新刊委託をやめてみよう
新しい本の見本が印刷所からできあがってきます。その頃には意識はとっくに次の本に向かっているのだけど、ひとときだけ「おお、やっとできてきたか」とまるで新たな我が子を見るような気分になります。その我が子は、そこから出版流通の大海へと航海に出て行くのです。
日販やトーハンといった取次と直接取引をしている版元の多くが、まずは新刊委託を頼みに見本を持って取次各社へ向かうでしょう。窓口の人に気を遣いつつ、本の紹介や特長を語ったりして好印象を持ってもらうべくがんばるのが一般的です。
ウチも本ができると取次回りをして委託をとってもらっていました。新刊委託で扱ってくれる数は、ご多分に漏れず減少傾向にあって、2000部作って、日販やトーハン各500冊という頃もあったけどだんだん300冊程度に減っていきました。もっとも、ウチで二番目によく売れている本『金賞よりも大切なこと』は日販で1000部とってくれましたし、韓流本を出していた時は2000部以上とってくれた取次もありますがこれは例外ケース。もっとも、一番売れている本『音を大きくする本』が出た時は、大手取次とは取引がなくて新刊委託なんてできませんでした。
ウチの場合、事前注文をほとんど取っていなかったことも中途半端な部数になっていた原因かもしれません。まるでとらなかった訳では無いのですが、やはり分野が特殊なせいか、反応はあまりありませんでした。「自動配本分でいいよ」ということかなと思い、事前注文を取らないようになりました。
無事に搬入日に書籍が搬入されて、数週間が過ぎるころから新刊委託した本の返品が始まります。中には新刊委託して2週間もたっていないのに、返品了解を求めるFAXが送られてきたりもします。理由欄の「期限切れ」とか「長期販売の努力をいたしましたが……」「客注キャンセル」なんてところに○印がついてたりすると、さすがにへこみますね。また、時には1ヶ月後にどこからか100冊返品ということもありました。
通常の委託期間が終わったあとは、期間内に返し忘れた書店が版元へ返品了解を求めてくるので、配本された書店が分かります。言ってみれば、配本されたけれども売れなかった書店リストのようなもので、かえって貴重なデータかもしれません。それらを見ていると、その書店を直接知っている訳では無いのですが、それでもウチで出すような、パソコンの、それも音楽ソフトの解説書なんて、やはりパソコン関連書が得意な書店でないと、そうそう売れるようなものではないんだなと実感させられました。
せっかく、歩戻しと呼ばれる手数料を払ってまで新刊委託しているのに、書店からはどんどん返品されてくる。返品了解を求めるFAXはしょちゅう来る。老舗版元と違って精算は10ヶ月も先で、実際の支払いは約1年後。それなら、よっぽど普通に注文とったほうがいいんじゃないか?そう思ったのが、1年ちょっと前でしょうか。
「売れるかな?ひょっとしてダメ?いい本だと思うけど冒険か」と思う新刊を出す時に「新刊委託をやめてみよう」、ふとそう思いました。それは『モノクロ×ライカ』を出した時。これはウチにしては凝った本で、カバーも特別に厚い紙を使ったりしていたので原価も高め。行ったり来たりして傷められたらかなわないなぁ、という気持ちもありました。新刊委託しない場合は、登録用の見本出しをします。これは、郵送でも大丈夫と聞いていたので、伝票を同封して各取次の書籍窓口に送ると、数日で受領書にハンコを押して返してきてくれました。
自動的に書店に本は行かないのだから、こちらから書店にアピールしないとはじまりません。全国的に営業部員が受注活動!なんてこととは無縁のウチ。現状で一番効率的に思えるFAX・DMを活用します。版元ドットコムのFAX・DMサービスを使って全国の書店さんに発信すると、106書店から327冊の反応。息長く売っていきたい本だったので、まずまずの反応かなと。新聞広告も出してみました。この反応が予想外でした。会社に直接電話がかかってきたのはもちろん、書店からの客注が相次いだんです。それと同時に、店頭分ということで注文をくださる書店も何軒か出て来ました。結果的にまずまずです。
