版元ドットコム

探せる、使える、本の情報

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書誌情報と書影とopenBD 

openBDプロジェクトは、書誌情報・書影の収集を版元ドットコム、APIシステムの開発をカーリル(図書館横断検索サービス開発会社)で分担しあって、書誌情報・書影をAPIで、だれもが利用できるサービスをはじめた。

●だれもが自由に使える書誌・書影
ある本の存在を知るきっかけにインターネットの情報が大きな存在感となっている。
インターネット以前なら、ある本の存在を知るのは書店であったり、新聞・雜誌などの書評や広告だったり、友人・知り合いの口コミからだったりしていた。
インターネットでは、ブログという個人の「日記」、ツイッターやフェイスブックなどのSNSの利用が拡大して、個人の口コミがより手軽になって、広がっている。その際に本の話も多く口コミされている。
こうしたインターネット上での本の紹介では、それを読んでくれた人がその本の購入にたどり着けて欲しい。
特にわれわれ出版社としては、タイトル・ISBN・著者名・出版社名を表示してより確実にたどり着けるようになって欲しいと考える。
また、購入意欲を高めるために書影も表示されたい。
版元ドットコムが図書館蔵書横断検索サービスのカーリルとopenBDというサービスをはじめた動機は、書誌情報・書影をだれもがカンタンに利用できる環境をつくり、われわれのつくった本を一人でも多くのひとに知ってもらいたかったからだ。 (さらに…)

『同性パートナーシップ証明、はじまりました。』をつくったときに、考えていたこと。

今の日本社会にとって、一番大切なのは、自分の価値観・考え方と他の人の(自分のモノとは違った)それを、どうやって「共存」させるかという ことだと思う。

恋愛やセックスが好きな人と、嫌いな人、どっちでもいい人。その対象が異性か同性か、どっちでもいいのか。
さまざまな「人それぞれ」を尊重するってのは、今の日本ではなんとなく「そうだよね~」ぐらいの合意ができているように思える。
ところが、その「人それぞれ」のことから派生する社会制度のことになると、途端に正しさの議論になってしまっていないか? (さらに…)

緊デジへの参加、ありがとうございました。

ポット出版の沢辺です。版元ドットコムでは組合員社(まあ、幹事みたいなもの)の一員です。
緊デジ(経済産業省「コンテンツ緊急電子化事業」)では、JPO(日本出版インフラセンター )で標準化委員などとして参加し、また出版社申請と制作の仕事を担当しました。

版元ドットコムの組合員社・会員社へは、版元ドットコムの一員としてもたびたび協力をお願いし、多くの皆さんに、緊デジ事業に参加していただき感謝しています。

たいへん遅くなってしまいましたが、みなさんに報告とお礼をさせていただきます。
(さらに…)

YouTube(ユーチューブ)への期待と業界通説への違和感

年明け早々です。ってなんの関連もないけど、細切れの話で失礼します。
さて、YouTubeってのがありますよね。
これを利用して、本のプロモーションビデオをつくって公開するってのを考えました。
もう数日で正式にプレスリリースします。

すでに、音楽CDなどのプロモーションにはビデオが一般的なものになっていますよね。
この企画は、これまでの版元ドットコムなどを中心にした共同のインターネットでの[本]の販売促進を、さらに動画をつかってやってみようと考えたもんなんです。
(さらに…)

本とお金

今、出版業界ではISBNの13桁化の議論にかかわり始めたりしたんで、そんなことを書こうかとも思ったんだですが、事実経過を点検しなければならないので、やめました。
今回のテーマは、僕の大好きな「本とお金」です。

出版業に関する、具体的なお金のことを書いて自分の勉強に使わせてもらった「本」の紹介をします。
(さらに…)

取次会社にお願い!新刊配本リストの無料提供を[流通合理化に必須の情報公開・共有]

【“流通合理化”に賛成】
 現在、取次各社が返品業務を大幅に変更しようとしている。前提として、僕はこれに賛成します。出版業界とそのシステムには様々な改善・改革の必要があると思っているので、その取組みには大いに期待を持っています。
ただ、そんな今だからこそ取次各社にお願いしたい。同時に、業界全体の流通情報の公開・共有を進めて欲しいのです。 (さらに…)

