版元ドットコム

探せる、使える、本の情報

文芸 新書 社会一般 資格・試験 ビジネス スポーツ・健康 趣味・実用 ゲーム 芸能・タレント テレビ・映画化 芸術 哲学・宗教 歴史・地理 社会科学 教育 自然科学 医学 工業・工学 コンピュータ 語学・辞事典 学参 児童図書 ヤングアダルト 全集 文庫 コミック文庫 コミックス(欠番扱) コミックス(雑誌扱) コミックス(書籍) コミックス(廉価版) ムック 雑誌 増刊 別冊 ラノベ

手塚治虫=アトムが原発をつくった!?

あの3・11以来、もう半年が過ぎてしまった。この間のさまざまなことを反省的に振り返ってみようと思った。きっかけはある若い人との会話から生まれた。「原発が作られつつあったあなたの若いころ、それにどう思いどう行動してきたの」という問いかけに、答えに詰まってしまった。ずーっと反対ではあった、が、反対の意思表示をしてきただろうか、反原発の行動に参加したことがあるだろうか。否というしかない事実に気づかされていた。

 あまり自分の内面に切り込んでいくことは好きでもないし、得意でもない。しかし、70年代から今日までの自分の原発問題への関心や危機意識は、ゼロどころかマイナスでしかない。だとすれば、躊躇なくその原因を極めるにしくはない。そこらあたりを起点として思考回路を戻していかなければ、今日的事態への方向性も見えてこないのではないかと思った次第である。

「原子力の平和利用」がキーワードだったような気がする。「気がする」というのはこころもとない表現だが、実際のところ、原爆や水爆の「原子力」と原子力の平和利用=原子力発電が頭の中でうまくリンクしていなかった、そういう甘いというか脆い思考プロセスだったのではないかと思う。漠然と「原発反対」の意志を持っていたのは、原発労働現場の危険性や過酷さをなんらかの報道やそれを扱った映画等で見知っていたからである。

 核兵器アレルギーが強い日本でこうも簡単に原子力発電が受け入れられた理由のひとつに、手塚治虫の存在があったからではないかと漠然と思っていた。言わずもがな、「原子の子」、アトムである。「鉄腕アトム」で育った世代は、ある種の手塚信仰がある。手塚の書いた漫画を、キャラクターを、そしてストーリーの背後にある思想を無批判に受け入れてしまう傾向である。そこには手塚ヒューマニズムが戦後民主主義とともに進歩主義、革新派にここちよい空気を送り続けていたからかもしれない。

 ともあれ、手塚本人の意志はどうあれ(手塚が原発に対してどう思っていたかについては後述)当時の政府自民党、電力会社、その電力を大量に必要としている大企業が原発肯定イデオロギーの流布、拡大に、アトムを最大限利用したのは疑うべくもない。原子力は正しい使い方さえすれば良いネルギーだという意識を植え付けるのに格好のキャラクターだったのである。一方で科学万能の時代性のなかで、原子力はコントロール可能であるとする(今からすれば)間違った観念を持たされた結果でもある。これは当然マスコミの稚拙な調査、取材による原発肯定報道の罪過でもある。
 手塚漫画のスターキャラであるアトムと(そう言えば妹がウランというのも今思えば実にけしからん)、原子力発電の関係を考えながらそうした情報はないかとネットを歩き回っていたら、「福島原発事故について、絞首刑に値するA級戦犯リスト」をかかげているサイトに行き当たった。その戦犯の最後に手塚治虫の名があがっていた。もちろん、手塚の容疑についてはこのサイト上でのコメのやり取りでも賛否があるみたいだったが。

 そのなかに手塚の「原発に対する発言」が書いてある。1989年ふゅーじょんぷろだくと『図説 危険な話』手塚治虫特別インタヴューに、手塚の発言として「ぼくも原発に反対です」と述べたという。また、あるインンタビュー(出所不明)で、「アトムがジャングルに原発を建てるという小冊子はご存じですか?」(多分電力会社あたりが勝手にアトムのキャラを使ってつくったのだろう)という質問に対して、手塚治虫は「俺は描いた覚えがない。許可した覚えもない」と答えたと載っていた。

 手塚が中曽根やナベツネ、田母神俊雄や小林よしのりと同列の戦犯かどうかは置くとして、果たして彼にまったく責任がないとは言えそうにない。これまでに、彼が声高に原発反対を叫んだとも反原発の集会やデモに参加したとも聞いたことはない。冒頭にわたしの反省として、原発推進勢力のイデオロギー攻勢に唯々諾々と流されてきた旨書いた。このことは手塚も同じであろう。少なくとも自分がつくり出したキャラクターが原発をつくるために利用されたということに無自覚であったこと、ここにその責任の一端が存在すると信じる。

 表現者がつくり出したモノ、ストーリーやキャラなどが一人歩き始めて社会に対して、さまざまな問題に対してどういう役割を果たしていくかは見過ごすことはできない重要な問題である。そしてそれは画家や著者だけの問題ではない。編集者としての「作り手」の立場からも問題に対して真摯に向き合い取り組んでいかなければならないだろう。世に出した作品の、その世でのありようもまた生み出した者の責任のうちにあると思う。

 70年代から今年2011年3月11日までの痛恨とも言える40年を、いまさら取り返せるわけでもないので、その反省の上に立ってこれからをどうするかを考えることこそいまやるべきことであると思っている。脱原発の声を発しよう、デモにも集会にも出よう、同志を集めよう、そして、なによりもそのような本作りを始めよう。自分の立っている場所からこうした動きをスタートさせようかと思っている。
 
青灯社 の本一覧

このエントリーをはてなブックマークに>追加