発行:明石書店
この版元の本一覧
四六判 384ページ 並製
定価:2,000円+税 総額を計算する
ISBN978-4-7503-2573-6
在庫あり
奥付の初版発行年月:2007年07月
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紹介
アブドゥルアジーズがアラビア半島につくった近代国家サウジアラビア。王制,レンティア経済,急速な都市化,男女分離の慣行,灼熱の気候や沙漠。日本人の常識では想像の及ばないこの国の実体を第一線のサウジアラビア研究者たちが紹介する。
前書きなど
はじめに
サウジアラビア人たちに接したとき、イスラームの価値が生活のさまざまな側面に投影されていると同時に、彼らの考え方が想像以上に多様で奔放であることに驚く。またサウジアラビア人の篤いもてなしの慣行を体験したとき、彼等の礼儀正しさ、優しさや道徳に気づくだろう。
サウジアラビアは、これまでにその素顔を理解することが実に難しい国であった。そこで本書では、サウジアラビアでのフィールド経験が豊富な方々や、斬新な視点をもつ執筆者たちに依頼することにつとめた。本書は、サウジアラビアに関する日本での理解水準を向上させるために貢献できると信じている。
本書ではイスラームに基づくサウジアラビアの価値体系について各章で論じている。他方で本書の各執筆者が描いてくれているサウジアラビアの姿は、イスラームだけには還元できない多層性を備えた価値体系である。サウジアラビア人は、イスラームを価値の第一の源泉と見なしているが、宗派は多様であり、イスラーム復興に対する国民の間の姿勢には温度差がある。またサウジアラビアの各地域は、地方性や方言に富む。また、グローバル化する世界に対応するため、官民共に、行政、イスラームの慣行、ビジネスや労働などで新しいあり方を模索している。
サウジアラビアの政治、経済、社会、文化、自然、地理の各側面は、独特な特徴をもち、それらが複雑に絡まり合っている。政治的には王制であり、経済は石油収入に依存するレンティア経済(第46章参照)を特色とする。牧畜業は今でもさかんではあるが、家をもたないテント住まいのベドウィンはもはや皆無に等しく、高度な都市化や消費社会がサウジアラビアの特徴となっている。他方、サウジアラビア政府はEガバナンス化政策を推進し、国内メディアでは国の将来について活発な議論が行われるようになった。サウジアラビアの改革は、国連開発計画から高い評価を受け続けている。
王制、レンティア経済、急速な都市化、男女分離の慣行、灼熱の気候や沙漠、これらの一つ一つが、一般の日本人の常識や想像では及ばない実態を有すると同時に、それらが独特の組み合わせ方で統合されている。そして急速に変化を遂げようとしている。しばしば、サウジアラビアという国に何年つきあっても新たな発見に出会い続ける奥深さが感じられると言う人に出会う。
サウジアラビアは、現在に至るまで、アクセスが容易ではない国である。観光ビザの制度化は、数年前から「もうすぐ」という観測がサウジアラビアの現地紙で何度も伝えられながら、本書の出版時点でまだ実施されておらず、ビザ申請の際に身元保証人が必要な制度も緩和されていない。このようなアクセスの難しさは、近年サウジアラビアが開放性を多少高めてきたと言えるにしても、サウジアラビアに関する理解促進のために重大な障害となり続けている。
フィールド体験を持つサウジアラビアに関する専門家が希少なこれまでは、サウジアラビアに関する著述は、適切な理解の視点をもたず、明白な根拠に基づかないままに批判的な観点で行われてきた。サウジアラビアはマッカとマディーナというイスラームの二大聖地を擁し、ワッハーブ主義が強い国家であるとよく知られているにもかかわらず、意外にもイスラーム専門家や中東専門家たちは、内心ではサウジアラビアは「本当のイスラームの」国家と見なしていないように思われる。この理由は、これらの専門家は、ワッハーブ主義に批判的なスーフィズムのファンであったり、王制や石油依存経済への批判者が多い点などを指摘できるだろう。また政治研究の専門家が、サウジアラビアに関する情報源として、信頼性の高い情報源にアクセスしないまま、反政府分子のデマゴーグを重宝したことも影響しているだろう。
