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スプーン曲げ

 ひょんな縁から世界がひっくり返るような経験をしました。
 つい最近、1970年代から80年代にかけてスプーン曲げで有名になった少年(今はもちろん中年です)のひとりA君と知り合いになり、目の前で実際にスプーン曲げをしてみせてもらったのです。
 その当時、ユリ・ゲラーが話題になっていたことは覚えているものの、スプーン曲げをテレビで見たことがなく、関心もなかったので、A君の名前さえ知りませんでした。
 A君と会う機会をつくってくれた知人に「ネットで検索すれば出てきますよ」と言われA君の名前で検索すると、何件もヒットし、かなりの有名人のよう。スプーン曲げがどれほど世間を騒がせていたか、30年以上経ってようやく知るにいたりました。調べているうちに、森達也が『職業欄はエスパー』という本を書いていることを知り、さっそく図書館で借りて読みました。この本でまず、世界が120度くらい傾きました。
 理性では、科学で解明できているのは世界のほんの一部、科学で証明できない現象があっても不思議ではない、宇宙人がいないと思うほうがおかしい……とは思ってきました。しかし、子どものころからどっぷりつかってきた「科学信仰」の影響も強固で、根っこのところではオカルト的なもの、ましてや超能力なんて胡散臭いと思っていたのも確かです。
 しかし、『職業欄はエスパー』を読むと、「超能力、あるかも……」。著者の森達也も、最初はどちらかというと懐疑派の立場で取材を始めるのですが、揺れに揺れながらも、目の前の事実に超能力や霊の存在を認めざるをえなくなります。それでもまだ、これまで信じてきた世界とは別の世界があるとはにわかに認めたくない思いも消えませんでした。
 そして、ついにA君に会う日がやってきました。その日、わが家から普段使いのスプーンを持参しました。ステンレス18-8のかなり硬めスプーンです。
 しかし、会ってしばらくは別の話題で話がはずみ、スプーン曲げなどどこ吹く風の雰囲気でした。が唐突に、A君が「ちょっとこの先持ってください」と、テーブルに置いてあったスプーンの柄をもち、私の前に差し出したのです。言われるままにスプーンの先を軽くつかみました。いよいよかと思うと緊張がはしります。A君との距離はわずか数十センチです。
 A君は、「こちらのほうに曲がりますから」とまず曲がる方向を教えてくれました。曲がると言われても、いったいどういう具合に曲がるのかすら見当もつきません。こうやって先を持っていて曲がるのを邪魔しないのかなどいらぬ心配をしながら、何一つ見逃さまいとスプーンを凝視……と、スプーンの先の部分がゆっくりと回転しはじめたのです。
 A君はスプーンの柄を親指と人差し指で挟むように持っていましたが、格別力を入れているようには見えませんでした。集中しているのは間違いないでしょうが、いかにも集中してますという力みのようなものもなく、自然体で、淡々としているように見えました。
 ゆっくりと先の丸い部分だけ回転しねじれていくスプーン、その事実だけが静かに進行していきます。そのうち先をもっていることができなくなり、しばらくすると回転が止まりました。止まりましたというより、A君が止めたと言ったほうが正しいのでしょう。スプーンは見事に90度ねじれた状態で差し出されました。それはちょっと感嘆するほど美しいフォルムでした。
 A君に会ったあとの帰り道、A君を紹介してくれた知人がもらした一言は、さらなる驚きをもたらしました。「私も昔、スプーン曲げ、やってみたらできたんです」「なんか硬いというイメージがなくなってやわらかいっていう感じになってくるんですよ」。A君ができるのはある意味当たり前ですが、知人までできるとは……。
 これで世界が180度ひっくり返りました。
 この知人の一言に刺激され、私も家に帰ってからさっそくやってみました。スプーンが曲がるイメージを頭に浮かべ、ひたすらそのイメージに集中したのです。30分は続けたでしょうか。しかし、スプーンがやわらかくなることはなく、スプーン曲げは成功しませんでした。もしかしてとかなり期待していたので、がっかりです。でももしかしてという気持ちは消えないので、またチャレンジしようと思っています。実際にスプーンが曲がったら、ご報告します。乞う、ご期待。

海鳴社 の本一覧

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