次は、パソコンソフトの解説本。こちらも「新刊委託しません。注文をいただいた分だけ送品します。もちろん返品は受け付けます」ということを明記してFAX・DM。ところが、こちらはいまひとつの反応でした。合計で132冊。ちょっとがっくりですが、次の新刊が出るときにいっしょに再度注文書に掲載しては継続的に注文をとっていくことにしています。それで徐々に置いてくれる書店が増えればいいと考えました。また、パソコン関連書はネットでも売れます。さらに、ソフト会社がメルマガなどでユーザーに紹介してくれると一気に客注やネットで売れたりもします。
これ以降も、新刊委託は基本的にはやっていません。新刊委託をやめて半年もたつと、返品が目に見えて減ってきます。返品了解を求めるFAXの数も激減しました。ウチのように出版する本が特殊な分野だからできることなのかもしれませんが、新刊委託をやめたのは正解だったような気がしています。といって、今後絶対に新刊委託をやらないというつもりではありません。ひょっとして、広く全国の書店に広めることが効果的なのだという本を出す機会があれば、また利用するかもしれません。
FAX・DMをやっていて気になるのは、どこの書店から注文が来るかです。それをよく知るためには記録をとっておかなくてはならない。最初は、版元ドットコムにその記録ができる仕組みがあればいいのにと考えました。大勢のFAX・DM利用者から情報を得て書店反応の傾向が分析できたら、これは1つの材料になります。ところが、それをやるにはものすごい大変な作業が必要とのことで、将来の検討課題ということに(なっているのでぜひ将来実現したいところです)。やむを得ず、自分で作りました。入力に便利なように、送ってくれた書店のデータベースと、何の注文を何冊くれたかを記録するデータベースを作って連動するようにしてあります。普通は、書店コードさえ入力すれば書店名や取次、番線などが自動的に表示されますが、はじめてFAX注文を送ってくれた書店だと書店コードを入れてもデータベースは反応しません。書店データが無いからです。そこで送ってくれた書店情報を書店データベースに追加します。こうやって、1年ほどやった現在、たまった書店の数は約300件。1度でもわざわざ注文をくれた書店ですから、なんとなく愛着があります。
ところで、新規書店の登録作業、すなわちウチにはじめて注文をくれる書店が、ここのところ急に増え始めているのです。しかも、以前「FAX・DMを送ってくれるな」と言われた書店に過って何回か送ってしまったのですが、いずれも注文が返ってきています。一時的でたまたまかもしれませんが、新刊委託に乗らない本も置いてみようという書店が少しずつ増えているのかな、という気もします。
当分出版流通業界で、これまでの仕組みが大きくガラっと変わることはないでしょう。しかし、徐々に少しずつ変わりつつあるかもしれない。JPO近刊情報センターに登録された新刊書籍の情報を利用したいという書店チェーンがどんどん増えているのも、少しずつ変わりつつある何かの動きかもしれません。無意識に並べる本よりも、ほんの少しでも意識して並べる本を増やしたい。毎日膨大な新刊委託の書籍にもみくちゃにされている書店員の気持ちがそういう方向に向きつつあるかもしれません。
ちなみに、「新刊委託は基本的にはやっていません」と書きました。実は唯一、日教販だけは新刊委託を続けています。なぜかというと、日教販はビックカメラやヨドバシカメラといった量販店の書籍売り場の帖合になっているからです。パソコンソフトを売っている店舗ですから、パソコンの解説本はぜひ置いて欲しい。ところが、量販店の書籍売り場は書店とは違って、わざわざ新刊書の注文をくれるということはほとんどありません。なので、ここだけは全国の店舗に勝手に配本してもらっているというわけです。
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