作所概要・全金本山支部の賃金闘争
第2章 本山闘争の幕開け(1971年3月〜8月)
青柳への解雇攻撃と「守る会」の闘い
転勤命令を拒否した青柳を懲戒解雇
「不当労働行為ではない」と言う執行部と対決
200名が「守る会」に加入届
御用派打ち破り組合役員選挙に勝利
「過激派」宣伝を打ち破った
組合の中に足を踏ん張った「守る会」運動
青年婦人部の活動をやったことが信頼された
青柳さん1人の問題ではない
70年安保闘争の過程で
第3章 組合分裂攻撃(1971年8月〜72年5月)
職制・係長75名で従業員組合をでっち上げ
ストライキで年末一時金を第二組合より高い妥結
執行部が機能しない中で青年部が職場の軸に
分裂攻撃をはね返す職場闘争
切り崩し攻撃との攻防戦
72春闘での出入荷阻止闘争
ストライキを打って職場が「解放区」になった
第4章 暴力ガードマン導入(1972年5月〜12月)
暴力ガードマンとの血みどろの攻防戦
突如として得体の知れない者が工場に
会社の構内は一切組合活動禁止に
手作りの防具を着けて門前に
警備業法施行で暴力ガードマンが社員に
社会党県議団が重傷を負う
既得権奪還闘争、第二組合との論争に勝ち抜く学習
第5章 ロックアウト!(1972年12月〜73年7月)
突然200人の組合員をロックアウト!
門前闘争が団結をつくり資本との力関係を変えた
物資販売の全国オルグと自己申告制
宮城地労委の職権斡旋を拒否──自立した支援組織と団結へ
ロックアウト当日
細川鉄工、光文社闘争に学び就労要求の門前闘争
自己申告制
写真集を持って全国オルグ
新巻鮭の販売から物資販売を始める
東京地評─総評動員の現地闘争
第6章 「別棟就労」攻撃(1973年7月〜77年1月)
「別棟就労」攻撃、争議収拾を迫る全金宮城地本との攻防
本山秀夫の登場と「ロックアウト解除」
別棟とは強制収容所
組合つぶしとしての別棟就労
別棟就労拒否、原職就労要求へ
仙台地裁仮処分の敗訴
「自分は労働者の魂を裏切らない」──別棟論争と佐藤満男組合員の抗議自殺
「闘いはじり貧」が別棟就労方針の根拠
地労委では勝利命令
第7章 統制処分に抗して(1977年1月〜80年2月)
全金宮城地本の争議収拾がむきだしに
青柳充の除名処分! 地裁は「解雇は正当」の反動判決
2名の解雇撤回を和解の第1項目に
横沢偽証問題をねじまげての「除名処分」
8・1団交員襲撃事件
総評全金中央は中労委白紙委任を求める
中央本部の「お墨付き」のない物販の全国オルグ
八重樫友美を委員長代行に決定。上級機関は36名に権利停止処分
「利敵行為」「組織破壊」に除名処分
統制処分と労働戦線統一
第8章 新組合を結成(1980年2月〜94年8月)
「道なき道を切り拓き」──新組合を結成
全金全国大会で壇上から除名処分を弾劾
全金本山労働組合の結成
渋谷派の金銭和解・解散
社会保険の「道なき道を切り拓き」──新組合を結成
全金全国大会で壇上から除名処分を弾劾
全金本山労働組合の結成
渋谷派の金銭和解・解散
社会保険の資格剥奪による「ボディー・ブロー」
バブル崩壊による経営危機と工場移転
「別棟でも就労する」と意思表明
ユーザー闘争、銀行闘争の広範な展開
希望退職募集と宮崎社長の失脚、千葉社長体制へ
第9章 原則貫き勝利への攻勢(1994年8月〜2005年1月)
「私たちは職場に入ります」
工場移転直前の3億円金銭解決を拒否
あくまで就労を求め、長谷委員長体制へ
ユーザー闘争、銀行闘争が会社への打撃に
高裁での和解交渉で2名の解雇撤回、全員の就労をかちとる
日本の労働者階級には、本山闘争を勝利させた力がある
刑事弾圧をはね返して/地域共闘や全国共闘の取り組み
最終章 新たな闘いへ!(2005年1月〜)
全金本山労組の決意と実践
最高裁判決をくつがえして解雇撤回をかちとる
希望者全員の職場復帰/現場闘争、実力闘争
「1人の首切りも許さない」という労働組合の団結
われわれが戻って職場が活性化した
「全金さんが入って良かった」と言われる職場にしたい
運動はまず少数が切りひらいていく
「職場に砦を!地域に共闘を!」のスローガンを今こそ
組織の拡大が職場に戻ったわれわれの最大の課題
闘うための大同団結を求めて
本山闘争とは何だったのか
平沢栄一/下田平裕身/高橋治/仙台「本山闘争を支援する会」座談会/大和田幸治/鈴木宏一・松澤陽明/東京支援者座談会/中野洋
資料
和解調書/佐藤満男君追悼集会呼びかけ文/全金本山労働組合結成趣意書/本山闘争支援決議を上げた団体一覧/物資販売取組労組一覧/訴訟一覧/本山闘争年表
あとがき
前書きなど
