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「重版にまつわるエトセトラ」

 2015年10月末に発売して以来、順調に版を重ねている『絵はすぐに上手くならない』(成冨ミヲリ・著)は、書評も出ていないのにTwitterなどで話題を呼び、毎月のように重版し、ただいま15刷りに到達しております。

 また、2016年末に刊行し、わずかひと月で重版が決定した『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』(嵯峨景子・著)や、2017年1月15日の「朝日新聞」の書評が効果てきめんで重版となった『メイキング・オブ・アメリカ』(阿部珠理・著)、さらには、こちらも発売ひと月足らずで重版が決定したばかりの『実験する小説たち』(木原善彦・著)と、弊社にしては珍しく(笑)、重版ラッシュが訪れております!

 そんな折だからこそ、今回は、小出版社における、「重版」について考えてみたいと思います。(ただし、弊社のように委託部数が多い場合の話になります。注文出荷制をとられている版元さんなどの場合は事情が異なること、最初にお断りしておきます)

【部数と定価について】
 本を出版する場合、何を考えることが必要でしょうか? むろん、本文がおもしろければならないし、本にする意義、価値がなければどうにもなりませんので、それは、担当編集者のお目にかなったという前提で話を進めますが、装丁やタイトルなど、いわゆる「コンテンツ面」が重要なことは他言を要しません。ここまでは、完全に編集担当者の責任だと思います。
 それから、いよいよ印刷所へ入稿する折に、用紙入れなどもあるので、「部数」を決めなければなりませんね。当然、事前に営業部が書店や図書館、取次ぎなどへ営業に回り、いわゆる「事前注文」を積み上げるわけですが、これもコンテンツによって書店や図書館などからの反応がまちまちです。「事前注文」と、本の判型、造本、ページ数などなどを加味して、部数決定(部決)をするわけですね。
 ただ、弊社のような学術書を編集の大きな柱にしている版元では、著者の先生が書かれた書籍を授業でテキストとして使用されるのかなど、付帯条件をも見当して、部決しなければなりません。あまり多く刷れば、在庫を抱え、倉庫管理費もかかります。かといって、あまり絞りすぎてしまうと、在庫切れになってしまう恐れもあります。
 どの版元さんもそうでしょうが、部決には頭を悩ましていることと思います。
よく出てくる議論が、「値段を下げれば売れる」というものですが、これもコンテンツ次第だと思います。学術書については、値段を下げたからといって、もともと買う層が限られていると思いますし、値段を下げるということは、部数を上げなければ粗利が出ないということにもなります。
 そうですね、粗利を出すためには、もっとも効果的なのは、高単価で部数が多い、ということですが、これはよっぽどの幸運でもおきない限り、あまり望めません。次に考えるのは、単価は高く設定して、部数を絞る。単価を上げれば、部数が少なくてもなんとか利益を出せるという考え。次に考えるのは、これはいけるはずだ、という希望的観測も含めて、単価を下げて部数を多く刷るということでしょうか?
多かれ少なかれ、このような考えで定価とのバランスを考えて部数を決定する版元が多いのではないかと愚考しております。
弊社の代表は「出版はロマンだ」とよく口にしますが、たとえ事前注文部数が少なくても、この本はいけるはずだ、と思えば、定価を下げて部数を多く刷ったほうがよいと思います。ただし、ここで肝要なのは、編集担当者が、部数を多く刷ってほしいと希求した場合、営業にもその情熱が伝わり、さらに営業も「売ってやる」という気持ちが盛り上がることだと思うのです。そして、編集は作るまでが仕事ではなくて、本が出来た後もSNSなどを駆使して広げるなど、拡販に努めるのも編集の大きな仕事だと思っていますので、多めに刷った場合にはとくに、それらの意識を高めることが必要だと思います。
 要は、編集、営業問わず、この本はいけるはずだという思いがつよければ、単価を下げて多めの部数を刷ればよいと思うのです。
 当然、多く刷れば在庫を抱えるというリスクも伴いますが、直接製造原価である印刷費や製本代の「単価」がぐっと下がります。多く刷る場合の最大のメリットはここだと思います。
版元によっては、頁単価幾らと決めてあり、頁単価×頁数で本体価格を決める事もあるようです。弊社も学術書の場合はその路線も考えますが、書店での展開を考えた場合、この方程式はあえてあてはめず、部決することもあります。いずれにせよ、部数は定価との絡みがありますので、なかなか難しいですね。

【在庫がなくなった! 場合】
営業から「思ったより勢いがよくて、在庫が少なくなりました!」という連絡って、非常に嬉しいものですね。
でも、ここで、急いで重版を決定はできません。本の場合、他のメーカーとは違い、いわゆる「返品」がありますので、ここで重視しなければならないのは、倉庫から市場に出た「出荷率」と、市場で実際に売れたかどうか、いわゆる「消化率」を混同しない事です。
 「倉庫に在庫がない」=「実売」ではなく、あくまで、自社倉庫に在庫がなくても、書店や取次ぎなどいわゆる「市中在庫」がある=「消化率が悪い」場合、実際に売れているわけではないので、いくら手持ちの在庫がなくても、急いで重版してしまうと、いずれ市中在庫が返品され、世に言う「重版貧乏」になってしまうのです。
 在庫が手薄になっているのに、客注が入って来ると、ほんとうに焦ってしまうし、ここで重要なのは、「売り逃し」をしてしまうことです。まあ、うれしい悲鳴なのですが、ここでみんな呟くのです。「もう少し初版で刷っておけばよかったなあ……」と。でも、それは後の祭りです。ここで、消化率を見定めながら、損をしないように重版をぎりぎりまで待つ、あるいは、消化率が悪くても、売れる算段をつけて、在庫切れゆえの売り逃しを避けるために重版に踏み切るかだと思います。僕個人の見解としては、勢いがある以上、重版しちゃえ〜、というものですが、編集担当の一存では決められませんので、これは営業や社長の判断が重いです。僕が20年程前、この業界に首をつっこんだ最初の小さな某版元では、客注のスリップが100枚溜まったら重版するというローカルルール(笑)がありました。むろん、100枚溜まるには時間がかかり、よく電話で「客注出してから1年以上経っているんですけどいつ重版するんですか」などと電話番していて言われた記憶があります。
 いずれにしても、たとえ一人でも、求めてくれる読者がいらっしゃる以上、お手元に届けてあげたいのは、どの版元さんも同じだと思います。

