フェミニスト人類学の視座メキシコ・ワステカ先住民農村のジェンダーと社会変化
山本 昭代
発行:明石書店
この版元の本一覧
A5判 432ページ 上製
定価:7,200円+税 総額を計算する
ISBN978-4-7503-2506-4 C0036
在庫あり
奥付の初版発行年月:2007年02月
書店発売日:2007年03月06日
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紹介

メキシコ・ナワ先住民農村において,ジェンダーの視点から親族の関係を読み,近年著しい社会状況の変化との関係を描いた民族誌。性差を含む社会構造そのものを分析することで性差の多元的で動態的な側面を明確にし,フェミニスト研究に新しい可能性を与える。

目次

はじめに
第1章 序論——「ジェンダーと社会変化」の民族誌のために
 1 人類学におけるフェミニズムとジェンダー研究
 2 ラテンアメリカにおけるジェンダー研究
 3 メキシコ農村における社会組織研究
 4 調査地との出会い
 5 本書の構成
第2章 ワステカ地方とA村
 1 調査地の概要
 2 村の歴史
 3 A村の人々
 4 宗教と儀礼
 5 家族、親族、性差
第3章 ジェンダーと土地/共同体
 1 農村に対する政策の変化
 2 農業の変化
 3 非農業部門の拡大
 4 成員権の成立とその意味
 5 カルゴと自治組織の変化
第4章 ジェンダーと都市移民
 1 移民の歴史——A村の場合
 2 行く人、待つ人
 3 都市での仕事と暮らし
 4 帰郷か定住か
第5章 変化する「子ども」
 1 近代化と「子ども」の変化
 2 学校教育の普及
 3 産児制限とジェンダー
 4 政府の貧困対策事業
 5 移民と子どもたち
第6章 変化する「結婚」
 1 メキシコにおける「結婚」
 2 A村における「結婚」
 3 「結婚」の変化
 4 「結婚」の解消
第7章 家を建てる女たち
 1 「家」の持つ意味
 2 家造りの変化
 3 女性が建てる家
 4 娘が親の家を建てるということ
第8章 農村のシングルマザーたち
 1 語られるシングルマザー
 2 メキシコにおけるシングルマザー
 3 A村におけるシングルマザー
 4 シングルマザーの社会的位置づけ
第9章 結論——ジェンダー研究の新たな可能性
 1 本書の位置づけ
 2 ジェンダーの視角で親族を読む
 3 部分的真実としてのフェミニスト民族誌
おわりに
参考文献
資料
索引

