発行:第三書館
この版元の本一覧
四六判 220ページ 並製
定価:950円+税 総額を計算する
ISBN978-4-8074-0708-8 C0031
在庫あり
奥付の初版発行年月:2007年09月
書店発売日:2007年08月23日
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紹介
2007年2月、刊行中止となった「幻の日本語版」には、全体の約六分の一、百数十カ所の削除があった。
「皇太子との結婚を渋る彼女に天皇と美智子皇后が働きかけた」「皇太子が真に彼女を愛するなら、皇室離脱も合法の選択肢」等々、およそ出版社が自社判断で勝手に削除するとは考えられない箇所ばかり数十ページ。読者の関心事をことさら隠すかにも見える。
「雅子妃情報」は誰によって何故『検閲』されたのか。なぜ、これほどの「不完全版」が刊行されかけて、中止に至ったのか。
気鋭のジャーナリストが、その謎を追う。
目次
目次
まえがき 3
1 黒づくめの男たち 15
2 父に手を引かれて 39
3 母に抱かれて 55
ザ・ラストエンペラーのラストシーン 69
4 学業優秀なMASAKO 73
5 夢みる尖塔のある街で 81
宮内庁御用達に用なし 95
6 繰り返し固く誓ったけれど 99
7 揺れる皇位、苦悩する皇室 123
8 〝神の手〟がつくった赤ちゃん 145
9 つきまとう〝黒い犬〟のかげ 165
10 ふたりの幸せはどこに 189
あとがき 201
巻末資料
『プリンセス・マサコ』(ベン・ヒルズ著)に関する宮内庁書簡 204
『プリンセス・マサコ』についての外務省報道官記者会見記録 208
ベン・ヒルズ氏あて ランダム・ハウス・オーストラリア社あて
(在オーストラリア日本大使書簡) 211
皇室典範 214
前書きなど
まえがき
十二単の奥の「心」の衝撃
プリンセス雅子さまの幸せとは何か。無情の菊の群れにさえぎられて彼女の姿はあまりにも淡くぼんやりとしている。とくに緑がかった青や薄紅といった古代色の十二単に包まれた「心」のほうは、その揺れ動くさまは、とてもうかがい知ることができない。
しかし2006年11月、オーストラリアを代表するジャーナリストのひとりで、かつて東京特派員も経験したベン・ヒルズ氏が英語版『プリンセス・マサコ 菊の玉座の囚われびと—日本の皇太子妃の悲しき真相(True Story)—』を出版した。
同書は通常の単行本よりひとまわり大きくてハードカバー。冒頭のまえがきから末尾の注釈まで全336ページだからかなり分厚い。
表紙には、赤色を背に十二単姿の雅子さまがほんの少し微笑みを浮かべてたたずむ。賢そうな印象を与える目が、でも、少し憂いを帯びているようにみえなくもない。
その内容はどうなのか。衝撃的だ。
ジャーナリストのクールな目とあたたかいまなざし
同書は、皇室にべったりとくっつく、もしくは逆に皇室批判へ傾斜していく、そのようなたぐいのものではない。また、いたずらに皇室との距離の近さをかかげて誇ったり、ましてや奇をてらったものでもない。
とはいえ、もしかしたら皇室に関心のあるかたがたにはけっこうなじみのエピソードが多いかもしれない。
だが、これらのとりあげ方にうわついた感じはない。著者のヒルズ氏は、たとえば日本のメディアが目をつむってしまったけれど外国のメディアが報道してきた、浩宮(皇太子徳仁親王)や雅子妃にまつわるいろんな出来事などをきわめて丁寧に拾い、それらを、取材を通じて検証し、広げ、かつ深め、つまり虚構から事実を選りわけて〝本当の物語〟を紡ごうとしている。
彼は『プリンセス・マサコ』の取材と執筆に15ヵ月間をかけ、この旅程は日本のみならずオーストラリアやイギリス、アメリカなど5万キロメートルにおよんだという。
インタビュー相手は多彩である。皇室および宮内庁の関係者をはじめ、雅子妃の生育過程などでかかわりのあった教育者・友人・知人、皇室関係の評論家、ジャーナリスト(記者)、医学分野の権威ある専門家たち、さらに熱狂的な雅子さまファンまで60人以上になる。
むろん関連文献類も片っぱしから繰った。とにかく冷静なジャーナリストの目でプリンセスの華麗な軌跡と、彼女がはからずも遭遇した、とてつもない陥穽をみつめようと努力している、まさに力作なのだ。
とともに、けっして見落とすことができないのは『プリンセス・マサコ』の全体に漂っている微妙な空気である。
