ジャカルタ、東京、大阪、サン・クリストバルのフィールドワークによる実証都市下層の生活構造と移動ネットワーク
倉沢 愛子:編著
発行:明石書店
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四六判 360ページ 上製
定価:4,800円+税 総額を計算する
ISBN978-4-7503-2542-2 C0036
在庫あり
奥付の初版発行年月:2007年04月
書店発売日:2007年04月19日
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紹介

都市の下層社会の形成と住民の生活構造について,インドネシア,メキシコ,日本の異なる構造をもった3つの国のケースをとりあげ,開発とともに変容してゆく伝統社会のメカニズム,一方で発生する諸現象,共通する問題を探求しながら生活のありようを実証的に論ずる。

目次

まえがき(倉沢愛子)
1 外来者の流入と都市下層社会の変容
  ——ジャカルタ南郊の集住地区の事例(倉沢愛子)
 1 植民地都市ジャカルタの変容
 2 調査地レンテン・アグンの歴史的背景
 3 「開発」の開始と外来者の流入
 4 住民のプロフィル
 5 地域社会における外来者の地位
 6 故郷との絆——外来者二〇名の調査から
 おわりに
 付録 調査質問票
2 変容のなかのパサール(伝統的市場)
  ——ジャカルタ南部L市場から(内藤 耕)
 1 ジャカルタのパサール
 2 ジャカルタ南部L市場
 3 L市場の常設店店主たち
 4 管理され得ぬパサールとカキリマ
 5 まとめ
3 都市下層の生活構造と社会的位置の変容
  ——近現代の日本における貧困の性格変化(中川 清)
 1 異質な生活世界への関心
 2 近代の貧困概念の形成と展開
 3 貧困対策の実施状況と都市下層
 4 「中流社会」と貧困把握の変化
 5 多元化する貧困と社会生活
4 ひさぐ野宿者、もがく野宿者
  ——地位隔離と意味世界(青木秀男)
 1 日本の野宿者
 2 野宿者への道
 3 野宿者の隔離
 4 仕事の意味
 5 境遇の意味
5 離村インディオの流入と都市エスニシティの変容
  ——サン・クリストバル市の事例から(清水 透)
 1 チアパス高地の社会関係の変化
 2 植民地的(コロニアル)フロンティアの消滅
 3 都市インディオ性の形成
 4 サン・クリストバル市における新たなフロンティア

