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「明治日本の産業革命遺産」をきっかけに忘れられた歴史について考える

◆世界遺産は、正の遺産と負の遺産を合わせもつもの◆
 5月5日付の新聞各紙の1面は、ユネスコの諮問機関イコモス(国際記念物遺跡会議)が「明治日本の産業革命遺産」を世界遺産に「登録」するよう勧告したことを報じた。これに対して韓国政府は、強制徴用された施設が含まれているため世界遺産登録に反対している。この話は、ちょうど著名な人物の評伝をまとめようとしたとき、遺族から「俗な汚れた側面は削ってもらいたい」というクレームに似ている。歴史の事実は常に聖と俗を合わせもっている。その片方の俗な部分を記録からはずすということは、事実をゆがめてしまうということになる。歴史上の事実の評価に現代の政治的な感情を持ち込むことは、まったく意味のないことだと思う。
 小社では、2005年から、各地に残存する近代化産業遺産をエリア別にまとめて刊行してきた。『九州遺産《近現代遺産編101》』を嚆矢として『北九州の近代化遺産』『筑豊の近代化遺産』などエリア別のシリーズと、『日本の石炭産業遺産』『日本の鉱山を巡る《人と近代化遺産》上』『三池炭鉱遺産《万田坑と宮原坑》』などテーマ別のシリーズを合わせて14点(近刊も含めると15点)刊行中である。7月上旬の世界遺産「登録決定」を期待している。
 また、日本初の世界記憶遺産に登録(2011年5月)された山本作兵衛の炭坑画等があるが、この原画展が筑豊(田川市)以外の場所では初めて、福岡市博物館で開催される。原画120点(墨絵60点、カラー水彩画60点)はかなり充実した展示になると思う。期間は6月6日(土)から7月26日(日)まで。小社版関連本としては、『山本作兵衛と日本の近代』がある。
 近代化産業遺産、世界記憶遺産を紹介した本をきっかけとして、現地まで足を運ぶと、あの時代があったから今がある、「近代化」があったから「現代」がある、そう思えるようになる。それがよかったのか悪かったのかは一概には言えないが、時代が要求した変化であったことはまちがいないのだろう。近代化遺産を観察するということは、変化することがよいのか、変化しないことがよいのか、そのバランス感覚を確かめるよき機会になるだろう。

  

◆近代化の原点=幕末◆
 「近代化」をせざるをえない状況下にあった幕末を、近代化の象徴ともいえる蒸気船(=黒船)の製造およびそれを操縦するための人材養成所として長崎海軍伝習所と長崎製鉄所(現在の三菱長崎造船所)が設置されたのが1856年。ここからわずか十数年で、蒸気船を造りあげた当時の日本人は、傑物ぞろいである。そういう近代産業化の礎を築いたという事実はまさに奇跡的と言える。この幕末期の十数年を中心に「蒸気船」をキーワードとしてまとめたのが、『幕末の奇跡――〈黒船〉を造ったサムライたち』である。「明治日本の産業革命」はここから始まっているといってもよい。

◆日露戦争後110年、太平洋戦争後70年◆
 戦後70年ということばが注目されているが、時代の奇妙さ不可解さからいえば、日露戦争後(1905年)から太平洋戦争終結まで(1945年)の40年間のほうがもっと注目されてよいのではないかと思う。伊藤博文暗殺、日韓併合、第一次大戦、シベリア出兵、関東大震災と朝鮮人虐殺、大恐慌、満洲事変、5・15事件、血盟団事件、2・26事件、日中戦争など、この間におこった事件と時代状況は、やはり奇妙でわかりにくい。現代の今の状況と似ているということはよく言われている。小社でもこの40年間の局面を扱った本は、意外と少ない。『伊藤野枝と代準介』『よみがえる夢野久作《「東京人の堕落時代」を読む》』『日露戦争時代のある医学徒の日記《小野寺直助が見た明治》』『霊園から見た近代日本』『橋川文三・日本浪曼派の精神』などがあるが、共通して問われていることが、当時進行中だった「西洋化」=「近代化」に対する批評である。心のどこかに、日本の古き良き慣習が失われることへの怖れと後悔の念が根づよくあり、近代化を受け入れながらも反発する。それが奇妙な行動となって現れた時代だったように思う。
 過去の歴史を学び直すのは、難しい。特に太平洋戦争後、連合国軍総司令部(GHQ)による占領と言論統制が行なわれた期間(昭和20年~昭和27年)は、占領軍の検閲を受けた物のほとんどが接収され、アメリカ合衆国・メリーランド大学内のプランゲ文庫に収容されたため、その閲覧が可能になるまで研究が進まなかった。その資料が閲覧できるようになったことにより当時、別府市(大分県)で発行されていた52種類の新聞から戦後のリアルな世相を研究した人がいる。その成果を『占領下の新聞――別府からみた戦後ニッポンの世相』として7月に刊行の予定だ。昭和21年頃の別府は占領軍の基地が建設され、温泉保養地でもあったため、基地労働者、引揚者、復員兵、戦災孤児、街娼、闇商人がなだれ込み、娯楽も多く犯罪も多かった。伝染病も流行するなど、様々な話題をかかげた新聞が検閲を受けながら発行されている。全国紙では報道しえない世相が読みとれるのがおもしろい。戦争は、負の遺産を産み出すが、人間のすばらしさと醜さを同時に露呈させる魔物である。あらゆる事実から眼をそらすことなく記憶しつづけたいものである。

    
 
 
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