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神在月

神在月ウォークを楽しんできた。八百万の神々が全国から出雲に集まることから、この地方では10月を神無月とは呼ばない。松江城はライトアップされ、お堀には光舟と呼ばれる小舟がゆったりと行き来する。 (さらに…)

DVDオンデマンド – 夜明け前

エンターテイメント業界が大きく変わろうとしている。それも加速度的に。DRM(デジタル著作権管理)が整備されAppleのiPodの登場で音楽配信は短期間に消費者のライフスタイルを変えた。潮が引いたようにCDは売れなくなった。今では音楽再生は携帯電話の目玉機能である。

容易に予測できる「次」は映像である。圧縮技術の進歩によってインターネットから動画を見ることにストレスを感じなくなったと思ったら、ハリウッド映画が近い将来はダウンロードして鑑賞できるようになる。 (さらに…)

阪神と阪急

ライブドアの球界参入宣言で楽天誕生という漁夫の利を得たような決定に落ち着いた昨年。年が明けてWBCで盛り上がったのもつかの間、阪神と阪急の経営統合という衝撃的なニュースが現実味を帯びてきた。

筆者の取引先は主に欧米のIT企業。ゆえに、買収・合併に伴う多くの悲劇を見てきた。というかM&Aは売上げにかかわる大問題なのだ。ハンチントン教授の『文明の衝突』ほど大袈裟ではないが、AOL Time Warnerのような企業カルチャーの相違による摩擦は無数にある。 (さらに…)

笑う門には福来る

 正月から梅が咲く頃まで、私が住む湯島は多くの人が行き来する。泉鏡花の『婦系図(おんなけいず)』の舞台として有名な湯島天神に受験生が殺到するのである。
受験生の行動パターンはだいたい決まっている。絵馬に志望校を書き、神殿で参拝し、お神籤をひき、お守りをゲットである。受験を目前にして余裕がないことは理解できるが、折角の機会なので、是非、境内を散策してリラックスしてみるのはどうだろうか?「男坂」を昇ったところに明治の文明開化の象徴とも言えるレトロな「瓦斯灯」がある。瓦斯灯の登場によって、人々は夜も外出するようになったという。現在、東京の瓦斯灯は電気灯に置き換えられている。東京の屋外で「瓦斯の光」を見ることができるのは、この一灯だけである。
友達と待ち合わせをする場所は?最近は携帯電話があるので問題ないだろうが、江戸時代のようにお洒落に待ち合わせてはどうだろうか?境内に「奇縁氷人石(きえんひょうじんせき)」という石碑がある。これは縁結びの石であり、迷子しるべ石でもある。江戸時代には迷子や尋ね人を捜すために掲示板代わりに使っていたという。
因みに、湯島天神から少し北側に歩くと「無縁坂」がある。これが森鴎外の『雁』の主人公である岡田の散歩コースである。受験生には縁起が良くないので、無縁坂は今回はパス。しかし、一度散歩しておけば、鴎外の作品が試験に出ても大丈夫かも。湯島の切り通し(春日通り)を下って行くと南側に位置する上野1丁目には社団法人落語協会(黒門亭)がある。2階では週末に落語が聞ける。まっすぐ松坂屋前の上野広小路交差点まで進むと末広亭、そしてその交差点から上野公園の方向に進むと1857年に開場した日本最古の寄席である鈴本演芸場。そう、上野は落語のメッカである。おもいっきり笑って福の神を掴んでみるのはどうだろう?
「江戸の三富」(現在の宝くじ)として有名だったのは、谷中の感応寺、目黒の瀧泉寺、それに湯島天神である。境内は熱狂した人々で熱気に包まれていたという。
その様子を伝える落語がある。富久(とみきゅう)、別名は富の久蔵である。あらすじを紹介してみよう。「正月を越せない」と借金に困っていた幇間(ほうかん−客の機嫌をとり、酒宴を盛り上げることが仕事)の久蔵は、大金が転がり込むといわれて、残りものの富籤を買う。富籤を自宅の大神宮様の神棚に上げた後に寝込んでしまう。夜中に目を覚ますと半鐘の音が聞こえる。ひいきだった旦那の辺りが火事と聞いて駆けつける。幸いにも旦那の家は被害がなく、そこで火事見舞の酒をご馳走になるが、深酒をして寝込んでしまう。
未明に旦那に起こされる。今度は、自分が住んでいる長屋の辺りが火元であるとのこと。急いで駆けつけるが長屋は既に丸焼け。意気消沈した久蔵は、旦那の家に居候となる。
後日、湯島天神に立ち寄る。すると富籤の抽選が行われており、久蔵の買った富籤「松の百十番」が大当たりとなる。しかし、無情にも肝心の当たり札がなくては駄目と告げられる。
首を括ろうかと、とぼとぼと浅草方向に歩いていると、「大神宮様の神棚だけは持ち出しておいた」と近所の棟梁から思ってもみなかった朗報。大急ぎで神棚を調べていると、確かに富籤が。
「春から縁起が良いじゃねぇか。そんな大金どうする」と棟梁の尋ねに、久造は「大神宮様のおかげでございます。ご町内の御払いをします(借金を返して、大神宮に寄付する)。」
お後が宜しいようで。