以上のような諸事情を改善するためには、サウジアラビア人の価値体系とその変化について、一定の包括性を保って具体的に提示する地域研究的な手法が解決策として必要だと考えられた。本書でサウジアラビアについて批判する際には、彼らの発展に資する建設的で現実的な観点で行われた。本シリーズは、サウジアラビアの多面性を一括して論ずる著作を出版するために最適な機会を提供してくれることとなった。
編著者の立場から、本書の構成と、地名や人名に関する表記について簡単な説明をしておきたい。
本書では、イスラームに関する記述を思い切って多くした。第1章に、預言者ムハンマドに関する章をおいているが、この中ではサウジアラビアについてはまったく論じられていない。また第40章のほとんどは、サウジアラビア成立以前のイスラーム世界の政治的発展に関する章である。さらに第61章は、日本人ムスリムに関する章であるが、サウジアラビア系日本人に関する章ではない。このような構成を工夫した理由は、サウジアラビア人のアイデンティティは、第一にムスリム(イスラーム教徒)であり、第二にサウジアラビア国民となっている特殊性から由来する、サウジアラビア独特の価値体系をもっとも適切に理解するためである。預言者ムハンマドを理解せずに、サウジアラビア人がイスラーム復興にかける熱意を感ずることはできないし、イスラーム政治史を理解せずには現在のサウジアラビアの政治構造の歴史的意義は不明確となる。さらに、日本人の中でもサウジアラビア人がもっとも共感を抱く日本人ムスリムについて理解することは、サウジアラビアとの関係構築のために示唆に富む。
サウジアラビア人は、自らをムスリムと自称し、ワッハーブ主義者であるとは称さない。けれども、サウジアラビア人の宗教的な特性を理解するためには、その固有性を表象する分析概念が必要であるため、第2章にワッハーブ主義とは何かという章を設けた。
サウジアラビアの地名に関するアラビア語表記は、現在はかなり確認が可能となっている。サウジアラビアで、一〇万カ所の地名をリストした地名事典が編纂され、出版されたからである。本書では、サウジアラビアでの口語表現をある程度反映させて、アラビア語が読めない読者が発音してみて現地の人にわかるように最善の表記をつとめた。
「サウジアラビア王国」という国名の表記であるが、アラビア語の原語名の綴りと、英語でのSaudi Arabiaという綴りの両方を鑑みると、日本語では「サウディアラビア」と転写されるべきである。川床睦夫氏からご指摘頂いたところでは、戦前の日本で使われていたローマ字の綴りは、訓令式であったので、これによると、ziがジ、diがヂと表記されていた。そこで古い地図帳ではSaudi Arabiaを訓令式ローマ字読みで、サウヂアラビアと書かれていた。だが、戦後、ヘボン式のローマ綴りが普及し、ヂがジに置き換えられた際に、「サウヂアラビア」は「サウジアラビア」と表記されるようになったと考えられるという。自分個人としては、論文執筆などで「サウディアラビア」という表記を多く使ってきたし、より言語に近い表記を軽視するわけではないが、本書の出版では、まずはより多くの人に本著に触れてもらうため、一般的に認知されている「サウジアラビア」を使うこととした。
「サウジアラビア王国」という国名は、「サウード家が支配するアラビアの王国」という意味であるが、中東では王族名を冠する国として他に「ヨルダン・ハシミテ王国」がある。なぜこのような基本的なことを紹介するかというと、「支配王族の名を冠する国は世界にサウジアラビア王国だけである」と述べる中東専門家や国際政治専門家がしばしばいるが、その誤りを正そうとする指摘を自分は一度も見たことがなかったからである。
本書は、サウジアラビアに関する理解促進のために大事な一歩となることを願っている。本書の完成までに各執筆者は、本書では執筆を担当されなかった専門家や、数多くの「声なきサウジアラビア専門家」である日本人の政府関係者や民間の方々、さらにサウジアラビアをはじめとする各国の知識人から有形無形のお世話を受け、多くの知的な滋養を吸収しているはずであり、代表してお礼を申し上げたい。
二〇〇七年五月
編 者
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