悲哀のきざしと芽ばえと膨張を押しのけるようにして表される皇太子夫妻に対するさりげない愛情のようなものが、雅子妃に対するまなざしのあたたかさが強く印象に残る。
「講談社版」の唐突な出版中止と、その「理由」
さて、この英語版の06年11月出版からほどなく講談社から日本語翻訳版が出ることになった。同社は翌07年の3月12日の発刊を予定。翻訳をベテラン翻訳家の藤田真利子氏に依頼し、同時にヒルズ記述における事実誤認などを徹底的に洗って原稿校正を何度も重ね、とにかく慎重を期して印刷・製本の直前にまで進んできた。
その労力の投入ぶりはすさまじい。
で、07年2月上旬に編集作業のほぼすべてを終えたという。しかし事態は暗転する。
なんとも奇妙なことが発生した。2月16日、講談社が出版中止の決定を発表し、せっかく息せききるようにしてつくりあげた自身の日本語版をあっさりと暗闇に投げ込んでしまったのだ。
言うまでもなく出版社にとって〝刊行直前の中止〟は尋常なことではない。いったい何が起こったのか。同社は中止理由についてこんなふうに説明した。
「弊社は日本語版の作成作業の過程で原書の事実誤認などについて修正してきました。外務省および宮内庁が原書について著者(ベン・ヒルズ氏)と原書出版社(ランダム・ハウス・オーストラリア)に対し事実誤認だと指摘した部分も修正しました。しかし、(外務省と宮内庁の指摘のあとに)著者はマスコミ取材を受けて『(外務省と宮内庁に)謝罪する必要はない』と答えました。
……そのような事実誤認に関する著者の姿勢を、弊社としては容認できるものではなく、(もはや)著者との信頼関係を保つことができないと判断し、出版中止のやむなきにいたりました」(各種報道文の要旨、注は野田)
さらに、講談社の翻訳出版部門関係者はしきりにこう強調しているといわれる。
「宮内庁などからの圧力はありませんでした」
宮内庁もまた「圧力」を否定する。
国をあげて外務省が抗議した「問題」とは
それにしても、講談社はなぜ「事実誤認などの修正」と「出版中止」を短絡させたのか。事実誤認については、つまり問題箇所を修正すればすむ話。たったそれだけのことだ。
実際、ヒルズ氏はすでに「修正」を受け入れていたのだった。しかし同社は発刊直前中止という出版社にとっての最悪事態に転げ込んだ。
「修正」と「中止」の間に何があったのか。
講談社が出版中止を発表する4日前(2月12日)。オーストラリアに駐在している上田秀明大使が著者ヒルズ氏と同出版社ランダム・ハウス・オーストラリアに対して抗議を行い、謝罪をしてすみやかに適切な措置をとるよう強く求めた。
外務省はその抗議と謝罪要求などについて、英語版『プリンセス・マサコ』で「天皇皇后両陛下始め皇室の方々のお姿や言動について、事実無根の極めて侮蔑的な記述がなされていたり、愛子内親王殿下の御誕生や皇太子妃殿下の御体調に関しても非礼な内容が記載されているとともに、事実を歪曲し、牽強付会的な憶測や粗雑な推論を加えた一方的な断定が行われている」(上田書簡)からだと説明する(巻末添付資料を参照)。
では、具体的にどこが侮蔑的で事実歪曲なのか。
「極めて問題の多い書籍」(外務省報道官の補足説明)の「問題」とは何をさすのか。
上田書簡のあげている具体的な事例は次の2点だ。日本の着物を「女性の従属の象徴」と紹介したこと、日本の政治制度は「欧米スタイルのいじけた猿真似」と記述したことである。
しかし、「着物」や「政治制度」云々は著者の取材にもとづく理解と見方であり、この当否は読者の判断にまかせるべきなのだ。ようするに日本政府が身を乗り出すようなことではいっさいない。
だが、外務省はひたすら力むのである。
「天皇陛下を始めとする皇室の方々さらには日本国民を侮蔑するとともに、実態と乖離した皇室像を描いていることについて、我が国政府としては、これを断じて看過することはできない。……謝罪を要求するとともに、速やかに適切な措置を執るよう要求する」(上田書簡)
などと言いつのる。なぜ彼らは「日本国民」まで登場させるのか。同書は「日本国民」にほとんど触れていない。もし本当に「実態と乖離している」なら、記述とは無関係の「日本国民」を巻き添えにするような手管を使わないで、実態乖離の事例の〝すべて〟を網羅し、責任を持って明確に反論すればいいのである。