【重版するきっかけ】
 きっかけと言いましたが、基本的にはコンテンツ次第だと思います。新刊に関連した映画があるとかなんだとか。しかし、要は、身もフタもありませんが、世にマッチしたコンテンツだったとか、類書がなかったところに出したら受けたなどなど。
 たとえば、冒頭に紹介した『絵はすぐに上手くならない』という本は、僕の編集担当本ですが、著者には申し訳ないのですが、ここまで売れるとは思っておらず、初版はかなり絞った部数でスタートしました。ところが、部決して、入稿直前に、アマゾンなどでの予約数が尋常でなく、営業から「その刷り部数では足りません」となり、僕自身、初めての発売前の重版という経験をしました。これは結果オーライではありましたが、コンテンツに対して、編集担当である僕が、もっと自信をもって多めの部数を会社に提案すべきでした。この本に関しては、書評がまったく出ておらず、ほんとうにTwitterなど、SNSでの口コミのみで広まっているようです。むろん、営業が独特なポップを作ってくれたりして地道に営業活動をしてくれているお陰で、順調に版を重ねることができて、ロングセラーになっていることもありますよ!
 また、発売わずかひと月で重版になった『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』も、編集部の同僚の担当本ですが、編集担当がSNSを駆使して広げるなど努力していることが何よりですし、著者もTwitterで広げています。ただ、この本に関しては、SNSの力というよりも、ありそうでなかった本ということが一番大きな反響の原因だと思います。いわゆる「企画力の勝利」ってやつでしょうか…?
 同じように、瞬く間に重版決定の『実験する小説たち』も、同じだと思います。営業が各書店でフェアを仕掛けていることも大きいですし、類書がない、ということも大きいと思います。
 また、2016年10月末に出して、重版出来の『メイキング・オブ・アメリカ』は、アメリカの研究書を大きな柱に据えている彩流社としては、とても嬉しい重版です。むろん、内容がしっかりしたアメリカの通史であり、トランプ政権になって、ますます格差社会が強まる恐れがあるからこそ、アメリカが建国以来、不平等で、不寛容で格差社会の国として成り立ってきたことを淡々と書き連ねている本書が読者の反応を得ているでしょうし、朝日新聞でも書評に取り上げられたのだと思います。むろん、重版決定した直接的なきっかけは書評ではありますが、書評が出たからといってすべて重版するわけではないことは、各版元さんも痛い程実感しているはずです。

【重版するメリット】
 重版する場合の最大のデメリットは、先にも触れたように市中在庫がいずれ返品されて、初版売り切れにしたほうが粗利がよかったのに、という展開になることだと思います。しかし、これにはからくりがあって、品切れで重版するかどうかのときには、とにかく本が動いているわけで、このときに、重版をしないでいると、「売り逃し」が響いてきます。つまり、たとえばの話ですが、3000部の初版でスタートし、消化率がさほどでもないけれど、品切れになったので、重版を1000部決定したとします。すると、刷り部数は4000部となります。
 それで半年後、返品も落ち着き、データをみると、実売数が2800部だとします。すると反省点として持ち上がるのが、あの1000部重版しなければちょうどよかったという議論。しかし、2800部の実売のうち、実は1000部重版した分から何百冊かは確実に売れているわけで、もし、1000部重版せずに品切れにして「売り逃し」していたら、ひょっとすると、この本は、実売は2000部程度だったかもしれません。いずれにしても、重版するほど初版の在庫が切れる場合には、勢いがあるうちに重版することをお勧めしたい訳です。
 また、メリットとしては、初版に比べて重版の場合は、いわゆる「組版代」や「デザイン料」、そして「編集費」といったソフト面が掛からない点があげられます。ただ、DTPなど、インデザインでできますので、かつてほど初版と重版時では差額がないということもあります。出版の景気がよかったときには、重版以降は「お金を刷っているようなものだったよ〜」と諸先輩から聞いたこともあります。(いい時代でしたね…笑)
 また、最大のメリットは、はやり、「重版=売れている」というこれ以上にない宣伝効果があるということでしょうね。まあ、実際に売れているのですが…。

 なんにせよ、「重版」という響きは、非常に版元としては嬉しく、著者も書店も取次ぎもみんな喜ばしくなりますので、今後も、「重版貧乏」にならないように、意識しながら、重版していく書籍を作って参りたいと思います。そして、小ロットで判を重ねていく、つまりは、一気に部数を刷って一気に売れるようなベストセラーはなかなか宣伝費などもかけないとうまくいかないもので、ちょっとずつ刷って版を重ねていけるような、ロングセラーを作っていければよいなあと、弊社のような小出版社は思うわけです。
むろん、重版しなくても、小部数でも良書をしっかり作っていくことも、地に足着けて意識しながら……。

(蛇足)
わずかひと月で重版した書籍の担当者とある先生と打ち合わせをした折、僕が、「この後輩は、ひと月で重版したので、これからは「重版ガール」と呼んでください」と冗談を言ったら、「「重版出来!」と「校閲ガール」のおいしいとこどりじゃんか!」と言われました(笑)。

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