発行:明石書店
この版元の本一覧
B6判 216ページ 並製
定価:1,600円+税 総額を計算する
ISBN978-4-7503-2528-6 C0336
在庫あり
奥付の初版発行年月:2007年03月
書店発売日:2007年04月04日
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紹介
知ってるようで,じつはよく知らない国,韓国。日常的によく見かける,韓国の人々のありきたりの行動から,韓国文化の特徴や韓国的なものの見方・考え方を提示する。また日本文化との比較からその違いを浮彫りにしつつ,幅広く奥深い他者理解へと読者を誘う。
目次
初めての渡航の記憶から
飲む——一人で一杯ひっかける
握る——男同士でも手をつなぐ
食べる——キムチはおかわりが自由である
支払う——四人で飲めば四次会
撮る——あなたもスターになれる野外撮影
謝る——友だち同士に「ゴメン」ということばはない
■写真コラム/サーカス
保つ——死んでもよいから健康でいたい
駆ける——バスを追いかけて
広がる——辛くてコクのあるチャンポン
愛する——郷土愛の裏側
待つ——コリアン・タイム
乗る——「大衆交通」は「大衆」しか利用しない
譲る——老人が席に座るのは当たり前
■写真コラム/麺類
口説く——一〇回たたいて倒れない木はない
変わる——あなたも私もミスコリア
入浴する——銭湯では前を隠さない
汲む——山からの贈り物「薬水」
伝える——家系を通じた歴史観
見栄をはる——肩書きで勝負
感情にまかせる——後のことは後で考えればよい
■写真コラム/儀礼
割り切る——汚いところは汚くてよい
値切る——値段交渉もひとつのコミュニケーション
強いる——自分にとってよいことは相手にとってもよい
規制する——殺人事件はどこに見られるか
隠す——犬肉を食べるのは野蛮か
分ける——ケーキはいつからケーキなのか
老いる——ITは老人を変えるか
■写真コラム/路傍の人々
面子を立てる——日韓か、韓日か
好む——大きいのはよいこと
わめく——大声を出せば勝ち
気にかかる——「日本といえば混浴でしょ?!」
ほめる——「うちの家内の料理は最高です」
認められる——結婚して初めて一人前
利用する——明るく取り込まれる子どもたち
■写真コラム/街角
競う——大リーグ報道にみる温度差
信じる——日本の文化の起源は「韓国」である
囲む——一緒に食べる意味は
創りだす——神話の創造
踊る——李博士のポンチャクの魅力
抗う——デモの記憶
味わう——フライドポテトをめぐる味覚の違い
■写真コラム/市場
取り繕う——自分が悪くても「たいしたことないよ」
群れる——みんな仲よく「韓国人」
主張する——日本には何をやってもよい
疑う——アナタはスパイですか
賭ける——数人集まれば……
記憶する——記念日がいっぱい
生まれ変わる——来世は誰と一緒ですか
■写真コラム/田園
急く——「即席」は大好評
ぶったくる——相乗りタクシーで値段交渉
泣く——涙は恥か
歪める——何をもって「歪曲」とするのか
たのむ——たのみごとは気軽に
開かれる——韓国は「開かれた」社会か
保存する——古本が残らない国
■写真コラム/日韓問題
取り替える——新しいものには勝てない
敬う——師匠の日
混ぜる——おいしい食べ方をめぐって
乾杯する——「コンベ(乾杯)」の登場
交わる——韓流と日本フィールのはざまで
おわりに
前書きなど
おわりに
本書で紹介した六〇あまりの「風景」は、基本的に実際の体験から感じたことを中心に書いている。一つ一つは短い文章であるが、「韓国」を通した他者理解を目標としており、示唆するところは決してその短さにとどまらないと考えている。ここから感じたことを身のまわりのことに広げて考えられることができたら、そのとき、それぞれ断片的であった風景が徐々に結ばれていくように思われる。ここで書いたことは、日本と韓国を往復するなかで、あまりにも見慣れた風景といえる。しかし、人間は、見慣れれば見慣れるほど、その風景に対してあまり考えなくなる。そこで本書では、それが完全に見慣れた風景になる前に書きとめておいたというわけである。
ただ、最後に少しばかりお願いをしておきたい。
まず、本書では各トピックで書いた内容を端的に示す動作で表そうと試みた。本書は、現地で見た人々の行動を見て感じたことをまとめており、それをより明確にしようとする試みでもある。ただ、その際、出版社の意向もあり、韓国ではどのような単語でその動作を表すのかを考えてみることになった。
ところが、この作業が至難の業であった。もとより、言語が他言語と一対一に対応しないことは常々感じているが、的確に表現する単語が思い浮かばないのである。これは私の韓国語能力の問題もあるが、韓国人の妻に聞いても結果は同じである。たとえば、「割り切る」をどのように表現するか、また内容とも合わせようとすると困難を極めた。言語学的に素人な発言であるが、「ある行動を『割り切る』と思っていないから、『割り切る』という語がないのではないか」とまで言いあった。結局、私自身が「割り切って」、それぞれの韓国語をつけた。そのほか、韓国語と整合性をもたせるために当初の日本語を変えたトピックまである。どうか辞書的に見るのではなく、互いの動作を見つめなおすために、筆者と一緒に考えながら、それぞれの単語を見ていただきたい。
次から言わんとすることは、研究者ではなく、一般の読者に考えてもらいたいことである。
まず文中では日本や韓国といった語を多用したために、まるで「日本」や「韓国」といった枠が疑うべくもなく既存のもので、あるいは動かしがたい固定したもののような印象を与えたかもしれない。しかも、本書で指摘した「違い」は、必ずしも「韓国」でしか感じられない違いではない。トイレのちり紙入れにせよ、韓国以外の地域で見られたりもするからである。一般に車が人より優先されると書いたが、個人的な印象では、「韓国」社会より「台湾」社会の方が人間より車を優先しているように思う。
