酷暑の中、「純愛小説」 に耽る
7月1(金) 紀伊国屋本店のエスカーレター下で、待ち合わせ。早く着いたのでので1Fで立ち読み。『菜食主義者』(ハン・ガン著、きむふな訳、クオン刊)を衝動買い。装幀が気に入ったのか…。「新しい韓国の文学01」と帯にある。4篇の連作小説。翌日、読み始め、いっきに読了。ハン・ガンは1970年光州生まれ、本作品で李箱文学賞を受賞。きむふなは「訳者あとがき」を次のように結んでいる。「静かだが力のある声を発する作品、彼女の激しさとその誠実さに対する韓国の読者の支持は熱い。ハン・ガン(韓江)、ソウルを二つに分けて流れる大河、漢江のように、彼女の作品がますます深く滔々とした流れをなすことを願う。」
【本書の書評が7月24日付き「朝日」書評欄に掲載されていた。】
7月10日(日) 猛暑の中、講演会ドットコム読書会に出席。この読書会、文芸評論家の吉田和明が主宰している。月に1回開催、83回目だ。いつも日曜日開催なので、めったに出ない。ゲストを呼んで、文芸作品を読む会。今回のゲストは小嵐九八郎。対象作品は、同氏の『真幸くあらば』(講談社文庫)。小嵐は秋田の能代生まれ。県立川崎高校を卒業、早稲田大学に1964年入学。全共闘をへて、内ゲバ時代の党派活動に従事。党派離脱後、作家になる。彼の作品は『蜂起には至らず』しか読んでない。能代の作家・野添憲治の出版記念会に来てくれたので、一度ゆっくり話したいと思い、読書会に出席。『真幸くあらば』、岩波ブックセンターで留め置き注文をしてたが、前日の土曜日7時前に取りにいくと、同店6時半で閉店。日曜日は休み。岩波は殿様商売だ~と嘆きながら、作品を読まずに読書会に行く。小嵐は40歳すぎて党派を辞めてから、まともな就職はできないので、食うために物書きになるしかないと決意して、今日に至る一部始終をきさくに語っていた。終了後、池袋で飲み会。【『真幸くあらば』は結局、15日に入手。昨年、映画化。帯に「触れあうことも許されない死刑囚との密やかな恋。奇跡の純愛小説」とある。小嵐の獄中体験が素材になっているが、構想力と表現力が凄い。連休にする仕事をほったらかして、読み耽ってしまった。解説で久間十義が、「作者がここで狙ったのは、愛と死による『権力』の無化ではないのか」と記している。】
7月14日(木) 6月刊行の鈴木義昭著『昭和桃色映画館』の重版出来。板垣が編集担当。2008年刊の『日活ロマンポルノ異聞』に続く第2弾。ちょうど今日、阿佐ケ谷のレストラン山猫軒で出版を祝う会がある。出版記念会に重版ができるのは、創立以来初めてだ。私は都合で出席できなかったが、元女優の香取環、内田高子など70名参加で盛大に行われた。板垣は今月刊行した中村浩訳著『達磨からだるまへ ものしり大辞典』など民俗学の分野や稲垣高広著『藤子不二雄Aファンはここにいる』などコミック批評の分野など、独自の著者人脈を着実に広げている。【『昭和桃色映画館』の書評、7月31日の「東京」に載る。同日のアマゾンの日本映画の分野で売り上げ第4位】
7月17日(日) 事前に東京弘報社から、「毎日」の書評に先月刊行の井上理恵著『菊田一夫の仕事』が出ると連絡があったので、同紙を買いにいく。評者・渡辺保、「孤独な魂の奧底に秘めた『愛』の理想」のタイトルで5段ぬきの大書評。「この本のすぐれているところは、宝塚のために菊田一夫が書いた戯曲の詳細な分析である。今までだれもそこにこそ菊田一夫のひそかな野望があり、その劇作家の本質があることを立証しなかったし、立証できなかった。……
著者によれば、あの別世界の夢物語と思われる宝塚の戯曲において、菊田一夫はもっとも自由に、もっともシビアに、もっとも激しく社会に対する批判を書き、現実では実現不可能な愛の形の理想を書いた。」と渡辺保は評している。井上理恵は久保栄などリアリズム演劇の研究から演劇批評を出発したが、近年は大衆演劇批評に進展している。現在、『川上音二郎と貞奴』を執筆中。
7月25日(月) 新孝一が短期間で編集制作した『軍艦島に耳をすませば』の見本出来。著者は長崎在日朝鮮人の人権を守る会。同会は1989年に亡くなった岡正治(長崎福音ルーテル教会牧師)が代表を務めていた市民団体。軍艦島の異名を持つ端島は、2009年に世界遺産暫定リストに記載される。その島にかつて強制連行された朝鮮人・中国人が労働していた炭鉱があったことは、観光客に案内人は一切触れない。本書はその歴史の暗部を記録する。同会は1989年に『朝鮮人被爆者―ナガサキからの証言』をわが社から刊行。今回は岡正治牧師の意志を継ぐ髙實康稔(長崎大学名誉教授)を中心に調査・研究された。こうした調査・研究は大学の研究者でなく、ほとんどが、市民団体が身銭にをきって行なっている。戦争の記録を後世に残すのは、政府の義務なのだが、原発の開発に膨大な予算を計上するわが政府は、その自覚は全くない。
7月26日(火) 吉田和明の『戦争と伝書鳩1870―1945』の一部抜きが出る。同書は普仏戦争から太平洋戦争にいたる軍鳩による情報戦の記録。1000枚の労作。戦場を駆け巡る「小さな伝令使」の物語、と帯に書く。吉田和明、『太宰治はミステリアス』など文芸批評ものも刊行しているが、2005年頃から伝書鳩に取り憑かれ、鳩博士になった。少年時代、実際に伝書鳩を飼育した体験が忘れられないのか。2006年に『三億円事件と伝書鳩1968―69』、2009年に『ノアの箱船と伝書鳩 紀元前2348-47』をわが社から刊行。今回の第3弾で完結するのだろうか? いずれにせよ、軍艦島と伝書鳩で8月はいく。
(日誌ゆえ敬称は略)
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