版元ドットコム

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版元のかたち

去る6月8日に版元ドットコムの会員集会があり,どんなものかと気になっていたのと,ジュンク堂書店の工藤恭孝社長の特別講演もぜひ聞いてみたいと思い,参加してみました。
会員集会の少し前に版元日誌に記事を寄せられていた某版元のかたと懇親会の場で話をしていて,「版元日誌の記事,面白かったです。あれは版元ドットコムから依頼があるのですか?」「そうそう。興味ある? 今度なにか書いてみる?」「いやいや,無理です無理ですー」というやりとりがあり。
それから10日ほどたったある日,版元ドットコムから「版元日誌」を書いてみませんか,というメールをいただく。
「……こ,これは!」
私も版元のはしくれ。執筆依頼をして断られるつらさも知っている。断れない……!
(話があったのかどうかは聞いておらず,たまたまの可能性も多分にあります)

申し遅れましたが,私の所属しているちとせプレスは「学びを愉しく」をコンセプトに,2015年に産声を上げ,何とか3期目に入ったところです。心理学を始めとするアカデミックな内容を多くの読者に届けたい,ということでスタートしました。とはいえ1期目には本は出せず,2期目になんとか5冊を刊行。軌道に乗ったとはまだ言えないですが,とりあえず出版社としてよちよちと歩き始めたところ。
以前は,かなり老舗の学術版元に所属していて,そこはそれなりに規模が大きく,各社員は営業やら経理やら編集やら特定の業務に特化して仕事を進めていました。私はずっと編集部門に所属していたので,編集まわりのことしか経験がなく,それ以外の業務についてはぼんやりと頭に入っている程度。それでも仕事がきちんとまわっていたのは,仕組みや組織としてちゃんとしていたからだと,いまになってあらためて思います。
ちとせプレスはいまひとり体制なので,営業,経理,宣伝,印刷所とのやりとり等々をやってくれる人はおらず,しかも経験がないのでいちから手探りで進める日々。編集に明け暮れていたときには,出版社の仕事のほんの一部分しか知らなかったことを痛感します。会社全体のことを見渡せているというのは,大変ながらも,新しく面白い感覚です。
以前は他の版元のかたと仕事の話をすることはあまりなかったけれども,いまは他の小さい版元の方と知り合うことも多く,いろいろと情報交換をしたり,教えてもらったりしています。みなさん,経歴も刊行物のジャンルも違うけれども,本づくりや販売を日々実践するプロたちで,勉強になります。ああ,出版はこんなにも広がりと奥行きのあるものなのだなと実感します。
もっとも,会社はひとりだけれど,流通はトランスビューさんにお願いし,経理は税理士さんのお力を借り,印刷所にも制作の一部を頼み,デザイナーさんに装丁をお願いし,もちろん書店では1冊1冊の本を読者に届けていただいています。そうした方々がおられなければ,仕事は成り立ちません。

版元「日誌」なので,今週あったことを少し書いてみると,
・月曜日:午前は組版中の書籍の図表をつくるために,画像ファイルを整理。午後は税理士さんに立ち寄り,2期目の決算の確認。その後,先週末にできあがった本を訳者にお届け。
・火曜日:午前は新刊の献本先・販促先の検討と入力。書店DM用のデータを整理。その後,取次に見本を届けて,戻ったら進行中の企画の日程調整やら原稿の督促やら。
・水曜日:組版中の書籍の図をIllustratorで作成。きれいにできると嬉しい。ある雑誌に既刊書の紹介文を掲載してくれるので,その内容の確認など。
・木曜日:何カ所かに本を発送。午後は,とある単著企画の打ち合わせ。前に進みそう。電子書籍のデータが届いていたので,そのチェック。
・金曜日:版元日誌を書く(いま),午後は電子書籍の修正箇所を伝えて,献本・販促の発送の予定。
ちなみにこの間,日々の売上データを確認し,(出先でも)書店や印刷所からの電話を受け,届いた荷物を受け取る,ということが散発的に入ります。

先日,タバブックスの宮川さんが「大きくしなければいけないか」という記事を版元日誌に寄稿されていました。下北沢にオフィスがあったら楽しそうだなあと思いつつ,それはさておき宮川さんは会社を始めたら大きくしなければいけないか,ということを問われていて,出版社は小規模化,スモールビジネスになっていくのでは,という文章を引かれていました。

たまたま先日税理士さんとお話した際も,「今後どのような見通しをもっているのか」と聞かれました。ひとりがいいとはまったく思っておらず,もう少しは大きくしたい。では3人? 5人? 10人? 30人?100人?? あまり深い意図もなく,「10人くらいの会社にはしたいですね」と答えました。
大きい版元にも,小さい版元にもそれぞれ特有の意義や楽しさや大変さがあるだろうから,それこそ「正解」があるわけでもない。そもそもある程度売上がないと増やせないし,一緒に働きたいと言ってくれる人がいるのかという問題もある。でもまあ「10人くらい」は,目標として妥当な気もするし,会社全体のことをみんながきちんとわかっている,という感覚も残っている……かな。

編集者のときには,「編集者は企画と刊行物で語るのだ」と思っていました。あの企画はどうだ,あの本はどうだ,あの著者はどうだ,と批評するだけでは編集者の仕事とはいえない。机上の空論のような企画にも意味はない。実際にどういう企画を立て,どういう刊行物を出しているかで,編集者は語るしかないのだ,と。
いま,版元としても業界のことを物知り顔で語るのではなく,やはり刊行物と,あとは営業や宣伝・広報などの「アウトプット」で語るのがよいのだろうと思っています。そこでは,「老舗」とか「ひとり」とかは,本質的なことではないのだろうとも思う。何を生み出して,誰に何を伝えられているか。
通常の紙書籍の刊行だけでは市場が先細りになりそうだと危惧していて,全点を電子書籍でも刊行したり,ウェブ記事を配信したり,英語の本を海外で出そうとしてみたり,新しい広告手法を使ったり,と試行錯誤していますが,まだまだ大きな成果には結びついていません。でもやれることはいろいろあるし,実際にやらないといけないとも思います。

なんにせよ,いまはまだ道半ばです。正直なところ,版元日誌を最初ためらったのも,他の版元のかたなどにお見せして意味のあるものがまだあまりないのではないか,と思ったからでもあります。でもいつだって途上なのだし,いまのことを書いて残しておくことには意味があるとも思いました。
数年後,10年後,ちとせプレスは何にどう取り組んでいるのか,そこで私は何をしているのか。はたして10人くらいの会社になっているのだろうか。それともひとりでやっているのだろうか。1日1日が将来につながっているわけなので,チャレンジしつつ地固めしつつで前に進んでいきたいと思います。

ちとせプレスの本の一覧

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