安井 俊夫
発行:明石書店
この版元の本一覧
四六判 上製
定価:2,500円+税 総額を計算する
ISBN978-4-7503-2787-7 C0036
在庫あり
奥付の初版発行年月:2008年04月
書店発売日:2008年05月02日
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紹介

戦争の悲惨、残虐性が忘れ去られる一方で、対テロの名の下に新たな戦場が広がる現代。私たちは戦争という方法を捨てることができるのか。本書は、特攻隊、ヒロシマ・ナガサキ、対テロ戦争等を題材に、学生と戦争の現実に向き合い議論することで平和の主体形成を試みた記録である。

目次

 はじめに——「戦争と平和を学ぶ」とは
  「負けてよかった」
  ホロコーストの情景
  原爆投下は「ソ連への対抗」か
  「なぜ」と「どうすべきか」
  授業における議論とは
  授業における議論の方法

第1章 九・一一テロ後の世界を議論する——アフガン戦争・パレスチナ危機・イラク戦争
 第1節 九・一一テロ事件とアフガン戦争の議論——悲劇の連鎖拡大か
  なぜ平和的解決か
  九・一一テロ事件——授業の構想
  アフガン報復攻撃に賛成か
  戦争以外の方法とは
  戦争という方法の是非
  「無防備の平和主義」か
  戦争という方法と対抗するには
 第2節 パレスチナ危機の議論——「彼らの出来事」か「私たちの出来事」か
  九・一一テロ事件からパレスチナへ
  二時間の授業計画
  イスラエルの侵攻・占領は
  ユダヤ人迫害の経験は
  パレスチナの抵抗は
  イスラエルの軍事侵攻との対比
  「理解はできるが認められない」
  「暴力では絶対に解決されない」
  「私たちの出来事」・「彼らの出来事」
  「人々の心の中へ入っていく努力」
 第3節 イスラエル高校生の兵役拒否——この決断に共感できるか
  「テロリストの名に値する」
  軍務拒否と平和集会
  兵役拒否の高校生に共感できるか
  イスラエルの体験から見れば
  戦いは何を生み出したか
  「自分にはできない」
  「つらさ」への共感
  ニューヨーク・パレスチナ・ヒロシマ・ナガサキ
 第4節 内側から見る戦争・外側から見る戦争——イラク戦争の議論
  九・一一テロ事件後の世界で
  議論の対象——ブッシュ演説
  大量破壊兵器を除去?
  脅威はイラクか・アメリカか
  イラクにとって自由とは
  圧政に耐えるか・戦争で苦しむか
  「外側」から見る戦争・「内側」から見る戦争
  痛み・悲しみの共有とは
  米国少女の反戦スピーチ

第2章 特攻隊員の死——そのうけとめかた——「尾崎豊と特攻隊」の議論
 第1節 「弱さとたたかう」尾崎豊
  この授業実践のねらい
  なぜ尾崎豊か
  尾崎は社会批判者か
  社会批判か・自分とのたたかいか
  「自分とのたたかい」から共同へ
 第2節 「挫折する」特攻隊
  「特攻隊を見習うべき」
  非国民の汚名か・自らの死か
  「お国のため」の内実——遺書の分析
  「個」の挫折か
  オウム真理教——社会への復讐か
  オウム真理教入信は必然か
 第3節 「立ち向かう」尾崎・「信仰」の特攻隊
  「立ち向かう」尾崎・「迷いと挫折」の尾崎
  「弱さとたたかう」尾崎論
  「必然」か・「何かを探る」か
  『戦争論』の議論のしかた
 第4節 特攻隊議論の方法
  特攻隊批判の視点
  醜悪と希望——大岡昇平の特攻論
  醜悪を撃つ位置
  隊員の苦悩・学生の苦悩
  苦しみの共有——共感と共同

第3章 ヒロシマ・ナガサキを議論する——原爆体験への共感と共同
 第1節 『原爆の子』以後のヒロシマ・ナガサキ学習
  『原爆の子』が提起したこと
  ショック・同情・傍観者
  「何か」の追求——共感・共同
  高校生平和ゼミと修学旅行
  教室での授業実践は
 第2節 「原爆の絵」への道
  悲惨・残虐——日常との接続を
  被害の姿・克服の姿
  語りかける「原爆の絵」
  肉親の最後の姿を求めて
  「原爆の絵」を使った実践
 第3節 「原爆の絵」から学ぶ
  授業の構想
  「助けられなかった」苦しみ
  遺体を確認する怖さ
  灯籠流しに乗せるものは
  なぜ「絵」を描くのか
  封印したい気持ちからの脱皮
 第4節 原爆体験を想像するとは
  原爆体験の想像——その意味
  「生きる」苦しみ
  絶望感・自責の念
  原爆体験への共感と共同
  生き地獄と解放
  「並々ならぬ決意」
  脱皮・脱出への道
  原爆体験者にとって「生きる」とは
 第5節 ヒロシマ・ナガサキをめぐる被害と加害
  レポート発表
  イラク戦争への道か
  リメンバー=目には目を
  惨劇——報復か廃絶か
  アジア諸国への応答は
  南京と広島・長崎
  「日本の」被害か・「原爆の」被害か
  「原爆投下で解放」=原爆の正当化
  再び原爆体験への共感と共同

第4章 戦争と平和の学びかた——戦争体験への共感と共同
 第1節 悲惨・残虐の事実——どう関わっていくか
  平和教育の目標
  人間不信・ゴマカシへの同調
  平和教育目標の筋道批判
  受動態の学習者
 第2節 共感・共同または共感共苦(コンパッション)
  戦争の恐ろしさ・自分の恐ろしさ
  共感・共同・やさしさ
  共感共苦(コンパッション)
  朝日新聞「ひととき」欄から
  共感・共同、共感共苦の教材論
 第3節 加害の学習、抵抗・反戦の学習
  「しかたなかった」への滑落
  共感・共同か、同調・同化か
  兵役拒否への共感とは
  声援・激励=同調・同化
  困難性の自覚=共同の成立へ
  共感・共同と認識の発展
  戦争と平和の学びかた