(その2)自由な社会への道と版元ドットコムとの関係を考えてみた

(先週からの続き)

「本の未来を、私たち版元自身の手で切り開いていくために」などと、ずいぶん肩ひじ張ったものでした。

一年間の新刊点数が7万点をこえています。一日に250点ほどになるようです。
この「7万点」という数字をめぐっては、作りすぎだとか、粗製乱造などというように言われています。
でも、ぼくはどうもその「粗製乱造」論に納得がいきません。

実際7万点が「正しい」新刊点数かはよくわからないし、正しい新刊点数を考えたり決めようとしてもあまり意味があるとは思えません。
しかし、7万点という数はともかくとして、たくさんの本を出すことができる状態はとてもいい状態だと思います。
この、出せる自由、がぼくらの自由の度合いを表す指標となると思うからです。

自分が好きなもの、他者に伝えたい考え、などを出すことができる。
多くの本のなかから自分の好きなもの、知りたいことが書いてある本を選ぶことができる。
こうした自由を増やすことに、近代の人間が力を注いできたのだとすれば、せっかくの自由をへらすようなことはマイナスなのだと思うのです。

よく「こんな本を出すことが表現の自由ではない」といって、一部の本を批判する論調を目にしますが、そんな本を出すことも、自由なのだと
思うのです。
もし、ある本が本当に必要ないなら、買われなかった、という事実で退場させられればいいのだと思います。

いま、僕らが日々入手しているものは、ただたんに生存のために必要なものではなくなっています。
生きるために必要な栄養素として食事をしてるというよりも、おいしいものを食べようとしています。
コンビニの弁当でさえ、安さ・手軽さばかりではなく、おいしさを競っていますよね。
いかに栄養をとるかではなく、とりすぎた栄養をいかに燃焼させるか、のほうが問題です。
必要、ではなくって、好きなもを手に入れることが、今のぼくらには大切なんだと思います。
その程度までに、人間は畑を耕してきて、蓄積させてきた。

で、その好きなものを大切するって態度が、だんだんとうまくなって、他者の好きなものを排斥したりしないで共存できる態度になっていくのではないかな、と思います。

さて、版元ドットコムです。
版元ドットコムは主に小規模の版元(出版社)が結果的にあつまった団体です。
たぶん、出版傾向は、売れるだろうモノよりも出したいモノに傾いているんだと思います。

食べ物にたとえるなら、ニチレイの「冷凍・シュウマイ」ではなく、商店街のお総菜屋の「シュウマイ」だったり、つぶれかけたばあちゃんの店のものだったりするんだと思うのです。
冷凍庫にいれて、仕事で遅くなったときにチンしてすぐ食べられる「冷凍・シュウマイ」は便利だし、味だってずいぶんと工夫されていておいしいもんです。なので、それがいいという人も多いでしょう。
またべつに、総菜屋の「シュウマイ」を好きでこのんで買ってくれるひとも、そこそこにいると思います。
日もちしなかったりするけど、まあそっちが好きなんで、って感じで。

で、その両方があるから、ぼくらの食事は、選ぶ自由を増やすことができて、ついつい食べ過ぎてしまうのだとおもうのです。
総菜屋を選ぶこともできるから、ニチレイの「冷凍・シュウマイ」を選ぶ日もいい、ということになるのではないでしょうか。

小規模の版元が、自分の好み・一部の偏った好みの本をだしていて、全体の本の世界の選ぶ自由の幅が広がってるんだと思うのです。(大きな声では言いづらいですけど「小」があるから「大」があり得るんだぞ、と思ってもいます)

そこで問題は、しかし小規模の出版は、その本の存在そのものを知らせることがむずかしいということです。
東京にすんでるぼくは、大阪のある町のお総菜屋の存在を知りません。
ところが、版元ドットコムの存在は、インターネットという道具をつかって、少なくともその存在を知らしめる最低限のことを実現できるようにしたのだと思います。