Where is the beef?

Where is the beef? 直訳すれば「牛肉はどこ?」という意味であるが、これは1980年代、私が学生だった頃、ギャリー・ハート上院議員がアメリカ合衆国大統領選のキャンペーンで使って話題となったキャッチフレーズである。支持者達は、ハンバーガーを片手に「Where is the beef?」を連呼していた。彼が意味するところは、「肝心の中身は何か」を市民に問いかけたのである。皮肉にも、2004年、日本中で問題の核心が問われている。

まず、困っているのが吉野家(注:吉野家の吉はパソコンでは正しく表示されません)をはじめとする外食産業。正に、Where is the beef! である。吉野家が新メニューを発表した矢先に鶏卵、鶏肉へと問題が広がっている。まったく、お気の毒で慰めの言葉もない。一体、人間の「食」はどうして、このような事態に陥ってしまったのであろうか。牛に肉骨粉を食べさせたり、遺伝子を組み替えたり、自然生態系を壊したり。やはり我々は誤った道に進んでいるのではないだろうか?とても不安になる。私が学生だった頃は、農薬の問題や公害など、ある程度の努力と時間をかければ解決できるような次元の問題だったが、今、我々が直面している問題は、どうも抜本的な取り組みを行わないと解決できないように思う。

政治の世界では、また学歴詐称疑惑で連日のように報道されている哀れな新人政治家がいる。自分の取得した単位の計算もできないとは、滑稽以外なにものでもない。通常、アメリカの学生は単位数とGPA(成績の平均グレード)を常に非常に気にして大学に通う。GPAが悪いと大学院に入れないし、場合によっては奨学金がキャンセルされたり授業料が上がるからである。卒業するためには、事前に「この学期で卒業します!」と学部長に申請して、卒業のための費用を支払わなければないのである。お役所は何でも書類が不備だとか前例がないと受理しないが(高田・向井夫妻の子供のように)、立候補する時は、卒業証明書のコピーとかを提出させたらどうだろう。

東京にも異変が起きている。平成15年は六本木ヒルズや汐留など巨大ビル建設ラッシュの年であった。神保町も再開発で様子が大きく変わった。IT拠点を目指す秋葉原の再開発もすすんでいる。対照的に都心では続々と老人ホームの建設がすすめられている。それも結構な大きさのビルである。文京区では土地の値段が下落したせいで土地の取得が容易になり、老人を目当てにした商売が成り立つとの計算らしい。熱海・箱根・修善寺の老人ホームの老人達が都心に戻ってくると、老人の割合が増えて介護保険などの保険料が激増するのでは・・・。不要な高速道路も建築するそうだし、ああ〜不安。もう海外に移住しようかな。

元気な純国産製品

相変わらず元気のない日本であるが、日本製で世界的に大きな支持を得ているものがIT産業にもある。DVDとユビキタス(情報家電)である。この2つはコンピュータと家電という異なる分野を結びつけ、新しい市場を創出している。

DVD の規格は日本で作られ、英訳されてアメリカに渡り、ハリウッドで高い評価を得て、国際的な規格となった。ほとんどのDVDハードウェアは日本メーカーがイニシアティブをとり、出荷台数はテレビやファックスを上回る速度で急増している。ユビキタスという言葉自体は、ゼロックス・パロアルト研究所のマーク・ワイザー博士が1991年に提唱した概念であるが、ユビキタスのルーツは、それよりも前に開発されたトロン(坂村教授が開発したOS)にある。