しかし、外務省はこの当然の作業をとても嫌がっているようなのだ。あまつさえ上田大使は著者と出版社に、外務省(上田大使)の抗議書簡とともに渡辺允・宮内庁侍従長の抗議書簡(巻末資料を参照)を手渡したというが、外務省のみならず宮内庁もまた何を考えているのかさっぱり分からない。やはり同書が由々しきしろものだと強く認識するなら、他省に頼らず、自身が直接オーストラリアへ出向いてはっきりと抗議すべきではないか。
さらに宮内庁は変な動きをしている。抗議書簡の発信者は「侍従長」だった。なぜ侍従長なのか。侍従長は、天皇と皇后の身辺事を担当する宮内庁内部部局のひとつである侍従職の長だ。皇太子と同妃の身辺事を担当する部局は侍従職と同列の東宮職で、この長は東宮大夫と言う。
したがって、『プリンセス・マサコ』は皇太子妃の物語だから、著者と出版社に抗議をするなら、その発信当事者は野村一成東宮大夫、もしくは宮内庁の全組織を統括する羽毛田信吾長官であってしかるべきだった。
とどのつまり渡辺侍従長書簡は、いかに天皇が公務に専念しているかを強調するだけで、空振りめいたものにならざるをえなかった。
ところで、上田大使の言動は奇っ怪な様相さえ帯びてくる。彼は著者と出版社に抗議した2月12日、グレイ豪州外務貿易省副次官に対しても「我が方(日本政府)の重大な懸念を伝達した」という。
同大使の背中を押したのはどんな風だったのか。
彼らは自由世界の一ジャーナリストの描いた『プリンセス・マサコ』を、しかしなんと国家間の要請事項にまで〝昇格〟させたわけだが、それは「あのジャーナリストを叩け」などとオーストラリア政府をそそのかそうとしたものだと受け取れなくもない。
この日本側の妙な要請はむろん一笑に付されたようではあるが。
日本最大のタブーをめぐる出版・表現の自由
話を元へ戻そう。その外務省と宮内庁の動きの〝わずか4日後〟、講談社は日本語翻訳版の出版中止を発表した。
が、講談社は「外部からの圧力はなかった」と断言し、たとえば宮内庁は講談社に対する「出版中止へ向けての圧力」を強く否定する。
しかし、はたしてそうか。
角度を変えて見ることにする。講談社が出版中止という最終判断を2007年の2月12日から2月16日の間に下したとしても、これは彼らにとって〝必ずしも唐突のことではなかった〟のではないか。それに先立つ06年の暮れころから07年2月の初めへかけての日々、講談社と宮内庁はなんらかのやりとりを交わしていなかったろうか。
もっとはっきり言うなら、講談社は翻訳原稿を折に触れて宮内庁に渡していなかったか。そうした疑問に講談社も宮内庁も、答えない、もしくは否定するのは明白と思われる。
としたら、ほかに真相を知る手立てがないだろうか。
講談社が出版中止による大損害を自ら好んで選択するとはまったく考えられない。修正に修正を重ねても出版にこぎつける。これが同社のみならず、出版社としての姿勢に違いないのだ。にもかかわらず……。
いまやこの出版中止騒動はけっして一出版社に発生したちょっと不幸な出来事ではなくなっている。国民にとってまさに重大な問題を孕む。
前述した外務省と宮内庁による、明らかに常軌を逸したとしか考えられない言動もさることながら、同騒動は出版・表現の自由、モノを言う権利や知る権利などの基本的な枠組みの損壊を強く示唆している。
それがほかならぬ日本最大のタブーを軸に展開されたのだった。
「幻の日本語版」抹殺の真実を検証する
『プリンセス・マサコ』の日本語翻訳版が出版中止になる過程の謎を解くことのできそうな、ひとつのヒントを拾った。
原著者のヒルズ氏が日本のメディア関係者に取材されたとき、「日本語への翻訳に際して150ヵ所ほど削らされた」(趣旨)とこぼしていた。
では、削除されたのはどんな部分なのか。何が書かれていたのか。それは講談社が自主的に行ったことか。あるいは、外部の指摘(圧力)によってなされたことか。
講談社による日本語翻訳版と英語版を徹底的に照合してみる。
すると講談社版は原文を、150ヵ所ではなく、じつに180ヵ所ほど削り取っていた。同削除抹殺関係ページ数は約155ページにのぼる。まえがきと本文が合計291ページだから、その53%にもにあたる。約180ヵ所のうちの2ヵ所では、これは短章と言うべき部分だが、6ページおよび4ページをゴソッと外してもいた。
ほかの大きな削除部分は10ヵ所近くで、そのなかには原書まるまる1ページに達しそうなものがいくつもある。こうした大・中・小の削除抹殺作業以外にも、原文の言葉づかいのソフト化などをかなり熱心に行っている。