はじめに 全金本山労働組合執行委員長 長谷武志
05年3月16日、仙台市から25キロ北部にある大おお衡ひら村の本山製作所本社工場門前に「解雇もロックアウトも撤回された。32年ぶりに職場に戻ります」と書かれた横断幕を持った組合員と支援労働者・学生100人が勢揃いしました。組合員17名は、就労を選択しなかった組合員及び支援の仲間の祝福と激励の拍手を背に工場の門をくぐり、職場復帰を果たしました。同じ頃、東京支店・小野分会長の就労問題も解決しました。
本山闘争は、「組合がつぶれるか、会社がつぶれるかまでやる、自由社会を守る正義の闘い」などと豪語した本山一族の「新工場移転・首切り合理化・組合つぶし」との闘いです。この攻撃に抗して労組員や支援の労働者は、延べ1500人にのぼる重軽傷者、140人もの不当逮捕・刑事弾圧をうけながら闘いました。、動員された警察官・機動隊の数は数十万、結集した労働者・学生・市民の数も数十万に及びました。
争議当初、総評主催の全国集会には2500人もの労働者が北仙台本社工場を包囲し、市川誠議長が工場門前に立ちました。御用第二組合もまた、「極左暴力集団と対決する民主的労働運動の北の砦」と称して同盟・天池会長も呼んで全金同盟の拠点と位置づけたのはじめにです。まさに、総資本対総労働の闘い、総評対同盟の対決とも言える全国争議拠点として注目され、資本・権力の攻撃もエスカレートしていきました。こうした闘いの局面を、ルポライターの鎌田慧さんは84年発行の『ドキュメント労働者!』で、
「ごく普通の労働者たちが、ごく初歩的な組合運動の原則を、クソ真面目に実行しているうちに、資本の攻撃の全てと警察権力の介入を引き出し、今それと互角に渡り合いながら、今日の労働運動の中で最も突出した闘いのひとつを担って登場した」「労働者たちは、この闘いの中で、様々の試練に遭遇しながら、自然に自己を階級的に鍛え、資本そのものと国家をも見据える視点を確立しつつある。この暴力攻勢に対して闘い抜き、勝ち抜いたなら、日本の労働運動はひとつの貴重な勝利の教訓を持つことになる」と指摘されました。
資本権力の弾圧に加えて、70年代後半に急速に進められた「民間先行の労戦統一」という労働戦線の右翼再編の流れが襲いました。次第に右旋回を強める全国金属労組による、全金同盟との分裂競合組合に対する「争議収拾策動」は、本山闘争にも現れました。
これに対して「一人の首切りも許さない」原則のもとに団結して、中労委和解をめぐる組合内方針論争をめげずに貫徹しました。そのうえで、門前・銀行・ユーザー闘争などの現場闘争は持続的に展開しました。また、全国の心ある労働組合・労働者にねばり強く支援を訴え、独自の広範な支援陣形をつくり上げて統制処分・組織問題を乗り越えてきました。
私たちが職場を追い出されてから32年間肌身で感じてきた会社側の姿勢は「会社にたてつく労働者は職場には絶対入れない、新工場には一人として入れない」ということだったのだろうと言えます。会社側の攻撃は本文でも詳細に書かれているようにエスカレートしていきますが、私たちからすれば負けているという気はしませんでした。私たちの反撃で会社側の目論見をはね返したからこそ会社側は攻撃をエスカレートせざるを得なかったのです。
一番勝利を実感したことは、そうした会社側の「徹底排除」の攻撃を打ち破って「団結」を新工場・職場内に登場させたことです。
05年3月16日は、青柳さんが解雇されてから実に12410日目の朝でした。誰もが夢に見た、みんなが求め続けてきた場面でした。そして、日本の労働運動がかかげてきた「一人の首切りも許さない」スローガンが、現実の場面となって実現した朝でした。
34年間の闘いを通じて……、闘いはいつも少数から始まること。職場闘争・反合理化闘争で攻撃の本質をつかんでビラで暴露したこと。職場闘争・門前闘争を通して自己を変革したこと。職場闘争・門前闘争の団結の中に勝利の展望をみたこと。闘いの実践・実力闘争と自己申告制・生活の共有化が団結の基礎となったこと。統制処分で排除されながらも仲間を信じて一人ひとりが必死に闘い、あきらめなかったこと。先達の闘い、全国の闘いに学び連帯・共闘したこと。等々、さまざまな教訓・貴重な経験が組合員の体に刻みこまれ、脳裏に焼き付けられて今日を迎えています。
職場復帰してから34年ぶりの取り組みとなった06年春闘渦中の6月15日、ロックアウト以来34年ぶりで会社構内に「全金本山」の組合旗が翻りました。このときほど、組合旗の持つ重みを感じたことはありませんでした。組合旗が「赤い」ことの意味もあらためて噛みしめる瞬間でもありました。そして、何よりも「勝利」をあらためて実感する瞬間でした。
