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残る本、残さない本

出勤と退勤の電車のお伴に、図書館で借りた本をよくカバンにしのばせています。いえ、刊行後1年以内の新刊本を借りることはございません。ほとんどが刊行後数年経って本屋にも並ばなくなった本です(と言い訳をしておきます)。初めて読む本を借りることが多いのですが、ふと思い立って、庄司薫の『赤頭巾ちゃん気をつけて』と近藤紘一の『サイゴンから来た妻と娘』を久しぶりに読み返してみたら、これがまあ猛烈に懐かしくておもしろいのです。三十年、四十年経っても色褪せない…とは言いませんが、その褪せ方すらも何とも言えぬいい味になっていました。
 庄司薫の赤黒白青シリーズや近藤紘一のベトナムものは、若い頃に夢中になって繰り返し読んだ本です。幾度かの引っ越しで、おそらく段ボール箱の中で眠ったままになっているはずです。こういう時、図書館は便利ですね。でも、何気なく調べてみたら、この2冊、今でも新刊で買えるではありませんか。しかも、どちらも複数の出版社から文庫本が出ている。なんとも不思議な気持ちがしました。

 小学校の「おやじの会」で、「おやじの本棚」という企画が持ち上がりました。単に昔読んだ本を紹介するのではなく、商店街にある本屋さんに協力してもらい、特設コーナーに推薦本を並べ、子どもたちに本屋に足を運んでもらおう、実際に手に取ってもらおうというものでした。もちろん、私はこの企画に全面的に賛同し、選定に協力しました。新刊で買えることが条件ですが、幸いにも、会員から寄せられるタイトルのほとんどが今でも読めるものでした。「怪盗ルパン」や「少年探偵団」もあります。今となっては時代錯誤とも思える作品がしっかり読み継がれているのは驚きです。ルパン・シリーズはポプラ社の南洋一郎訳で揃えました。原作に忠実な翻訳ではないとの批判もありますが、我々は南版ルパンで育ってきたのですから。選定に際して、改めて南版を読み直してみましたが、正直なところ、こんなに読みにくかったのかと驚きました。「予審判事」って何だよ? 十分大人になった今でもわからないものはわかりません。もちろん、十歳の子どもにすべて理解できたわけはない。でも、わくわくしながら読み通したのは、文章に力があったからなのでしょう。
 こんなふうに書くと、「昔は良かった、今は不作だ」と捉えられるかもしれませんが、決してそうではなく、今の書き手の作品にも素晴らしいものは多いのです。但し、昔とは較べものにならないくらい選択肢が多くなり、選ぶ前に疲れてしまうのですね。「おやじの本棚」では、今の書き手の本もたくさん選びました。必ずしも「良質な」本ばかりではないかもしれませんが、読んだ人に喜んでもらえるセレクションだったと自負しています。

 岩波新書や中公新書や講談社現代新書が輝きを失ったのはいつの頃からだったでしょう? それらが輝いていたのは(庄司薫や近藤紘一の頃は少なくともそうでした)、人びとがまだ「不変の真理」という幻想を追い求めていた時代だったのかもしれません。現代は違います。絶えず変化する動きの一瞬をいかにうまく切り取るかが勝負です。出版社も、時流に乗って、ぱっと売って、すぐにモトを取ったらさっと絶版にしてしまえる本を作るべし。細く長く売れるようなのは最悪、在庫管理や重版のタイミングに悩むだけで、いいことなんか何もありません。残さない本を作ることが出版社の生き延びる道ではないでしょうか。そんな出版社に私はなりたい!
 鴻上尚史のエッセイのまえがきにこんなことが書いてありました。鴻上さん、若い人と飲んだ時に自分の著書を紹介して「読め」と言うと、若者は「その本はもう買えなくなっています」と答えます。慌てて版元に電話したら、「とっくの昔に絶版になっていますよ」と言われて愕然としたとか。そんなことが一度や二度ではなかったそうです。若い頃に力を入れて書いた、思い入れの強い本だっただけに、鴻上さんの気持ちは察するに余りありますが、これが現状なのですよ。

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 さて、前置きが長くなりました。弊社はこの夏、『一塊のパン―ある学徒兵の回想』(上下)(上尾龍介著)という本を刊行致しました。著者の「何としても残しておかなければ…」という思いに応え、2冊の本の形にするお手伝いができたのは、何よりの喜びです。お蔭さまで、シベリア抑留や、その後の北部朝鮮への「逆送」などの記述は、貴重な証言としてマスコミで取り上げられることになりました(読売新聞やNHK福岡)。シベリア抑留のことにスポットが当てられがちですが、学徒動員になる前の北京での学生生活の話も活きいきと語られていて読ませます。と、版元として強調しておきます。
 しかしながら困ったことに、これがまあ細く長く売れそうな本なんですわ。

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