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国際シンポジウム

10月26日に鳥取県米子市で、また翌週29日には東京の市ヶ谷で、「本とコンピュータ」編集室では二度にわたり、東アジアの出版人を迎え、国際シンポジウムを開催した。以下、このシンポジウムを通して考えたことをメモ風に書いてみたい。

 海外からこのシンポジウムに参加してくれたのは、以下の4人。
 中国を代表する総合出版社(日本でいえば岩波書店にあたる存在)、読書・生活・新知 三聯書店の社長、菫秀玉(トン・シュイユウ)さん、台湾で大塊文化出版という書籍出版社を経営しつつ、Net & Booksという雑誌も発行しているレックス・ハウさん、かれは元商務印書館の経営にあたっていたこともある。この二方が編集者(出版人)としての参加。
 韓国からは「本とコンピュータ」でたびたびお世話になっている韓国出版研究所の白源根(ベク・ウォングン)さん。以上の三人が米子では津野海太郎の司会のもとでディスカッションを行った。米子のシンポジウムは、鳥取県の国民文化祭の一環である「大山緑陰シンポジウム」の演目の一つで、「新しい「本の時代をつくる」 〜東アジアの出版と読書のいま〜」という題で行われた。
 東京ではこの三方に、北京大学で図書館情報学の研究をしている李常慶(リー・チャンチン)さんにも加わっていただいた。日本側からは岩波書店社長の大塚信一さん、小学館の鈴木俊彦さん、講談社の吉井順一さん(このお二方はそれぞれの社における電子出版の責任者)、「本とコンピュータ」の編集委員でもある筑摩書房の松田哲夫さんとボイジャーの萩野正昭さんが参加した。シンポジウム「二十一世紀の出版文化を考える」と題して二部構成で行い、第一部「東アジアの伝統と電子化」では室謙二(国際版「本とコンピュータ」編集長)が、第二部「出版ビジネスの未来」では津野海太郎が司会をつとめた。……とまあ、ここまではたんなる事実関係なので駆け足で説明させていただく。
 とはいえ、これだけでもシンポジウムの顔ぶれがずいぶん多彩だったことがわかると思う。三聯書店と商務印書館といえば、中国の近代出版史を語る上で欠かせない老舗出版社だ。この2社の経営経験者が、日本で揃って話した機会ははじめてではないか。また中国、台湾、韓国、日本の東アジア4国の出版関係者があつまり、短い時間とはいえ、それぞれの国の出版状況をつぶさに語りあうことができた点でも得難い機会だった。
 
 さて、この後はシンポジウムでどんな話がされたのかを書くべきなのだろうが、司会も含めると、米子と東京でパネラーが総勢10名以上と、かなり大勢のパネラーが参加したので、それぞれがどのような話をしたのかまではご紹介できない。いずれこれは「季刊・本とコンピュータ」の紙面ないしウェブサイトで紹介すると思うのでそちらに譲るとして、ここでは二つのシンポジウムを主宰者側から体験しての感想を述べたいと思う。
 まず、全体を通じて感じたのは、東アジアの出版人の「健全さ」である。出版市場が抱える問題が国ごとに違うのは当然だが、構造的ににっちさっちもいかなくなっている日本の出版界とは違い、具体的な課題に前向きに取り組もうとしている姿勢が、東アジアの参加者からは共通して感じられた。もっとも、今回のシンポジウムの目的は、元気がなくなっている日本の出版界に、外からの空気によって活を入れようという目論見もあったので、そうでなくては困る。
 米子のシンポジウムでは「読書」がテーマだったが、若い世代が本を読まなくなっている、というあきらめにも似た話題しか出ない日本とは異なり、読書という行為に対する基本的な信頼を出版ビジネスにつなげていこうという意志を、海外からのパネラーからは共通して感じた。また電子メディアへの取り組みも、東アジアの出版人のほうがアグレッシブだと感じた。つまり、ビジネスとしての出版にも、文化としての出版にも、かれらは絶望などしていない。
 電子メディアとコンピュータとは対立するものであるだとか、人がこのさき読書をしなくなってしまうのではないか、といったような、日本の出版人を相手にこれまで「本とコンピュータ」で論じてきたような(やや文化的にすぎる)問題意識は、かれらはさほど持っていない。それよりもっとストレートに、「出版ビジネスに電子メディアはどう生かせるか」という前向きで具体的な考えをもっているように感じた。紙かデジタルか、などという教義問答をしている場合ではないのだな、と思ったのが個人的な最大の感想だ。日本の出版界は規模も大きいし、システムもできあがっているのだから、将来を悲観視するのはおかしいといった発言が東アジアのパネラーから相次いだ。まったくそのとおりだと思う。ここまで恵まれた条件で本をつくっている国など、世界中どこにもない。
 
 一言申し添えておくと、今回のシンポジウムは、米子では同時通訳の手を煩わせたが、東京では一部のパネラーが逐語通訳だったほかはすべて日本語で行った。今回の参加者が例外的なのかもしれないが、日本語を話せる出版関係者は、ずいぶん東アジアには増えているのでははないか。東アジアの面々が全員英語で話すという珍妙な風景ではなく、通訳もふくめていろんなクセのある日本語がとびかったおかげで、緊張の中にもどこか和気藹々とした雰囲気になったのは意外だった。
 もっとも、東京でのシンポが和やかな雰囲気となったのは、東アジアのゲスト同士がそれぞれ、一部では面識がすでにあったことと、さらには米子で初対面同士の方同士も寝起きをともにできたことが大きかったと思う。こういうシンポジウムが成功するかどうかは、客席の埋まり具合よりも(米子・東京とも予想より参加者が多く、まずまずの盛況だったが)、参加したパネラー同士、あるいは主催者とパネラーとのコミュニケーションのほうがじつはずっと重要である。米子から東京まで、およそ1週間にわたって東アジアの出版人と寝食をともにしながら話ができたことは、われわれ「本とコンピュータ」編集室のスタッフにとっても、なにより得難い体験だった。
  個人的な思い出としては、レックス・ハウさんが持ってきてくれた、彼が発行している雑誌「Net&Books」の美しさに感嘆した。オールカラーで横組み、図版を多用したビジュアルな本だが、書物と電子文化についての考察がつまっていて、なんというか「本とコンピュータ」と「インターコミュニケーション」とかつての「ワイアード」が一つになったような雑誌だ。「本とコンピュータ」も負けてはいられない。なんだかんだで、東アジアの出版人たちから結局いちばん刺激を受けたのは、シンポジウムを企画したわれわれだったようだ。

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