入社半年、まだまだ書店員の気分が抜けない営業担当者のつぶやき
はじめまして、現代企画室の橋本と申します。営業を担当しております。入社してまだ半年といったところの若輩者ですが、どうぞよろしくお願いいたします。
とは言いつつも、みなさまの前で何かを語れるような境地ではもちろんありませんので、おそるおそる、自己紹介を続けさせていただきます。
私は今年の3月いっぱいまで、現在、東京の新名所と賑わせているビックロの前身、三越アルコットの中の某大型書店で書店員をしていました。気概をもって働ける場所でしたので、閉店が正式に知らされたときにはやはりショックを隠せませんでした。その閉店を知らされてから実際の閉店を迎えるまでは今後のことを考え苦悶の日々でしたが、この閉店を機にいったん書店員という仕事からは身を退き出版社で働くことに決めました。出版業界を多面的に勉強してみたいというおもいが以前からありましたので、思い切って今の会社にお世話になることにしました。
前職とは反対の立場、営業でお邪魔する人となり当然のことながらこれまでとは違った奥行きの風景が見えてきました。ただ今さらながら実感していることは、以前はガラス窓一枚向こう側の世界と、のん気に出版社サイドを眺めていたものですが、実際その向こう側の人間として一連の過程に従事していると、一冊の本が出来上がるまでに、また一冊の本が書店に並ぶまでに、ほんとにさまざまな人々が努力し関わり合って成立しているということです。
つい先ごろ上梓された、元東京堂書店店長の佐野衛さんが書かれた『書店の棚、本の気配』(亜紀書房刊)を読んでいると、薄い本でありながら、示唆に富んだ言葉にあふれ、また私自身いろいろと反省を促されもしました。佐野さんご自身の内的な問題意識に版元の方、作家の方、神保町周辺の文化などがうまく絡み合い、独特の気風漂う本棚を形作られていたということにとても羨ましくも感じました。ただし、そこには想像を絶する困難の繰り返しがあったにちがいないことも想わずにはいられませんが。
佐野さんとは比べるまでもない、一介の書店員だった私は毎日大量に入荷する新刊を一冊一冊把握し、そこからなにかしらの世の流れや、芽生えつつある世論の動向をいわば触覚的に感じ取るといったことで手一杯でした。また今はどこの書店もギリギリの人員で営業していますが、そんな状況でも何かお客さんに喜んでもらえるような棚を作りたいと、帰宅してからはこの情報過多の時代に私なりの一点突破を目指して黙々と読書に、勉強にと励んでいました。ですが、自分の関心に偏りすぎていて、とてもちっぽけな世界だったなとも思います。
こうしてつらつらと書き連ねていると、まだまだ自分は書店員の気分が抜けていないのだなと思います。営業先で親しくさせていただいている書店員の方には実のところ、版元さんっぽくない人だなと思われているのだろうなと思ったりもします。店員さんが忙しくしていると、レジやバックヤードのほうまで店内全体の動きが気になりだし、棚入れやレジの応援などしなくてはいけないのではないかとつい体がうずうずし始めます。そういう「なりきれてない」部分で良いこともあるのかもしれませんが、ちゃんと「自社の本」を売っていかないといけませんし、アマチュア気分でやっていけるほど甘くはないこともひしひしと感じています。そういった点も含め、営業の身としては課題が山積みですが、せっかくですので小社ラインナップの中から私の思い入れのある本と注目の新刊、の2点を紹介させていただきます。
(1)グアヤキ年代記(ピエール・クラストル著・毬藻充訳 本体4800円+税)
言わずと知れた名著『国家に抗する社会』の著者ピエール・クラストルの第1作。若い民族学者であった著者がパラグアイのグアヤキ先住民と1年間生活をともにした一級の民族誌。その丹念な観察とみずみずしい感性でグアヤキの人々との交流を描きだし、押し迫る惨憺たる現実を前に、生きるということの豊饒さを見事に救い出しています。文学を愛する人にも読んでいただきたい本です。書店員時代はずっと売れろ、売れろと念仏を唱えていました。
他にクラストルでは、未開社会の暴力をめぐる哲学的ライフワークのエッセンス『暴力の考古学-未開社会における戦争』も小社刊。
(2)粟津潔、マクリヒロゲル(粟津潔、金沢21世紀美術館:企画・編集 本体3000円+税)
新刊です。60年代の代表選手、奇才・粟津潔の全貌をしめすコレクション・カタログです。粟津潔は1950年代から世界のグラフィック・デザインを索引、60年代、70年代には、建築・美術・映像・音楽などジャンルを超えたクリエイターたちとの協働により「前衛」の渦の中心に位置し続けたデザイナーです。本書は、金沢21世紀美術館が有するコレクションより約1200点の粟津作品のデータをおさめたDVDと、2007-08年に開催された記念碑的展覧会「荒野のグラフィズム」におけるレクチャー、公演、ワークショップを記録するドキュメント・ムービーDVD、ドキュメント・ブックの三部で構成しています。かなり凝った作りと贅沢な内容に、ある書店員には「やりきった感あるな~」と言われたシロモノ。あの時代の熱を発し続けるポスター作品、山下洋輔のピアノ炎上など貴重な記録・映像が満載なのです。
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すみません、かなりの長文となりました。しかも身も蓋もない話で恐縮です。
とにもかくにも、今後とも現代企画室をよろしくお願い申し上げます。