今年初め、ワーナー・ホーム・ビデオのアジア総代表の長谷さんにお会いする機会を得た。長谷さんは東芝のDVD事業部長としてDVDを育て上げた功労者である。DVDという新しい技術がユーザーに受け入れられるかどうかという不安に苛まれながらも、新しい技術にチャレンジしていくことに興奮した過去10年を私に熱く語ってくれた。NHKの『プロジェクトX』のような話しである。

『プロジェクトX』といえば、坂村教授を取り上げた番組が4月15日に放映された(私の友人も映っていた)。トロンはMS-DOSが産声を上げた頃に開発された純国産OSであるが、政治的な理由でバッシングを受けた。パーソナル・コンピュータでは、Microsoft、Unix、Appleが主要なOSとして使用されトロンのユーザーは少ないが、多くのロボットや家電製品にはトロンが採用されている。キヨスクや情報端末の撤去が進む中、トロンとJavaを融合したOSで動く携帯電話の躍進は凄まじい。

利便性と引き換えに我々は個人情報保護という困難な問題に直面している。デジカメ携帯や監視カメラで顔写真を撮影し、犯罪者リストと照合(バイオメトリクス認証)したり、その人の過去を検索することが可能な時代が到来している。ジョージ・オーウェルが警鐘を鳴らした近未来に我々は既に足を踏み入れてしまったようだ。プライバシーは守られなければならないが、個人情報保護を間違った方向で法制化しようとする国があるのも困ったものである。

造本のスタイル

 聞いたことがない版元だなあ、と思われたことでしょう。小社は出版の仕事を始めたばかり。あまり深く聞かないでください。出版業界が大変なことも良く知っています。でも、やりたいんです・・・。とういうわけで、皆様に役立つ話しはできませんので、ご容赦を。

 恐らく私はかなり異なるスタイルの造本をしていると思う。翻訳出版という性格もあるが、レイアウト済みの電子データ(FrameMakerや QuarkXPressと画像データ)を海外の出版社から支給してもらい、特殊なデータベースを併用しコンピュータ上で上書きするというプロセス。出版業を始める前はローカライズという仕事に携わっていた。簡単に言うと、英語のソフトウェアの日本語版を作る作業。つまり、ソフトの機能やレイアウトを変更せずにメニューなどが日本語で表示されるようにする。ちょうど、外国映画の日本語版を作るようなものである。

 コンピュータ業界や映像産業は近年大きく変貌した。私が学生時代に出版された『第三の波』でトフラーが予言している事が既に陳腐化しているほどである。リニア編集からノンリニア編集、そしてDVDなどに代表されるマルチメディア&ポストプロダクション技術の進歩も凄まじい。昔は紙テープ式のテレックスで海外に電報を打っていたが、今ではパソコンでネットミーティングができる。電子メディアタイトルでは、モニタ画面上で犯人の画像上にメニューを表示させて、リモコンから「Enter」を押せば、その犯人の無実が証明される、などとストーリの結末を切り替えることさえ可能だ。インタラクティブ性が高くなって、静的コンテンツがテレビゲームに限りなく近づいている。

 これに対して書籍は未だ映像で言うところのリニア編集の世界である。もちろん、紙であるメリットも大きい。先月、大日本印刷の市ヶ谷工場を見学する機会を得た。活字の部署は電気が消えていて、社員は1人もいなかった。電算写植の部署も作業している人は僅かだった。これに対してMacで作業している部署には活気があった。ほぼすべての編集/製版作業はコンピュータによって進められている。しかし、最終的にはデジタルデータはアナログに戻され、巨大な輪転機にかけられ紙に印刷される。そして、アナログに戻された本をWebというデジタルの世界で販売しようとしている。う〜ん。不思議な世界だ。

 出版業に携わる前、漠然とではあるが、本の流通はカバーに印刷されているバーコードで管理されていると思っていた。インターネットで企業のホームページが登場し始めた頃、FedExが荷物をWebから検索/追跡できるシステムを構築した。元々インターネットにはGopherなどのアカデミックな検索システムがあったが、FedExは趣味的なWeb利用を商業利用にシフトさせる画期的なシステムであったように思う。たとえば「ISBN番号」、「2002年7月」、「東京都」をWeb上で入力すれば、検索結果として指定した版元の販売実績やインベントリが瞬時に表示されたり受発注が簡単に行えるビジネスモデルが近い将来確立されるかもしれない。

 出版の仕事を始めたものの現実は厳しく、取次会社さんや書店さんにも足を運んだが、なかなか難しい。色々と大変な出版業界。しかし、頑張ってやっていきたい。