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二十一世紀になってはみたものの

 「めるくまーる」という小さな出版社に籍を置く梶原です。あと数年で還暦を迎える年齢ではあるが、この業界でのキャリアは6年の新人でもある。以前はまったく異なる業界にいたが、50歳になったのを機に出版業界に転職した。この6年は、見るもの聞くものすべてが新しく刺激に満ちた毎日であったが、それと同時に出版業界の厳しさを思い知ることにもなった年月だった。
 二十一世紀になって早いもので15年目を迎えた。私が子どもの頃、二十一世紀と言えば夢と希望に満ちた世界の代名詞であった。科学の進歩によって人々が幸福に暮らす輝かしい未来、希望に満ちた世紀の象徴であった。1970年の大阪万博は「人類の進歩と調和」をテーマに輝かしい未来を描いて見せた。はやく二十一世紀の世界を見てみたいとワクワクしたものである。
 当時小学生だった私には、今でも鮮明に覚えていることがある。ある出版社から出されていた付録が楽しみな雑誌「科学」に載っていた原子力船「むつ」のイラストである。記事の内容はほとんど記憶にないが、見開きいっぱいの描かれた褐色の船体も美しい「むつ」のイラストは、科学の進歩がもたらす「夢の21世紀」を体現する希望の星のように輝いていた。
 それから数年後、高校生になっていた私は、試験航海に出た「むつ」が放射線洩れ(放射能ではない)事故を起こしたというニュースに出会った。放射能汚染を恐れた母港周辺の住民らの反対により「むつ」は帰港できず、長い間、海の上をさ迷うことになる。私にとって原子力船「むつ」の漂流は、科学へのあこがれと信頼を損なう一大事件であった。
 科学に対する信頼が揺るぎはじめたこの時期、1971年にまるくまーるは産声を上げた。そして最初に刊行した書籍がOSHOの『存在の詩』であった。いわゆる「精神世界」と呼ばれる分野の本である。人類の幸福が科学の進歩、物質文明のさらなる発展によって実現されるであろうことを信じている社会に対して、異を唱える人たちが顕在化した瞬間でもある。
 以降めるくまーるでは、「物質文明」のアンチテーゼとしての「精神世界」に関連する書籍を数多く出してきが、21世紀が近づくにしたがって社会情勢の変化もあり、そうした本を出版する機会は少なくなっていった。
 21世紀に入って15年目の今年、縁あってOEJ Booksが刊行するOSHOの『死について41の答え』の販売に携わることになった。本書はめるくまーるにとってしばらくぶりに取り扱う「精神世界」の新刊である。版元日誌にこの文が掲載される頃、『死について41の答え』が書店に並ぶので、少しだけ紹介する。

 この本はOSHOの650冊以上にわたる全著作から、「死」という誰にとっても不可避なテーマに絞って編集したもので、死と生の真実を明らかにし、死の恐怖を生きる希望に転換する「魂の実用書」である。本書は「死」について悩む多くの人たちに有用な示唆を与えてくれると信じている。しかし、かつて原子力船「むつ」に科学の進歩がもたらす明るい未来を信じていた私が、よもや「精神世界」の本に関わろうとは想像もしていなかった。
 ところで原子力船「むつ」のその後については、ついぞ知る機会がなかった。漠然と廃船となって解体され、もうこの世には存在していないと思っていた。先日ふと気になってネットで検索してみたところ、「むつ」は原子炉を取り外された後に改装され、独立行政法人海洋研究開発機構の海洋地球研究船「きぼう」として蘇っていたことを知った。漂泊の原子力船「むつ」は、二十一世紀の「きぼう」になっていた。
 
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