マリー・ンディアイ来日レポート
フランスの現代作家・マリーンディアイが現在、来日している。(詳しくはこちら)今回は、先週日仏学院で行われた講演会を中心に今回の来日について紹介する。
私たちが彼女と最初に出会ったのは、講演会当日の午後、早川書房の応接室でのことだ。マリーはとても長身で、黒肌に合わせたような黒い服で登場した。か細く、ゆっくりとしたおだやかな口調で話をする彼女は、インタビュー中も落ち着いて質問ひとつひとつに答えていた。
インタビューには、作家の小野正嗣も同席して、和やかな雰囲気で行われた。小野氏は、以前からンディアイの家族とも交流があり、自身も「ンディアイさんのところが子ども3人
だからうちも3人にしたんですよ」というほど、公私ともに慕っている様子だった(『ロジー・カルプ』は彼の翻訳)。聞き手は、『心ふさがれて』『ねがいごと』の訳者である翻訳家・笠間直穂子氏。彼女は、今回がマリーとの初の接見となる。
このインタビューの内容は、STUDIOVOICEに掲載の予定なので詳しく書くことはできない。ぜひ雑誌の記事を楽しみにしていただきたい。
話のなかでいくつか興味深かったことについて書くと、同席していた小野氏が、とくに「私」を使って書くことについて尋ねると、「私は、〈私〉という主語で書くことが嫌でしょうがなかった。とくに『緑色の自画像』を頼まれたとき、書きにくくてしょうがなかった」と答え、「だからあの作品は、じっさいは自画像でもなんでもないのよ。」と言って笑っていた。『緑の自画像』は確かに奇妙な本だ。「でも、おかげでようやく〈私〉で書くことに抵抗がなくなったの。」と話す。それでも実際は、三人称の語りが中心である。
もうひとつ。映画の話でも盛り上がった。ジョン・カサヴェテスの映画が好きだと言うので、どの作品が好きかと問えば『こわれゆく女』『ラヴ・ストリームス』だと答えていた。また彼女は、近日公開されるクレール・ドゥニの作品で、共同脚本をしたと語っていた。
その後、マリーは場所を移して日仏学院で講演を行った。パネラーは、ミカエル・フェリエ氏と笠間直穂子氏。話はおもにンディアイの作家的バックグラウンドについて集中した。
彼女は17歳で作家デビューを果たしたわけだが、彼女が本格的に書き始めたのは若干13歳。それまで本が好きで本ばかりを読んでいた彼女に、両親がタイプライターをプレゼントしたことがきっかけとなった。本を作りたいと思い書き始め、みずから本やノートに原稿を書きためてそれをタイプライターで打つという作業を繰り返して作品を書いていたという(じっさいに草稿を見せてもらったがとても細かい字でびっしりと書くタイプだ)。作家では、とくにフォークナーにはかなりの影響を受けているという。
講演後の質疑応答で、「ル・クレジオがノーベル文学賞を受賞したが、彼の作品についてはどう思うか?」という質問が出たが、それについては、「最初の作品『調書』はよかったけれど、あとはどれも平凡だと思います。」と答えて、会場を沸かせていた。
また『ねがいごと』について、話が及ぶと、「私は、児童書を書くつもりはなかったけれど、子どもが生まれて子どものために本を書いてもいいと思った。でも書いていることは、普段書いているものとはかわらない。でも子どもでもわかるように、整理して書いた。」と話していた。また「なんらかの実体験が反映されているのか」という質問には、「読書ばかりをしていた子ども時代だったので、とくに親との関係がどうということがあったとは思わない。基本的には私の作品世界をわかりやすく書いたのだ。」と答えていた。
最後に、最近の仕事について。現在は女性の男性を主人公にした小説を書いているという(というのは、デビュー作は男の子が主人公でその後、女性の主人公へとシフトしてきたわけだが、ここでまた男性に移るのは、ひとつの成熟期にたっしているからではないのか—笠間氏の発言より)。また、近日中に、映画監督クレール・ドゥニと共同脚本した作品が公開されるという。充実した2時間の講演となった。
彼女は、11月1日まで滞在の予定。予定がない日は、家族と一緒に東京の街をあっちこっち歩いていているという。