前書きなど

まえがき
 本研究は都市の下層社会の形成と、そこにおける住民の生活構造について、インドネシア、日本、メキシコという、全く異なる文化や社会・経済構造をもった三つの国のケースを取り上げて、そこに共通する問題を探求しつつ、彼らの生活のありようを実証的に論じようとするものである。
 本研究は、二〇〇〇年から二〇〇一年にかけて、慶應義塾大学東アジア研究所(当時は地域研究センター)の研究プロジェクト「都市下層の生活構造と移動ネットワークの国際比較研究」として、高橋産業経済研究財団の助成金を得て実施されたもので、慶應義塾大学経済学部の三名の教員(清水、倉沢の他に、当時は中川も在籍)に、東海大学の内藤耕氏が加わって四名で構成された。本書の出版にあたっては、その四名に加えて、都市下層の専門家である青木秀男氏にも特別に参加していただいた。
 それぞれに背景の異なる地域を論じているので、あえて、全体に通じるような用語の定義づけはしていないが、本書においては少なくとも「都市下層」イコール「貧困者」という捉え方をしているわけではない。救済すべきミゼラブルな対象として捉えているわけではない。むしろそこに潜むダイナミズムに注目し、開発とともに削り取られ、変容してゆく伝統社会のメカニズムや、その一方で新たに発生しつつある諸現象を描き出そうとするものである。
 すべての論文が直接論じているわけではないが、本書執筆の基礎となった研究プロジェクトにおいては、たとえば以下のような問題意識が論議された。
 一つは、都市が急速に肥大化していく過程で、下層社会がどのように形成され、また変容していったか、という問題である。近年の急速な経済開発に伴って「都市」空間はどのような変容を体験していったのであろうか? 当初「貧困」からの脱却を主たる目標として展開された開発プログラムは、単なる一直線的な貧困克服ではなく、新たな問題を生み出しつつ、そしてまたあるときは非常にダイナミックに都市社会そのものを変容させていく。つまり都市下層のあり方は時代とともに大きく変容し、下層とはなにか、貧困とはなにかという認識も流動的なものになっている。そしてそれらは、異なる文化的背景をもつそれぞれの調査地でどのように異なっているのであろうか。
 第二の問題は、そのような都市下層社会の変容に、外来者の流入がどのように関与しているかということである。都市が生み出す富のおこぼれにあずかろうとして、農村で食べていけなくなった人々が流入してくる。しかし移動は、単に貧しい農村から豊かな都市へという構図を意味しない。地方都市では満足のいく自己実現がむずかしいと考えて、飛躍を求めてやってくる青年達もいる。農村の伝統的しがらみや、固定的上下関係から逃げ出すようにして町へ出てゆく人達もいる。都市の変容は、このような農村地域からの大量の人口移動のプロセスとして、あるいは結果として捉えることができる。
 第三に、その際都市と農村の間のネットワークが、都市下層社会の生活のあり方にどのような影響をあたえているのであろうか。たしかに貧困が新たな住民の流入をもたらし、そのことがさらに都市の貧困を増大させている側面もある。しかし外来者達は、出身地のコミュニティーと密接な連絡を取り合いながら生活している。ひとたび経済危機が起こればこのネットワークが機能して、そのコミュニティーが都市住民を受け入れ、ショック・アブソーバーの役割を果たしたりもする。
 第四に、外来者が都市社会において築いていく地位にも焦点をあてる。年月の流れとともに外来者達はもはや一時的滞在者ではなく、その都市社会の一部となり、主役となって新たな生活文化を生み出していく。そして都市社会を変容させていく。東京、大阪やジャカルタも、そしてメキシコのサン・クリストバルも、そういう外からの要素を吸収して、今やその本来の文化を乗り越えたあらたな社会を構築しつつある。本書はそのような相互作用をミクロな観点から実証的に捉えてみたいと考える。
 以上要約すれば、いずれの論文も、都市下層という共通項を通じて、時代の推移という歴史的なパースペクティブを視野におくとともに、農村と都市という長距離の人の移動、都市の内部における生活空間の移動と変容といったことに焦点をあてている。本書の構成を説明すると以下のようになる。
 第一章の倉沢論文は、大都市ジャカルタの、カンポンと総称される庶民の居住空間が、過去三〇年あまりの期間に、急速な経済開発と、絶えざる「外来者」の流入によって変容してゆくさまを描いている。それによってのどかな田園のたたずまいを見せていた地域の人口は異常に増加し、集住地区になっていく。やがて「外来者」の数が「地元出身者」の数をしのぎ、町内会・隣組の主導権も外来者に移っていく。ここに流れ込む「外来者」の背景は多様であるが、少なくともその一部の者達には、強いハングリ精神と向上心が見られ、「教育」を通じての社会的地位の上昇に価値をおく傾向が強い。そして今や、この都市「下層」の空間に、いわゆる新中間層的な志向、価値観、行動様式をもった人々も出没しつつある。それに対し、土地を切り売りしてそこそこの収入を得たことに安住してしまった「地元出身者」の多くは、時代の流れから取り残されていってしまう。そして土地から得たお金を使い果たしてしまった現在、彼らは再生資源の回収などのインフォーマル・セクターの仕事に従事せざるをえなくなっているケースが多い。
 外来者は、チェーン・マイグレーション的な形での転入が多く、それぞれに、当初は故郷の慣習や人間関係を根強くキープしていたが、その子供たちも成長して新たな世帯を築きつつある現在、出身地を意識しない人間関係が進み、新たな文化が創出されている。人々が故郷との間にキープし続ける絆は徐々に弱まり、日常の生活の中では一見「ジャカルタの人」になりつつあるが、しかし心情的には「心のふるさと」を理想郷として描く人が多い。
 第二章の内藤耕の論文は、倉沢と同じ調査地を扱っているが、「市場」というより個別的なトピックを選んで、そこを通じて都市が生み出す活気を検証しようとしている。すなわち、ショッピングモールやスーパーマーケットなどの進出によって揺れ動くジャカルタの伝統的市場がもつダイナミズムに焦点をあてている。伝統的市場とはいっても、実は農家が週に何回か農産物を町へ持ってきて販売するような昔ながらの市ではなく、行政によって管理され、商人たちは登録してブースを借り、賃貸料も支払うという常設のものである。
