〈寛容〉と〈統制〉のはざま
2016年は、いろいろと厳しい一年であった。中でも、4月14日、16日の熊本地震(2度の震度7)のダメージは大きい。仕事上も熊本へ行く機会が多く、知り合いの著者も多いため、震災に見舞われて以後の8か月間、精神的にいつもどこかに重苦しいものをかかえながら仕事をしていたように思う。
◆飯嶋和一と渡辺京二
そういう状況の中で、飯嶋和一という作家の重厚な歴史小説に出会えたことは、ひとつの救いであった。江戸初期のまだ鎖国以前の幕府直轄領長崎を舞台にした『黄金旅風』。それとほぼ同時代の島原・天草一揆に材をとった『出星前夜』。いずれも400字で1000枚をこえる大作(小学館文庫)である。1630年代の貿易商人たちが海外との貿易を活発化させようとしている時代に幕府がそれを規制して国民を無力化させ土地にしばりつけてゆくようすが、克明に描かれている。歴史観、人物描写、風景描写、生活用具、医術、貿易船の航海描写、農作物、騎馬術にいたるまで明快に詳述され、主観的な感情移入がほとんどなく淡々と文章が展開してゆく。思わず線を引きながら読み返す場面もたびたび出てくる。その筆力にひき込まれていくのである。〈寛容〉という自由で遊びを含んだ精神が生きていた時代から徳川家という規律のもとにすべてを〈統制〉して民衆を土地と家にしばりつけていく時代へと変わってゆく、激動の時代を資料の裏づけをもとにリアルに浮かびあがらせている。 (さらに…)