しかし、そうだからといって韓国社会では車が人より優先すると書いてはいけなかったのだろうか。それでもあえて書いたのは、まず国家の場合、統制的な教育環境やマスメディアなどの影響で、「何となく」共通の括りをもった人々の集まりができやすいことが前提としてある。韓国も同様に、多様な人々が住みながら、そのような環境のなかで「ある程度」共通した行動パターンをとるようになっていると考えられる。そして、実際に、その社会のなかで「私」の目には「車を優先する」と映ったのであり、それはたぶん、この文章を日本語で読む方にも共感してもらえるものと考えたからである。
また次のようなことも考えられるかもしれない。たとえば、韓国より台湾の人々の方が車を優先するからといって、仮に本書でふれなかったとする。それでは、台湾を紹介する図書であれば「台湾は車を優先する」と書いてよいのだろうか。ひょっとして、台湾よりも自動車が優先する社会が他にあるかもしれない。そのような社会が見つかったならば、同じ理由で台湾に関する図書から、その部分を削除しなければならなくなる。
それでは、車を優先する社会というトピックだけ削れば問題はなくなるのだろうか。実は他のトピックにしても同じなのである。さらに、人より車を優先すると「私」が思っても、韓国に旅行経験がある別の人はそう思わなかったという可能性もある。こうなると、本書(あるいはこの世で出版されている多くの図書)の存在基盤が危なくなってくる。突き詰めて考えていけば、何についても書けなくなってくるからである。
まずはじめに、ここにあげたトピックは、それぞれが相対的なトピックであることを確認したい。付け加えて言えば、「私」の個人的な経験である。たとえ、九五%以上の人々の合意を得ても、決して一〇〇%の合意を得られるものではない。絶対的な基準などないからである。
それでは、そのような相対的な立場に立ったとき、そこから感じられることはすべて幻想として葬り去ってよいのだろうか。そうではないと考える。何よりも重要なことはそのような「違い」を発見することである。先のことを前提として念頭においたうえで違いを感じることである。そして、その違いこそが物事を考えるためのひとつのきっかけと考える。多くの属性をもつ「私」が「韓国」で見た「違い」である。実は、この韓国という枠さえ個々人にゆだねる部分が多く怪しいものであるが、少なくともここに書いたような違いを大韓民国の領域に入って感じたということである。このことを念頭におくことで、読者の方々にも少しは相対的な視点で韓国を見つめていただけるのではないかと期待している。さらに、そのことは何よりも韓国という枠内に住んだり、そこに帰属したり、あるいは帰属している人々を理解する一歩と信じて疑わない。
さらに言えば、ここに書かれたことは決して「偽り」ではない。しかし、偽りではないからといって、ここに書かれたことからイメージを膨らませたことが、必ずしも「事実」を当てているわけではない。それを注意して読んでもらいたい。
それをあたかも「事実」のように標榜してきたのが、昨今に流行った「韓国人論」や「日本人論」ではなかったか。そこに書かれたことは確かに一つ一つ偽りのないものであったかもしれない。しかし、ある主張をする際に、その主張に都合のよい「偽りのないもの」だけを選んでかき集めることで、偏りをもった像があたかも実在しているかのごとく、人々に「イメージさせる」ことができる。現実とはかけ離れた「事実」を実体化させる一つの道具になるのである。私は本書を決してそのような道具にしたくないが、私の意図とは外れ、すでに道具になっている可能性もある。常に眉に唾をつけて読んでいただけたらと思う。
あらためて、本書を振り返ると、韓国という枠内に住む人々もいろいろなことに悩み、悲しみ、憤り、笑いながら必死に生きていることがわかる。「私たち」よりも少し喜怒哀楽を素直に表に出すと思えるところはあるが、身のまわりに目を向ければ、そんな友人だって一人か二人はいるのではないか。私たちとそう大きく変わらないのである。
「韓国」が好きで、よい面ばかりを必死に見ようとしてきた人々、あるいはよい面しか見せられてこなかった人々に対しては、「追いかける」意欲を喪失させる結果を招いたかもしれない。しかし、オブラートに包んだ関係を築いても、一過性のものに終わる。良くも悪くも引っ越しができない「お隣同士」として、もっと性根を入れてつきあう必要がでてくるのである。これらのことを念頭に置いたうえで前向きに歩きだそうとしたところに、個人同士の交流から広がり、国家同士としても「よいつきあい」が生まれると思っている。批判(?)めいたことも含めて書いたが、表裏を知ることも、もっと「韓国」を好きになるための一つのステップと考えている。本書で描かれた風景が、皆さんにとって「韓国がわかる風景」、韓国を理解するための風景になっていれば幸いである。
二〇〇七年三月
林 史樹
著者プロフィール
林 史樹(ハヤシ フミキ)
1968年、大阪生まれ。1992年、同志社大学文学部卒業。1997年、東京外国語大学大学院地域文化研究科修士課程修了。2001年、総合研究大学院大学文化科学研究科博士課程を修了(博士〈文学〉)。日本学術振興会特別研究員(PD)、国立民族学博物館外来研究員をへて、2003年から神田外語大学外国語学部講師。
主な著書に、『韓国のある薬草商人のライフヒストリー』(御茶の水書房、2004年)、『韓国サーカスの生活誌』(風響社、2007年、近刊)がある。
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