カメの話
冷蔵庫の上にある水槽に、カメの2代目「シロちゃん」がいる。2代目というからには当然1代目もいたわけで、こちらは玄関脇の土の中で眠っている。シロちゃんとペアで「クロちゃん」も実はいたのだが、こちらは私の机の後ろにある本棚でミイラになっている。
シロちゃんはミシシッピニオイガメという小型水棲ガメである。五百円玉程度の大きさでお目見えしたのは一昨年の冬。今は手のひらサイズになり、ほぼ成長しきった感じだ。当初は甲羅の縁が鋭い感じでかっこよかったのだが(若くしてミイラとなってしまったクロちゃんはシャープ体型を偲ばせる姿を保っている)、今は卵型のポワーンとした体型で、チョコチョコと手足を動かす泳ぎ方と併せて、ちょっとユーモラスな雰囲気のなごみキャラだ。
どうぶつ出版という名称でお分かりいただけるように、私たちは動物の本を作っている。それも飼える動物、ようするにペットの本を出版していて、犬、猫を始め、小動物、鳥、魚、昆虫、爬虫類など、オールジャンルのペットの本を出している。ペットに限定してしまっても、結構作らなければいけない本は多く、ミニブタや猛禽類(ワシ、タカ、ハヤブサ、フクロウ)、ヘビなど、部屋で一緒に生活することを想像しにくい動物たちも実は人気があったりして、本作りもなかなか面白い。カメのシロちゃんは『ニオイガメ、ドロガメの医・食・住』という本を作った際にやってきて、そのまま居ついてしまった会社のペットだ。
さてこのシロちゃん。実に食いしん坊。水槽前1メートル圏内に人が入ったと見るや、水槽の手前に泳いできては手足をバタバタとさせ「メシ、メシ」と大アピールを繰り返す。「そんなに腹が減っているのか、じゃあちょっと」とついついエサをポンポンと入れてあげると、水中から水面に浮かぶエサを、相変わらず足をバタバタさせつつ首をウニョーンと頑張って伸ばして、パクリン。そこから首を引きつつパクパク。噛み千切られた粉末が口の脇からショワショワーともれて出てくるのは、あまり美しくない姿なのだが、食い気の一生懸命さがなかなか愛嬌があって実に憎めない。特に女性陣にはよくモテて、なんだかんだとしょっちゅうエサをもらっていたのである。
もちろんそうやって良いことばかりが続くわけはなく、次には災いが待っているのが世の常。というわけで、シロちゃん二歳にしてメタボカメになりつつあることが発覚した。甲羅をつかんで持ち上げると首や手足を背中側の甲羅と腹側の甲羅の隙間に引っ込めるのだが、その際に腿のあたりが入りきらずボワーンと肉がはみ出てくることが分かってしまったのだ。こうなると下手をすれば生命の危機、「泳ぎが下手なところがカワイイ」などと言っている場合ではないので、「エサやり当分禁止令」が発令された。そこで様子をみつつ、健康を維持できる体型に矯正していく予定だった。
だがそんなことを唯々諾々として受け入れるシロちゃんではなかった。事態はぜんぜん好転せず、逆に少しエサを停めることで心身とも健康になるはずだったシロちゃんが変なのである。動きが鈍くなり、かなり弱った様子。「シャリばて? 少しは耐えたほうがいいんじゃないの」と当初は呑気に様子をながめていたのだが、どうやら本当に弱っているよう。「しょうがないな。」とエサを入れてあげても反応なし。エサの種類を変えても、ピンセットで鼻先まで持っていってあげても反応しないのだ。
さすがにあせって「どうしてだ?」とみんなで観察しているうちに「あ、もしや」と声があがった。「水草のアヌビアス・ナナを食べちゃったじゃない。あれはサトイモ科だから毒性があるのかも」。そういえば熱帯魚の小型水槽(3本あった)を1つ整理した時に、水草のついたままの流木を暫定的にシロちゃん水槽に入れておいたのだが、その水草がほとんどない。確かに破片は浮かんでいて、それはすくったのだが。あまり気にしていなかったが、その他で環境に変化したところがないわけだから、どうやらその説が有力なようだ。エサが与えられなくなってヤケになって食べまくったのだろうか。いやはや、まったく食いしん坊には、とんだツケが回ることになっているらしい。
自業自得と放っておくわけにはいかないので、今日の仕事が終わったらまずは水槽を掃除してシロちゃん療養作戦を実行しなければならないようだ。まったく世話が焼けるやつなのである。
追伸:原稿執筆から掲載までに日があったので、事後の報告を。絶食4日+水替えで、シロちゃんは元気を完全に取り戻しました。食事制限のほかに水槽のレイアウトもスッキリさせ泳ぐスペースを増やして、ダイエットを続行させています。せっかくですので、元気なシロちゃんとミイラのクロちゃんの写真を添付します。