部分によっては原文にまったくない言葉を付け加えて事実関係を歪曲してもいる。さらに、まだ結婚前でプリンセスになっていない若き小和田雅子さんを「雅子妃」と記述するなど(原文では必要なところ以外すべて敬称や役職名などをつけていない)、この神経の使いようは並大抵ではないのである。ひどく気を配り、必死に細工をほどこす。
削除された部分をあらためて読む。すると、それらのほとんどが事実誤認などとは無縁だ。また、ほとんどが〝講談社にとって配慮しなければならないような部分〟とはとうてい思えず、どうしてこんなことが問題になったのか、なぜ削除対象にしたのかとクビを傾げてしまうところがいっぱいあり、言い換えれば〝講談社とは別の誰か〟が削除を要請、もしくは指示していたとしか考えられない。
とすれば、モノを言う権利と自由を復権させ、確保し、日本最大のタブーを除去するためにはどうしたらいいのか。このとんでもない暗闇に光をあてるにはどうしたらいいのか。
答えは明快だ。講談社版が削除抹殺した部分を可能なかぎり蘇生させ、これらを率直に公開すること。削除抹殺された部分こそが事態の本質を、凄さを、ぶきみさを、異常を、はっきり語るに違いないのだ。それによって読者は自ずと、じつは誰が何をひどく恐れたのかを知る。
①本書では、英語版『プリンセス・マサコ』の記述の流れを、むろん原著者の報告する事実、指摘、リズムやニュアンス、言い回しなどを損なうことのないよう注意しつつ辿り、あらすじを《 》でくくって示す。とともに、問題の「削除抹殺された部分」を前後とともに引用して丁寧に翻訳・再生する。引用部分は丸ゴチック細字で示し、〔 〕でくくる。あらすじ以外は、可能なかぎり要約や意訳は行わない。テーマごとにケイでくくった。なお、本書で示したのは、削除された全箇所ではなく、これ以外にも多数ある。
②講談社版の削除抹殺部分は〝丸ゴチック太字〟で表記する。
③原書の明らかな間違い部分などには適宜カッコ注(普通の大きさ・細字)を入れ、よしんば原著者の認識や理解、知識、言い回しなどにやや疑問点があっても、さらに原著者の見解や批評・批判などについては言うにおよばず、もっともたいせつな〝読者の想像力と思考の発展〟および〝読者間の論争〟を喚起しうる素材と認識し、そのまま記述する。
④読者の理解を補助し、文章の流れをスムーズにするため適宜、( )や〝 〟のカッコを使用する。
⑤全体に原書からの引用は、「そこが問題部分(焦点)だ」と読者に、より明確に伝えるためどうしても長くならざるをえない。とくに削除抹殺の関係部分は、蘇生にこそ意味があるわけだから、簡略化するわけにはいかない。
⑥筆者自身の考え、見解、感想、批判、推測・推定、参考・注などの文節の頭には必ず、読者にそうだとはっきり分かるよう「★」を付し、同文節の前に1行ぶんの空白を置き、原書からの引用文や梗概部分との混同を避ける。なお本書は削除ページを中心にして記述している。原書の全体像を知るには『完訳プリンセス・マサコ』(第三書館)を見ていただきたい。
版元から一言
宮内庁の横ヤリ? それとも版元の“究極の配慮”?
「皇太子が彼女への愛を貫くなら、皇室離脱も合法の選択肢」の文言はなぜ削除されたのか?
「皇居内の天皇用射撃訓練場」は国民に知られたくない?
大幅百数十ヶ所削除版ですら「幻の日本語版」となるに至ったウラを探る。
著者プロフィール
野田 峯雄(のだ みねお)
1945年山梨県生まれ。同志社大学卒業。ジャーナリスト。日本および日本人の問題を直視する作業を続けている。
[著書]
『与直しの真実』(第三書館)
『疑惑の相続人田中真紀子 増補』(共著)(第三書館)
『わが池田大作バッシング』(第三書館)
『池田大作・金脈の研究 増補新版』(第三書館)
『周辺事態』(第三書館)
『破壊工作 大韓航空「爆破」事件の真相』(宝島社)
『北朝鮮に消えた 金賢姫と李恩恵の運命を追って』(宝島社)
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野田氏はジャーナリストの鑑です。やはり真実を伝えるのは大切なことと思います。
圧力に屈せず、がんばってほしいです。応援しています。
コメント by シモーヌ宮越 — 2008/3/13 木曜日 @ 7:40:16