ヒロシマ・ナガサキが歴史を変えた世界を不幸にする原爆カード
金子敦郎
発行:明石書店
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四六判 352ページ 上製
定価:1,800円+税 総額を計算する
ISBN978-4-7503-2557-6
在庫あり
奥付の初版発行年月:2007年07月
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紹介

1945年夏,広島・長崎への原爆投下はなぜ,いかにして行われたのか? 米政府内部文書を掘り起こし,その背景と理由に迫る,元通信社国際部ジャーナリストならではの労作。現代にまで続く危険な「核カード」神話に警鐘を鳴らす,歴史的ドキュメント。

前書きなど

はじめに
知られざる二〇世紀最大の出来事
 二一世紀入りが迫った一九九九年、米ワシントン市郊外にあるメディア博物館が著名なジャーナリストや学者を対象に行った「二〇世紀最大のニュース」調査によると、第一位は広島・長崎への原爆投下だった。二位以下一〇位までをあげると、アポロ11号の月面着陸、日本軍の真珠湾攻撃、ライト兄弟の初飛行成功、米女性に参政権付与、ケネディ大統領暗殺、ナチスによるユダヤ人虐殺、第一次世界大戦、米学校での黒人差別撤廃、一九二九年の米株式暴落が並んだ。他にも各国で同様の調査が行われたことが報じられたが、第一位に広島・長崎の原爆投下およびそれに関連する国際情勢の展開が二〇世紀最大の出来事とする点では、おおむね一致していた。
 原爆投下を二〇世紀の歴史における最大のニュースとすることに異論を唱える人は、ほとんどいないと思う。原爆投下は言うまでもなく、単に米国と日本の間の問題にとどまらない。米国がこの恐怖の兵器の秘密を保ったまま日本に対して使ったことによって、ソ連の対米警戒と不信は決定的となった。米ソ同盟に亀裂が走り、対立が深まり、半世紀に及ぶ冷戦が走り出した。原爆投下を冷戦の起源あるいはその触媒とする見方は有力である。ソ連はすぐに原爆開発で追いつき、さらには英、仏、中国も加わって、果てしなき核軍拡競争が引き起こされた。人類および地球自体を破滅の淵に立たせる恐怖の核時代が現出した。冷戦終結後のいまも、核拡散の脅威が国際情勢の最大のテーマとなり、イラク戦争を引き起こし、イランや北朝鮮の核をめぐる危機が進行中である。
 広島・長崎への原爆投下はこのような歴史の広がりを持っている。だがその背後にどのような経緯があり、米国がなぜこの恐怖の大量破壊兵器を使用したのか、そこにどんな「歴史の教訓」があるのかなどについては、「当事国」の米国や日本においてさえ、一般の人々に十分に知られているとは思えない現実がある。原爆投下は第二次世界大戦を終結させたとされる。しかし米国では勝利の歓喜にひたる世論のなかから、すぐに原爆投下の非人道性に対する批判や、原爆投下は必要だったのかという疑問が沸きあがった。トルーマン大統領以下の米政府首脳部の多くも、原爆の予想をはるかに超える破壊に衝撃を受けていたが、この批判に対しては反撃に出る。
 狂気の日本軍部は「一億玉砕」を叫んでおり、日本上陸作戦では一〇〇万人を超える多大な犠牲が予測されていた。これを回避し、日本を早期に降伏に追い込むための唯一、かつ正しい決定だった。トルーマンらはこう原爆投下の正当性を世論に訴えるとともに、原爆に関わる一切の情報は関係者の個人的な日記やメモ類もふくめて、「最高の軍事機密」として秘匿し、真相の隠蔽(カバーラップ)に乗り出した。原爆開発・投下に直接関わったH・スティムソン(当時陸軍長官)やJ・バーンズ(同国務長官)らもそろって「回顧録」などを著わして、原爆投下は「唯一かつ正しい決定」だったとその正当化に努めた。これが原爆投下を「知られざる二〇世紀最大の出来事」にしている第一の理由である。

(中略)