 あとがき
  兵隊に行かなくてもいい
  戦争以外の方法

前書きなど

あとがき

兵隊に行かなくてもいい

 私は一九四一年四月、新たな名称となった国民学校に入学した。一九四五年八月のアジア太平洋戦争敗戦のときは五年生(一〇歳)だった。生まれ育った家は東京大空襲で町ごと焼かれ、学童疎開の辛酸もなめ、食糧欠乏時には「空腹」というものの苦痛を嫌というほど経験させられた。
 だが一九四七年、できたばかりの新制中学校に入学し、文部省の『あたらしい憲法のはなし』を手にした。授業の記憶はおぼろげなのだが、戦争放棄のところ、特に次の文章だけは鮮明に焼きついた。

 「これからさき日本には、陸軍も海軍も空軍もないのです。これを戦力の放棄といいます。『放棄』とは『すててしまう』ということです」

 そして文章はさらにこう続いていた。「しかしみなさんは、けっして心ぼそく思うことはありません。日本は正しいことを、ほかの国よりさきに行ったのです。世の中に、正しいことぐらい強いものはありません」と。
 実は、私が国民学校時代に最も不安と恐れを抱いていたことは、空襲や疎開ではなく、将来兵隊に取られて戦争に行かねばならぬということだった。それは逃れようがないという「怖さ」であった。
 だから、この「戦力の放棄」が描かれている箇所を見たときの気持ちを、そのままにあらわせば、「ほっとした」というのがすべてだった。「もう兵隊に行かなくてもいい」のだ。中学生なのだから、敗戦の惨状を目の前にして、戦争放棄の意味や平和の実現などに目を向けてもいいはずなのだが、当時の私にはそういう安堵の気持ちのみが先に立っていた。
 しかし、一九五〇年代に高校から大学に進み、日本や世界のことに目を向けるようになって、「改憲」「再軍備」「安保」などの動きが、私の安堵の気持ちを大きく揺るがせた。それらの動きにどう立ち向かうべきなのか、あれこれ考えをめぐらせなければならなかった。大学では議論をたたかわせ、事態の進行に駆り立てられるように行動した。
 一九六〇年代に入って、私は中学校の社会科教師になった。そこでは当然、「戦争をどう教えるか」が教師としての課題となった。だが戦争の悲惨を教えることが、それを否定し、平和の大切さの認識につながるわけではなかった。生徒の中からは「戦わないと日本がやられる。戦争もやむを得ない」という意見が必ず出てくるからだ。
 そこで、戦争の現実、特にそこで生きていた人たちの姿を、生徒が身近にうけとめて、その心情に共感しながら、事態をともに考えることができるようにすべきだと次第に思うようになった。この点を本書では「共感・共同」と言いあらわしている。一九七〇年代には、父母の戦争体験の聞き取りを中心にして戦争学習を組み立てた。戦争を考えるべき生徒側の切実性が引き出せることを期待したからである(この時点では中学生の父母の多くは、十代後半くらいの年齢での戦争体験者だった)。

戦争以外の方法

 が、そのとき体験を語ってくれた母親から、生徒たちがみんな戦争に反対だと言っていることに対して、「私たちだって戦争には反対です。でもあのとき日本は、戦争する以外に何か方法があったのでしょうか」と疑問が述べられた。
 父母の世代(多くは昭和一ケタ生まれ)は「戦争以外の方法」も想定しただろう。が、「戦争という方法」はそれを凌駕するものと認識されたのだ。確かに当時は、前者に関する情報は極度に少なく、後者を推進すべき情報が圧倒していたことも事実である。
 だが、母親からの「戦争以外に何か方法があったのか」という問いは、戦争学習で追求すべき課題を提起している。例えば満州事変の場合なら、一九三一年前後の満州をめぐる日中の対立を、「戦争という方法」で解決すべきか(「戦争以外の方法」を考えるべきか)を追求する授業構成が求められることになる。
 これは当然、イラク戦争やパレスチナ危機など現在の問題を考えるときにも、そのまま適用し得るものであり、本書もそのような構成にしている。だがこの場合でも、それらの事態の中で生きる人々の姿に目を向けること、それによって事態に自らも関わろうとすること、つまり学習者側の「共感・共同」は重視されなくてはならない。そうしてはじめて「戦争という方法」か・「戦争以外の方法」かという
追求が切実なものとなる。

 以上のように私は物心ついてから、さらに教師になり現在に至るまで、戦争とそれの克服に切実な関心を持ち続けてきた(そうせざるを得ない状況にいた)。本書はそのような立場から、大学生の議論の経過を追いながら、「戦争と平和の学びかた」の具体例とその理論を提示したいと思い、執筆したものである。
 
(…後略…)

著者プロフィール

安井 俊夫(ヤスイ トシオ)

1935年東京生まれ。法政大学法学部卒業後、1962年より千葉県公立中学校教諭(社会科担当)、1989年より愛知大学教養部(のち経済学部)教授(授業構成法等担当)。2005年退職。
〈主な著書〉
『子どもと学ぶ歴史の授業』(地歴社、1977年)
『学びあう歴史の授業』(青木書店、1985年)
『主権者を育てる公民の授業』(あゆみ出版、1986年)
『歴史の授業108時間上下』(地歴社、1990年)
『社会科授業づくりの追求』(日本書籍、1994年)
『十五年戦争への道』(日本書籍、1998年)

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