食指について
ひとの手は美しい。
老若男女問わず見とれてしまうことがある。ふと入った茶房で(ドトールなんだけどね)しばしの疲れを癒す。すると斜向かいのカウンターなんぞで女性がひとり、街ゆく人を眺め、肘をつきながらコーヒーカップを両手で抱いていますでしょ、それだけでわたくしはその奥方にきゅんとしてしまうのです。
先日、仕事の合間、上司と休憩がてら喫茶店に入りました。まだ開店したばかりだそうでお客はわたくしたちだけでした。そのお店は旦那さんと奥さんそして娘さん夫婦の4人で経営をなされているそうで、若旦那はご不在でしたけれども若奥さんがこれまたもう御美人でして、そのうえ御美人と若旦那との間にお生まれになった一歳半の女児が御美人に抱っこされていたのですが、この子もまた、子役NO1になれるのではないかと思うほど愛らしく、《目に入れても痛くないほど》とはその通りだろうなぁっと思いつつ、《口の中に入れて飴玉のように転が》したらなんともはや、幸せで良いやなぁ、これからいそいそと通おうと思いつつ帰り際、ひょんなことから女児の手を握る許しを得ました。といっても一緒に来た子煩悩な上司が赤ん坊の手を握りたくて、けれども人見知りしそうな女の子だからまずは無精なおいらを先にさせて、女の子が怯えて御美人の後ろに小さなまあるい顔を半分覗かせぎみに後じさりしたのち、すかさず悪者を退けて自分が優しく女の子に手を伸ばし、一歳半のあどけない尊敬と愛情と友愛とともにかわいらしいお手手を頂戴しようという腹づもり。とは知りつつもウルトラマンいやサラリーマンたるもの上司には逆らってはいけないものであるというほとんどサブミナルおよび飴なし『鞭』の条件反射的に刷り込まれてしまった金科玉条の前では従うしか他ならず、というより情けないことに勝手にからだが動くんです。さらに付け加えるならいつの間にやらわたくしの顔面は心の暗雲とは裏腹に、『ニカッ』っとしているようでああ、わたしは心を真白な月のなだらな斜面に置き去りにしてしまったサイボーグなどと心よりも冷たい脳味噌にあるであろう精神で考えつつもわたくしの最も熱い下半身で謀反をクワダてようとしている魂は
ああ、できることならあの御美人の手を握りたい・・・。
とかなうはずもない思いに胸トキめかせつつ、さっ今わたくしに与えられた仕事は1メートル弱先できょとんとしている間抜け面、ゴホンエーッあらためまして1メートル先でまばゆく光る御美人のおみ足・・・ごめんなさい。1メートル先で愛らしく内股ギミに佇んでいる女の子でしたね、それでもってわたくしはその子のかわーゆいお手手を握ろうとすれば良いのですね。ああでもお母さんの背中に隠れてしまうんだろうな、いやはやその前に『ぎゃー』などと破廉恥に泣かれてしまったらどうしよう、そしたらわたくしのカワイイ女の子に差しのべた指先は折れ曲がって鼻くそをほじるしかないではないか。そして女の子があわよくば『げっはっは』もっと淑やかに『おほほ』と笑ってくれたら御の字、途方に暮れてそのままにしていたら年が明けるまで鼻くそをほじくっているであろうわたくしを横目にというより営業スマイル36年、付加価値今年3歳になるご子息とのスキンシップAクラスの肩書きをもつ余裕とともに斜め45度上目遣いの眼差しでわたくしをせせら笑いながらほらみたことかおまえじゃ無理だ俺の出番ださぁおどきっとなんともみじめな気分で『きゅー』っと呻きながら退散せねばならぬのであろうなっと思いつつおなごの手手を握ろうとした瞬間!子役NO1間違いなしの女児が小さな手を心持ち差しのべてくれたではないですかーそしてさらに『パチクリ』としたお目目と『ボヨーン』としたおくちでにっこり微笑みを返してくれああ此処は南国トロピカルハワイアーンと言う気分にひたりながらああわたくしもあと30歳若ければこのおなごと恋に落ちたのであろうなぁと少しセンチになりながらもいやさあと20年後ロマンスグレーと乙女の恋がまだ残されているではないかと気を持ち直したのである。
とまあ人の手の美しさ、そしてその動きの妖しさ艶めかしさ辛さ悲しさを皆様にお伝えできたかと思います。ともあれ食指と言われる人差し指は指の配置の中でもたいそう優遇された位置にいるようです。わたくしはペンだこをつけた中指が好きなのですがその少し長めの中指に守られるように人差し指ははえていてそして突き指などをするのはいつも小指や薬指です。あまり苦労をしない指なのですが親指とともに物を掴む優先権を持っています。そして封建的な女性像を有したこの指のまさに特権は指さすことにあります。
命令を下すとき、ひとのからだや物に触れようとするとき、魔女が呪文を唱えながら魔力を放出するとき、なにかを得ようとするとき、リピドーの最初の兆しリピドーの本源的形式、ギュスターヴ・モローの『出現』、腕をしなやかに伸ばしこの指がけだるそうに何ものかを指し示すとき、人の手は最も美しい。