愚かな決定
 筆者は三〇年を超える編集現場記者の経験のうち、二〇年あまりは国際部門に属して、米国やベトナムを中心に海外での仕事に携わることが長かった。その経験のなかで広島、長崎への原爆投下が、歴史のある時点での一つの出来事に終わったわけではなく、第二次世界大戦後から現在にいたる米国外交および米国が支配してきた国際情勢のいたるところに、濃淡はあっても深く影を落としていることを実感した。原爆を使ってその威力を誇示すれば、ソ連は「扱い易くなる」と考えたトルーマン大統領とJ・バーンズ国務長官の「原爆カード」戦術は失敗に終わった。それにもかかわらず、米国は「原爆カード」が覇権を保証するとの神話を捨てることができなかった。「パンドラの箱」のふたは開け放たれたままになった。「原爆カード」は「核カード」と名前を変え、第二次世界大戦終結から半世紀に及ぶ冷戦時代を支配した。ソ連崩壊によって唯一超大国として残った米国だが、いまだに「核カード」の呪縛から逃れられずに核軍拡競争の単独レースをひたすら走り続けている。
 冷戦終結後のいわゆる「文明の衝突」のなかで最大かつ最も危険なのは、米国とイスラム世界の間で起こっている「衝突」である。その根源になっているのはイスラエル・パレスチナ問題であり、その核心にあるのがイスラエルの核である。イラクの核疑惑やイランの核開発は、イスラエルの核保有を抜きに考えることはできない。これらの当事者はいずれも「核カード」の神話に翻弄されているとも言える。北朝鮮も同じように国家(政権)存続を「核カード」に賭けている。六カ国協議の米中露はもとより日韓もまた、自らは「核カード」の神話を信じながら、北朝鮮には神話を放棄するよう迫っている。「核カード」の神話が生き続ける限りは、核拡散を止めることはできないだろう。
 原爆投下の背景には、ルーズベルト、トルーマン、バーンズという三人の権力者の間の絡み合った人間関係があった。これは本書の重要なテーマの一つになっている。権力の周りには確執、功名心、打算、優越感、劣等感、怨念などが渦巻いている。ルーズベルトは米国政治で異例の大統領四選を果たして、一二年余にわたって権力を独占した。バーンズは権力への野心を秘めて、政治的立場を異にするルーズベルトに仕えた。ルーズベルトの死という偶然によって、権力はバーンズの頭越しにトルーマンに転がりこんだ。だがこの権力移行の期間に実権を握ったのはバーンズだった。三人にまつわるこの「因縁」が原爆投下の決定を大きく支配した。原爆投下の最終的な責任はもちろん大統領にあるが、実質的な決定者はバーンズだったと確信している。バーンズとルーズベルト、そしてトルーマンとの確執はさらに、その後の米国の政治潮流の変動にもつながっていく。
 ルーズベルトがあと半年生きていたら? この「歴史のイフ」を通してみると、世界は随分と変わっていたと思う。日米戦争の終わり方だけではない。その後の世界を半世紀にわたって支配することになった「冷戦」もまた、違った様相を呈した可能性が高い。当時の米政府のリーダーには「賢い人」が大勢いた。しかし原爆投下はごく少数の「賢くない人」による「賢くない決定」だった。いや「愚かな決定」と言うべきかもしれない。これが本書の主題である。筆者は原爆を使ったトルーマンとバーンズに強い批判の立場をとっている。

原爆問題の「総まくり」
 筆者はワシントン取材を終えて東京本社に戻った後は、原爆問題に直接かかわる仕事から離れていたが、一九九七年に大学に移ったことから原爆問題への関心が蘇った。国際関係論や米国政治・外交などの講義のなかで原爆問題を取り上げるとともに、学内紀要やその他の紙誌に論文やリポートを寄稿した。この間の何回かの米国訪問の機会に、原爆に関する資料集めやインタビューを行った。本書はそれらをもとに原爆問題を総まくり的にまとめたものである。原爆問題に関しては米国で多くの優れた研究書や論文が出版されている。そのなかには日本で翻訳出版されているものも少なくない。日本人研究者の著作もある。しかし原爆開発から投下の決定、これがその後の国際情勢に及ぼした影響までを学ぼうとすると、少なくとも一〇冊ほどに目を通さなければならないだろう。本書は「戦争を知らない」若い大学生の一般教養科目用の「教科書」を想定して書いた。
 日本は唯一の被爆国であり、たいていの人は核戦争に反対だし、核兵器のない世界になることを望んでいると思う。米国が軍事的には必要のない二発の原爆を投下し、広島と長崎で、一瞬にして一般市民に数十万人の犠牲者を出したことを批判し、米国は謝罪すべきだと思っている人も少なくないだろう。日本側が原爆投下を批判し、謝罪を求めると、米国側は「真珠湾のだまし討ち」を持ち出し、「一〇〇万人の犠牲を回避し、戦争を早期に終結させた」と原爆投下の正当性を主張する。パターン化したこのやり取りは原爆問題の本質に迫るものではない。むしろ本質をそらし、不毛ですらある。
 米国に対して謝罪を求めるとすれば、米国の「誤り」がどこにあったのかをはっきりさせることが求められる。その前提には原爆投下にまで行き着いた日本軍国主義の「誤り」への認識と反省がなければならない。戦後史を学び、現在を知り、今後の世界を展望するためには「原爆」を知ることが必要だと思う。「戦争」を体験した世代は去りつつある。ヒロシマ・ナガサキは「過去」ではないことを次の世代に知ってもらいたい。本書がそうした意味での原爆問題の理解に役立てば幸いである。
(後略)

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