あとは、よりいっそう自分自身の好み、一部の好みの本をつくっていくのです。
もちろん、それでもだれからも見向きもされなかったら、退場せざるを得ないかもしれませんが……。

沢辺 均(ポット出版)

版元ドットコムの「初心」を読み返してみる

版元ドットコムがサイトを公開したのは、2000年2月。テ ストサイトとして、データベースだけを公開し、販売システムは間に合 わなかった。販売を開始したのは夏。
その前年の1999年12月と2000年2月に版元を 対象にした説明会を開きました。
そのときに書いた「呼びかけ文」が下記のものです。

サイト公開から5年たった。
当時、版元ドットコムがめざしたものがなんだったのかもう一度ふりかえってみたいと思います。

私たちは、本のデータベース、ネットワークでの販売と決済、本のダウ ンロード販売のサイト(ホームページ)として、「版元ドットコム」 を、2000年3月に試験公開しようとしています。

この版元自身が運営する共同事業に、版元のみなさんの参加を呼びかけ ます。

私たちが版元ドットコムのサイトをつくるのは、版元こそが、「本の内 容」を全国の読者に知らせる責任があると思うからです。
読者が必要とする本の存在を知るためには、どんなタイトルの本があるかではなく、どんな内容の本が、何というタイトルで売られているの か、検索できなければなりません。
その事業は、版元自身が運営しなければならないと思います。
書協がデータベースを運営しています。取次が、書店が、販売のための サイトでデータベースを開いています。書協の基礎的なデータを版元が 提供しているのを除けば、取次と書店が私たちのつくった本を見ながら、データをつくってくれています。しかし、その本を熟知している版 元自身が、本来こうしたデータをつくって全国の読者に利用してもら い、取次や書店にも提供すべきだと思います。
また、本の内容を知らせることは、読者とその本と書き手のためである ばかりでなく、売上げという形で私たち版元自身のためになるのです。
ネットワークよって、「本の内容」を全国の読者にデータベースのサイトで公開することができるようになりました。もう、手をこまねいているわけにはいきません。

私たちは、相変わらず客注にかかる時間を短縮できずにいます。版元に届いた短冊の日付を見ると、ゾッとするほど時間の経ったものもあります。たぶん、「迷子」になっていたのでしょう。
客注にかかる時間の短縮にむけて様々な取組が必要だと思います。私たちは、その一つとして、ネットワーク上で決済し、送料無料で直接、版元からお客に送ることにしました。これで、注文を受けてから2〜5営業日後にはお客に届けることができます。
このシステムは書店にも直販するので、客注に迅速に対応してもらえます。書店と一緒にこの客注品問題を解決する、具体的な取組を版元自身もしていかなければならないと考えるからです。

ネットワークが拡大する一方、本の売上げが減少しています。いまほど版元に新たな取組が求められている時はありません。
本の企画や内容そのものを除けば、生産と流通でのデジタルの利用が、新たな取組の核心だと思います。
当面、本は紙の姿のままでしょう。しかし、その一部はすでに、CD-ROMなどやオンデマンド印刷という方法をとっています。ネットワークで、デジタルのまま、「本」が販売されてもいます。流通情報は、あらゆる面でコストのかかるVANでなく、インターネットが活用されるようになってきています。
私たちはこうした状況をくぐり抜けていくために、版元ドットコムが武器になると思います。デジタルとネットワークに親しみ、習熟していくのです。
紙の「本」をデジタルでつくっておけば、増刷をオンデマンド印刷にすることは容易です。サイトで販売するにはデータを変換するだけです。
書店の店頭での販売実績はネットワークで公開され始めています。受注・請求・決済をネットワーク上ですませている業界は珍しくなくなりました。
デジタルとネットワークは、これからの出版業界の基本になると思います。ですから、版元ドットコムを利用して、武器を手に入れるのです。

