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ハイキング専門月刊誌『新ハイキング』の誕生とそのルーツ

 新ハイキングは今年で発刊65周年を迎え、10月25日には祝賀会を開催準備しています。『新ハイキング』はマニアックなハイキング専門の月刊誌として、少部数ながら知る人には熱烈の支持をされ50年以上購読を続けている読者を多数抱えながらです。
そこで改めてその誕生のいきさつと、ルーツを辿ってみることにしました。

 第2次大戦後に、小林玻璃三が勤めていた銀行の地下倉庫に残してあった私物の写真引き伸ばし機などが、終戦間近の猛烈な戦災にも免れて辛くも残った。小林はこれを売ったお金を基に戦前の山の仲間へ呼びかけてハイキングの復興をしようと考え、新聞広告を出すことにした。昭和20年11月14日の毎日新聞に3行広告を掲載したところ、昔の仲間たち全部と連絡がついた。そのほかにも広告への問い合わせがあった人たちへ入会案内のはがきを出し、会費の払い込みをしてもらった。これを元手にし、他の新聞も含めてまた新聞広告を出す。これを繰り返して300人以上の会員が集まった。これが今日の新ハイキングクラブの始まりとなりました。昭和21年2月に謄写版刷りの会報創刊号を出し、また山行計画は会報とは別刷りで6月から発行されていた。
創刊号015 昭和24年暮れごろから澤田武志(初代会長)が、ハイキング専門雑誌を発行したいとの志を持ち、出資者から発刊の条件とされていた関東一円の私鉄7社全てからの広告予約を取り付けた。小林、澤田以外に、岩崎京二郎、木頭貞男が出資者となって昭和25年5月に隔月刊の雑誌『新ハイキング』創刊号が4000部印刷されて、ここに初めて雑誌としての『新ハイキング』が世に出ることになった。これをもって『新ハイキング』創刊とし、今年で65年目を迎えることとなりました。
 これには以下のような前史がありました。
 昭和7年に『ハイキング』が小池利兵衛の手によって発行され、紙の統制が厳しくなった昭和18年6月の119号まで続いている。17号から川崎隆章が編集者となり、次第に声価が高まっていった。この川崎隆章が編集を退くに当たって慰労会を催すことになり、それまで名前は知っていても顔を知らない者同士が集まったその会は、執筆者の懇親会のようになった。これ以降も集まりは続き、「ハイキング・ペン・クラブ」が発足した。この仲間によって、昭和14年以降毎年のように『奥武蔵』、『丹沢山塊』、『東京附近百名山』、『新しき山の旅』、『山岳ノート』と5冊の単行本が出版され、我々にとってなじみの深いコースの紹介がされている。この仲間たちが戦後にこの『ハイキング』を受け継ぐ形で新ハイキングの中心メンバーとなって創生期・発展期の新ハイキングを支えていくこととなりました。
 なお、この誕生のいきさつについては1990年発行の『新ハイキング』別冊3号に、生みの親である小林玻璃三会長(当時)が詳しく書かれているので、それを要約する形としました(ご興味がある方は、まだ若干冊在庫があるので、新ハイキング社にお問合せください)。
 
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