前書きなど

はじめに
 二〇〇二年一月、メキシコ・ワステカ地方の村。私は家の軒先に並べた椅子に腰掛け、幼い子どもを抱いた若い母親に話を聞いている。「私はシングルマザーだ」と女性はいった。私はメモを取りながら質問を重ねた。子の父親や自分の家族との関係、都市での仕事、子どもの世話、送金の状況など。
 二〇〇三年二月、東京のある大学の研究室。日本人の非婚シングルマザー四人に対する、グループ・インタビューが行われている。私の肩書きは「無職(学生)」、調査対象者の一人である。調査者である女性教授の質問に答え、私を含む四人がテープレコーダーを前に交互に話す。出産を決意した経緯、育児と仕事、公的サービスの問題など。
 この民族誌を書くために約一年間住んだメキシコの先住民の村で、私は調査者として村のさまざまな人に近づき、聞きたいことを質問し、写真を撮っていた。「その質問は何のためか?」とたびたび尋ねられたが、私は「日本の大学で論文を書くためだ」と答えていた。
 一方、私が生まれ育ち、いまも暮らす日本では、私は非婚のシングルマザーという立場によって、しばしば被調査者の立場に立った。メキシコでの調査の一年間をはさんで、時間に多少ゆとりのあった大学院生時代、私は母子家庭の当事者団体の活動にかかわっていた。団体に新聞や雑誌から取材の申し込みがあったり、学生や研究者から調査協力の依頼が来れば、自ら積極的に協力を買って出、自分の体験を話していた。日本での婚外子出生率は、二〇年前に比べると二倍になったとはいえ、ようやく一・九九%(二〇〇四年)である。戦後この国は世界にもまれな婚姻内出産に固執する文化を形成し、今日に至っている。おかげで、私はあちこちで「インフォーマント」の役を演じることができた。
 自社会においてマイノリティのコミュニティーの一員であること、そして「書かれる」立場に立つということ、この二つの体験は、本書の視角を形成するうえで重要なバックボーンになっている。
 コミュニティーに参加するという体験から学んだのはまず、「同じ女性」などというものがありえないのは当然のことながら、「同じシングルマザー」も存在しないということだった。それぞれの置かれた立場も体験も、またそれをどう認識するかもさまざまである。その一方でマイノリティであるという意識は、連帯を生むきっかけにもなっていた。互いに共通する利害や関心をもとに、「当事者」という一つの集合体を形成し、排除に抵抗したり、不合理な制度を変えさせたりするために行政やマスコミに働きかけることも可能である。マイノリティとして権力機関と交渉しようとするとき、どのような戦略が用いられ、どのような困難があるのか。コミュニティーから学びたいことはまだまだたくさんある。
 一方、「書かれる」立場に立つことは、さらに興味深くスリリングな体験だった。冒頭に挙げたグループ・インタビューは、公的補助金による研究事業の一環だったが、その目的は、「望まない(傍点)妊娠の結果としての出産をした場合の環境整備」(傍点筆者)のため、とあった。だが調査に協力した四人のうち、自身の妊娠・出産を「望まない」ものだったと表現した人は誰もいない。出産時に婚姻していなかったという状況が、なぜ自動的に「望まない」という意志を表す表現に結びついてしまうのだろうか?
 大手新聞社の取材に応じたときには、話した内容に事実に反する尾ひれを勝手につけられ、書き手の都合に合わせて話がつくられていた。仮名とはいえ、事情を知る人にはすぐに私のことだとわかる内容が、ゆがんだ書き方で全国版に掲載されてしまったのである。とんだ災難と笑ってすませられる話ではない。これは、たまたま運悪く稚拙な記者にあたったがためだったのだろうか?
 これらの調査も取材も、悪意や差別意識があってのものではけっしてない。とくに学術的な調査は、シングルマザーの利益にもつながるような制度的な問題を改善しようという善意に基くものである。だが、彼女ら(私が出会った調査者や記者はみな女性だった)は、対象の主体性を無視し、ステレオタイプにあてはめて書くという、言説の暴力を自らが行使していることにまったく無自覚なのである。私がそれを指摘してもなお、なかなか理解してもらえないほどだった。
 大学院生になる以前、私は雑誌編集者としてもっぱら他人の話を聞き、「書く」立場だった。だが「書かれる」こと、それも非対称的な力関係のなかで書かれることは、体験してみなければわからなかった。社会の圧倒的な差異の構造のなかでの表象は、無意識のうちにその構造をなぞり、再生産してしまうものらしい。人類学的表象も、例外ではない。
 これらの体験は、一つの社会を複雑に交差する差異の構造と見ること、それらがつねに交渉と変化のプロセスの中にあると見ること、さらに調査対象である人々と書き手の間に絶対的な権力関係が存在するという認識につながっている。
 本書では、メキシコのある先住民農村におけるジェンダーと社会変化の関係を取り上げた。「ジェンダー」という語は一般に、歴史的、社会的、文化的に構築された男女の差異、と解釈される。しかし私がここで焦点を当てるのは、「ジェンダー」の語義のうち、「男女の」よりむしろ「構築された差異」の部分である。「ジェンダー」の問題として語られるもの、例えば性分業、少子化、あるいはシングルマザーなどは、女と男の間の綱引きの問題というより、社会の仕組みの問題である。それらの問題のありかは、複雑に組み合わさった社会の差異の構造が、歴史的な状況のなかでぶつかり合い、かたちを変えようとして、きしみ音を立てている場所でもある。人々を取り巻く状況が変化するなかで、差異の構造はどのように変わり、女性や男性である人と人の間にいかに新しい差異をつくり出しているのか? 本書で焦点を当てるのは、そのダイナミズムである。
 本書は、二〇〇五年に東京外国語大学大学院地域文化研究科に提出した博士論文「ジェンダーと社会変化の人類学——メキシコ・ワステカ農村の事例から」をもとに修正加筆したものである。記述と用いたデータはとくに断りのないかぎり、基本的に二〇〇一〜〇二年の調査時点のものである。個人のプライバシーに配慮するため、村の名前は仮のイニシャルとし、また調査対象となった人々の名前はすべて仮名を用いている。

著者プロフィール

山本 昭代(ヤマモト アキヨ)

1960年兵庫県生まれ。1984年京都大学文学部卒業。出版社勤務、フリー雑誌編集者を経て、1994年から3年間メキシコに留学。1997年、Centro de Investigaciones y Estudios Superiores en Antropologia Social(CIESAS=社会人類学高等調査研究センター、メキシコ市)修士課程修了。2005年、東京外国語大学大学院地域文化研究科博士後期課程修了、博士(学術)。現在、慶應義塾大学ほか非常勤講師。
専攻: 文化人類学、ラテンアメリカ地域研究、ジェンダー研究。
主要著書・論文:“Transformacion estructural en una comunidad indigena en la Huasteca hidalguense,” en !(!は逆さま)Viva la Huasteca! Jovenes miradas sobre la region, Juan Manuel Perez Zevallos y Jesus Ruvalcaba Mercado (coords.), CIESAS,El Colegio de San Luis, A. C. 2003.「家を建てる女たち——メキシコ・ワステカ農村における社会変化とジェンダー」『文化人類学』69−1、2004年。「社会変化の中の結婚とジェンダー——メキシコ・ワステカ農村の事例より」『外国学研究』60、2005年。「ナワ(ワステカ地方)——社会変化のなかの女性たち」綾部恒雄監修『講座 世界の先住民族——ファースト・ピープルズの現在 08 中米・カリブ海、南米』明石書店、2007年。「変動の中のジェンダーと家族——メキシコ農村の事例から」坂井正人、鈴木紀、松本栄治編『朝倉世界地理講座 第14巻 ラテンアメリカ』朝倉書店、2007年刊行予定。

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