私たちは、この版元ドットコムに本のデータを掲載すれば、本が自動的に売れるようになるとは思っていません。日本のネットワークはまだ十分に成熟していません。しかし、情報の交換と通信が、ネットワークでおこなわれていくのは間違いありません。そのときを待っていては遅すぎるのです。今から準備すべきなのです。
私たちはこの版元ドットコムの会費を低コストにしました。入会金1万円、月額会費を2千円から5千円までに抑える見通しを持つことができたのです。
だからといって、すべての版元に参加して欲しいと考えてはいません。専門書の版元同士が横断組織で共同の営業活動をしているように、様々な版元グループが「内容検索データベース」をもち、独自のサービスを提供していって欲しいと思っているのです。
むしろ、そうした様々な版元グループのサイトを、いわば串刺しして本を探すといった、読者の活用の姿を思い浮かべるのです。そのために、様々なサイトと共同したり競争したいと思うのです。

本の未来を、私たち版元自身の手で切り開いていくために。

版元ドットコム幹事会社一同・2000年2月1日

ちょうど5年前のものです。
どうだったですか?

(次週に続く)

書誌データ・在庫データの重要性の認識が業界全体に広まってきたって話。

この1年、出版業界で、書誌・在庫データ(デジタル)が重要だ、っていう認識が格段に広がった感じが強くします。
5月の版元ドットコム会員集会には多数の参加者が集まったし、懇親会の会場で、取次会社とネット書店から「デジタルデータで送ってほしい」「送ってくれるところを優先しますよ」っていう発言があってますますその「感じ」が強まりました。
先日、「本屋の村」という、書店の販売管理システムを自分たちでつくっている「パソコン好き」の書店グループの人たちが東京に来たんで、一緒に昼飯を食ったんですよ。
パソコンにバーコードリーダーをつなげて、POSレジを実現しちゃってます。
お店のすべての在庫を単品で管理することもできます。売り上げデータをみれば、どの本がその書店で何冊、いつ売れたのかをみることもできます。
ユーザーたちのメーリングリストに入れてもらっていて、やり取りを読んでるんですけど、まあ、初心者的な質問があって、それにスタッフが答えたりしてます。電話で教えあったりもあるみたい。ほんとに大変だけど、パソコン好き書店だけの集団じゃないんですね。
で、その単品管理、ですけど、それを実現するのに一つだけネックがあります。だれもが使える書誌データがないってことです。
本に僕らがつけてるバーコードは、単に数字を示してるにすぎない。その数字(主にISBNコードですけど)をISBNコードを媒介にして書誌データに結びつけて、はじめてタイトル・出版社・著社名が出てくるんですよね。だから、あらかじめそのシステムに書誌データを入れとかなければならない(もちろん、ネットにつなげておいて、ネット上にあるデータベースみたいなところから瞬時に書誌データを引っぱってくることも可能ですが)。
で、その書誌データ、だれもが利用できるものがないんです。みんな有料だってことです。
日販・トーハンといった取次会社の有料サービスに入れば、その日その日の納品データなどもコミでネットワークからダウンロードして、取り込むことはできるんですけどね。他の取次会社から本を仕入れている書店はダメ。費用も覚悟しなきゃ。
昼飯を食いながら「本屋の村」の人たちに言われたのは、出版社が(あるいは業界で)そうした書誌データをだれでも使える形でネット上に公開してほしいってことでした。
もちろん、こうした要望に応えられるようにしよう、というのが版元ドットコムは発足の一つの動機なワケです。
なので「本サイトに掲載されている、書影を除く書誌情報は、販売・紹介目的での利用に限り利用を認めます」という一文を入れているのです。んで、さらに、よりダウンロードしやすいフォーマットでも公開することを約束してきました。

ネット書店が取り扱う本は、版元が在庫の有る無しを、デジタルデータで業界各社に送っているものに(ほぼ)限られています。
ですから、書誌データ・在庫データの整備と公開と送信が、本を売ることにますます大切なことになっています。
で、そうした「大きな(ネット)書店」に限らず、小さな書店にとってもこうしたデータが必要になっています。
一冊でも多くの本を売るためには、こうした小さな書店でも僕らの本を扱ってもらうことが必要です(ってここんところはホントは具体的なフォローが必要なんですけど、今回はそのことは無視して決めつけておきます。やっぱ小さな版元の本はどうしたって大きな書店が中心になってる実態と必然もあるんで)。
できるだけ早い時期に業界全体でデータの整備・公開を実現したいもんです。