 内藤は、ジャカルタ市南郊のいわゆる都市下層と見なされている人々の集住地区にあるひとつの市場を取り上げ、そこにおけるすべての売り手と、一定時間にやって来たすべての買い手の双方に面接するという極めて実証的な手法で、その市場の基本的メカニズムを解明しようとした。それを通じて、そこを管理する役所にも把握できていないような複雑な仕組みで市場が運営されていることをつきとめ、一見均一的に見受けられる商人たちの中にも多様性、階層性が見られることを指摘している。
 すなわち、小売の市場であるはずのこの市場へ買いに来るのは、最終的消費者だけではなく、行商人・露天商など、いわゆるインフォーマル・セクターでものを売る人々が仕入れのために来るケースも多く存在することを指摘した。さらに、市場の売り手の中には、フォーマルに登録してブースを借りている者ばかりでなく、非公式に、市場の周辺で店を出している者も多くいた。それでも、しかるべき場所代を、地域を統括するやくざグループなどに支払い、一定の同じ場所を確保しているのである。すなわち公設市場は、フォーマルとインフォーマルの接点としても機能していたのである。
 次いで第三章の中川清論文は、「貧困」の意味が時代とともにいかに変容してきたかを明治期以来の東京を例にとって論じている。すなわち、かつては「貧困」イコール「低所得」を意味し、彼らは一定の集住地区にまとまって生存し、社会の本流の「外」にある存在として位置付けられてきた。しかし、年月とともに(換言すれば、経済発展とともに)「下層」住民の在り様は著しい変容をとげ、貧困は収入の多少の問題としてよりも、職域や地域、家族などの関係からの「疎外」として理解されるようになってきた。すなわち「貧困」は人間関係の「貧しさ」、情報からの遮断、などの問題として捉えられ、障害者、外国人労働者、高齢者世帯、ホームレスなどによって象徴される。そして彼らの居住空間は必ずしも特定の地域にまとまっているのではなく、至るところに散在している。
 中川の論文はそこで筆をとめているが、研究会においてはこのような変容が経済発展に伴って生じるものだとすれば、いまだ発展途上のジャカルタでもやがてこのような方向へ向かっていくのであろうか、という問いへとつながっていった。たしかに都市下層がまとまって居住しているといわれるカンポン地区の住民の中にも階層分化の傾向が見られ、上層へと移動できるかどうかの鍵はやはり情報へのアクセス、人間関係のパイプの太さなどに依存しているという傾向は見られる。その意味で東京の事例はジャカルタの将来を暗示しているのかもしれない。
 第四章青木秀男論文は、中川の論文において指摘された、現代型の貧困者の一形態としての「野宿者」、すなわち「ホームレス」の問題を取り上げている。大阪における聞き取り調査の結果を野宿者自身の言葉で紹介し、彼らが野宿者の道を選択せざるを得なかった背景や、現在の境遇や運命をどう捉えているのかを分析している。その際に、仕事が住居の有無や選択を決定する重要なファクターであるという判断から、とりわけ職業の分析に重点をあてている。すなわち野宿者たちがそのような生活を始める直前に従事していた仕事や、現在の仕事、さらに人生の中で最も長く従事していた仕事を、単に職種のみならずその安定の度合いなどにも注目しつつ詳細に分析している。
 第五章の清水透論文は、メキシコの植民地都市サン・クリストバルが、その周辺のインディオ部落から流れ込んだインディオたちの存在によって変容してゆくさまを、長年にわたる観察とフィールド調査に基づいて論じている。サン・クリストバルは元々白人やメスティソたちが、インディオ征服の拠点として建設した町であった。清水が長年のフィールドとしているインディオ集落、チャムーラ村の人達がこのサン・クリストバルへ移住して住み着くようになったのは、一九七〇年頃の事であった。一般に、村から町への人口移動というと、職や富を求めて、貧困からの脱却のために、と考えられる事が多いが、清水は、その移動の背景をむしろ文化的・社会的原因に求めている。このプッシュ要因の詳細な分析は、そこを長年の調査地としてきた清水ならではのものであろう。彼によれば、最初は村の伝統的なボス階層の横暴や労働搾取に対する反発や、多額の富の支出をともなう慣習や宗教的縛りからのがれるためにプロテスタントへ改宗し、そのために村にいられなくなって逃れてきた人たちが中心であった。
 このような離村インディオたちは当初サン・クリストバル盆地の周辺の山肌に掘っ立て小屋を建てて居住し始めた。最初はスラム的な様相を呈していたその居住区はどんどん拡大し、やがてインディオは一九九五年には市の人口の三〇%を占めるに至る。面積的な拡大と並行して、彼らの居住区は本格的な住居や学校その他の施設をともなった住宅地と化していった。このような外来者が町を変容させてゆくと同時に彼らもまた変容して、チャムーラ村時代のインディオとは異なるあらたなインディオ文化を作り出していった。

著者プロフィール

倉沢 愛子(クラサワ アイコ)

1970年東京大学教養学部卒業。同大学院社会学研究科ならびにコーネル大学大学院博士課程修了。慶應義塾大学経済学部教授。大学在学中から日本占領期のインドネシア史を取り上げ、コーネル大学で博士号を取得。博士論文『日本占領下のジャワ農村の変容』は草思社から1992年出版され、サントリー学芸賞を受賞。近年は視点を現代インドネシア社会に移し、開発政策の中で変容していく庶民の生活を分析、研究している。主な著書に『二十年目のインドネシア』『南方特別留学生が見た戦時下の日本人』『女が学者になるとき』(以上草思社)、『ジャカルタ路地裏フィールドノート』(中央公論新社)、『「大東亜」戦争を知っていますか』(講談社)、『岩波講座 アジア—太平洋戦争』(岩波書店)、『インドネシア イスラームの覚醒』(洋泉社)ほか多数。

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