職場復帰して1年余り、仕事にもすっかり慣れ、戦力として当てにされる(?)ところまで来ました。05年9月から開始した2週間に1回の朝ビラも、組合員が職場の入り口に陣取り配布し、200人のうち9割方の管理職も含む従業員が受け取り、評判も上々です。仕事に、組合活動に、地域の活動に対して元気に取り組んでおります。
この勝利は、当該組合員の「一人の首切りも許さない」原則を団結の核心にすえて、体を張った現場闘争の実践に裏打ちされた信頼を基礎に闘い抜いてかちとりました。さらにまた、34年間のさまざまな闘争局面において、その団結と闘いを支えた現地闘争、裁判闘争、国会闘争、銀行・ユーザー闘争、家族会支援、物資販売・カンパ活動、署名活動、交流会、街頭宣伝その他さまざまな形で参加した、すべての仲間の力でかちとった勝利です。まさに、原則を守り、体を張った闘い、仲間を信じてねばり強いオルグで作り上げた広範な支援陣形の勝利です。
行動をともにし、お酒を飲み交わし、語り合った各地の仲間の顔を思い出しながら、闘争勝利の喜びを噛みしめています。あらためて全国の支援者の皆さんに長期にわたるご支援に対する御礼と、本報告集と記録映画(DVD)の発行のために尽力していただいた皆さんに感謝を申し上げます。
バブル崩壊以後の金融・経済・財政危機のもとで政府自民党は、郵政民営化をはじめとする規制緩和と民営化、労働法制改悪、社会保障・医療などの切り捨てなどを強行しています。小泉政権のもとで労働者を襲う生活破壊はますます進み、「先進国」の中ではアメリカに次いで第2位の高い貧困率となるほど労働者の貧困層が激増し、貧富の格差が拡大していることが明らかとなっています。その一方で、憲法改悪(新憲法制定)・教育基本法改悪、共謀罪制定などの動き、戦後の反戦・平和を柱としてきた政治体制の根幹を揺るがす攻撃との闘いが求められています。まさに、戦争と改憲、民営化と労働組合つぶしの攻撃に対して連合内外から反撃の闘いを巻き起こさなければならないときに来ています。
全金本山に掛けられてきた攻撃が、国鉄『分割・民営化』と同じ攻撃が、今すべての労働者に掛けられています。06年8月、自民党の中川政調会長は「新政権の最大の抵抗勢力は官公労だ」と言っています。今こそ、労働戦線のあちらこちらから闘いの炎を巻き起こすことが求められています。全国の労働組合の団結した力が今ほど求められているときはありません。大きな抵抗勢力となって横につながろうではありませんか。
本山闘争の34年にわたる闘いに寄せられた支援を『運動で返す』決意で、「職場に砦とりでを、地域に共闘を」「全(金属)労働戦線に行動(闘い)の統一を」というかつての全国金属労組がかかげていたスローガンにさらに磨きをかけ、労働者の団結・連帯・共闘の輪をつくり上げるために私たちも奮闘していきます。この報告集と記録映画を多くの職場や労働組合で活用していただき組織強化・拡大、運動の前進のために役立つことができれば幸いです。
2006年10月
著者プロフィール
全金本山労働組合「本山闘争の記録刊行委員会」(ゼンキンモトヤマロウドウクミアイモトヤマトウソウノキロクカンコウイインカイ)
全金本山労働組合
1980年2月10日結成(執行委員長・八重樫友美。組合員数35名)。前身は全国金属労働組合宮城地方本部本山製作所支部。71年3月、青柳組合員への解雇攻撃に端を発し、34年間の不屈の闘いに入る。その過程で上級機関の争議和解収拾の動きに反対し、全国金属から除名処分。これに抗して当組合を結成。原則を貫き、2005年3月、ついに解雇とロックアウトの撤回、大衡村本社工場への職場復帰をかちとる。現在組合員数32名。執行委員長・長谷武志。
仙台事務所
〒981-0912 宮城県仙台市青葉区堤通1丁目19-21
第13 ジュリアン1B
TEL/FAX 022-274-0843
Eメール zenkinmotoyama@ybb.ne.jp
大衡工場内事務所
〒981-3697 宮城県黒川郡大衡村字亀岡5-2 本山製作所内
TEL/FAX 022-344-3448(12:10〜12:40在室)
※版元より営業日2~5日でお届けします
※お支払いは郵便振替(到着後後払い)・クレジットカード(VISA/Master)がご利用になれます
コメントとトラックバック »
まだコメントとトラックバックはありません
TrackBack URI : http://www.hanmoto.com/bd/isbn978-4-8228-0629-3.html/trackback/