「伝説のオカマ」は差別か

『週刊金曜日』の6月15日号に「伝説のオカマ 愛欲と反逆に燃えたぎる」という記事が掲載されました。このタイトルに使われた「オカマ」が差別だとすこたん企画が抗議しました。
この問題を深く検討しあう場として、ポット出版のサイト(http://www.pot.co.jp/)に『「伝説のオカマ」は差別か』というコーナーを開いています。
記事そのものや、経過、さまざまの人の意見などは、ぜひサイトを見てみてください。
で、僕の考えの要点を書いてみようと思いました。

第一に、差別ってなんなのかってことです。
ある基準で人間を区分けしてグループにして、丸ごとキラっちゃうことではないかな、って思ってます。
で、ある基準で人間を区分けするってコトは、しょうがないことだと。
グループにしてしまうことも、半分ぐらいはしょうがないことだけど、とっても危ないことなんで充分に注意すべき。
第二に、じゃ、あることが差別かどうかを、実際に判断するのは誰かってことです。
これは、「みんな」って思うしかないんじゃないか。
よく「踏まれたもの痛みは踏まれたものにしかわからない」っていうけど、これが今日の差別をめぐる問題の最大の誤りだと思ってる。
被差別者がうけた不利益の原因を機械的に差別にしてしまうことがあると思うんですが、これも気をつけなければならないポイント。
第三に、じゃ差別をなくすためにどうすることができるのか。
いろんな方策を立てなければ、差別を減らすことはできないと思うのですが、その大元の大元は、差別された人が「なにそれ? ばっかじゃないの。それで私をへこましたつもりなの」って思えちゃう、言えちゃう状況をつくることだと思うのです。

さてさて、メディアにおける差別と差別表現の問題をどう考えるか、です。
僕が『週刊金曜日』の編集長だったらどう対応するかな、っていうことで考えをまとめてみます。

まず第一に、抗議をうけたらどう対応するか、です。
僕は「じゃ、著者に連絡とって場を用意しますから、抗議は直接、著者にどうぞ」っていう意味のコトをいうと思います。
この記事は及川健二さんというライターの署名原稿ですから、著作権はもちろん、責任も著者にあると思ってます。
で、逆に言えば、常日頃から署名原稿に対しては、編集者としての意見などは目一杯いいますが、最後の判断は任せます。直す・直さないの最終決定権は著者にあると思うからです。
もちろん、その本や雑誌の基本的な狙いと大きくかけ離れていたりすれば、掲載しないという対処をすることもありだとは思います(その場合、原稿料を支払う・支払わないは、いま考えをまとめられてませんが)。
しかし、ただ知らんぷりするということではないですよ。その抗議の場には必ず同席します。
第二に抗議に対して、どう答えるかです。
もし、著者が「たしかに指摘のとおり、詫びたい」ということになったら、そのお詫びと抗議の内容を掲載します。
編集部としての、編集長として意見も掲載するかもしれません。
また、著者が「抗議には納得できない」となったら、その抗議をした人に、いかにその記事は差別なのかということを書いてもらって掲載します。
最後は読んでくれている人に判断してもらう、ということしかないと思ってます。
で、これで、抗議した人が納得しない場合にどうするのか? 
どうしようもありません。考え方がすりあわなかったんだから。

その記事が差別かどうかを判断するのは「みんな」でしかないと思うからです。
この場合の「みんな」は読んでくれている人、です。もちろん、抗議した人、された人(著者・編集部)も含んでいるとおもいますが。

僕が考えていることの要点を書いてみました。
『「伝説のオカマ」は差別か』というサイトをやってるわけだから、今度、もっとわかりやすく書いてみようと思ってます。
だから、http://www.pot.co.jp/ を時々見に来てください。