雪かきと田んぼと本
いつのまにやら11月も半ばを過ぎ、2005年も終わりに近づいている。出版業界に身を置くようになって丸5年が過ぎようとしているわけだが、別の仕事(新潟の里山を舞台とする芸術祭の運営スタッフ)と掛け持ちしていた時期が長いせいもあってか、とにかくアッという間に時間が過ぎ去ってしまった。入社当初から「出版不況」と言われつづけているが、良い時代をまったく知らないというのもひとつの強みで、案外のんきにやってこれたように思う。
少し早いが今年を振り返ってみると、冬に雪おろしを体験したことが思い出される。先ほどふれた新潟と言えば、昨年10月の中越大地震はまだみなさんの記憶に新しいと思うが、同じ地域がその後、何十年ぶりという記録的な豪雪に見舞われたことはご存じだろうか。過疎と高齢化が進み、ひとり暮らしのお年寄りが増えている山村では、地震そのものの被害よりも雪おろしの人手不足の方が深刻、という場所もあったようだ。仕事の縁で週末参加の復興支援ボランティアに加わっていた私は、今年の1月から3月にかけて数回、雪おろしのお手伝いにも出かけることになった。
もう10年ちかく足繁くかよっている地域だが、真冬に山奥の集落を訪れたのは初めてだった。4メートルを超す積雪で半分がた雪に埋もれた家を、スコップとモッコで掘りおこすのは大変な作業だ。もう足も満足に動かないようなおばあさん(家の主)が屋根に登り、雪をひょいひょい落としていく。落とした雪を押して、谷に捨てるのが私たちボランティアの受け持ちである。おばあさんに「大丈夫ですか」と声をかけると、「生まれたときからやっていることだから」と笑う。慣れない重労働にすぐ息があがる都会の若者の方が、逆に気遣われる始末だ。半日かけて家の周りの雪を片づけても、その晩にでもまた大雪が降ろうものなら、すぐに次の雪おろしをしなければならない。
今年はまた、同じ新潟で「棚田オーナー」として稲作をした。こちらはそれこそ都会人のお遊びの範囲で、作業を主に担ったのは地元の農家の方たちなどだ。それでも田植えから稲刈りまでひと通りの作業を経験することができた。農作業は、外目には目立たない地道な作業の積み重ねだ。お百姓さんの仕事とは、作物をつくることと言うよりもむしろ、農地や集落といった場所をつくり、育てることなのではないかと思う。先祖代々、気の遠くなるような長い時間と膨大な手間をかけ、たゆまず米づくりを続けてきた結果として、1枚の田んぼは維持されているのだ。
雪おろしにせよ稲作にせよ、ほんのさわりを経験したに過ぎないが、まだ効率などという言葉が生まれる前の、自然と直に向きあう暮らしやものづくりの原点のようなものを垣間見ることができた。DTPが浸透し、ますますデジタルデータ加工業じみてきている書籍編集の職場にいる身として、このような「仕事」の感覚の落差を感じることができたのは貴重な体験だった。
少々無理なこじつけでオチをつけているように思われるかもしれないが、農の営みと出版業には、幾分通じるところがあるように思う。効率性やお金のことだけを考えればとても割に合う商売とは言いがたい点、必ずしも規模の経済が成り立たない点、持続と積み重ねが大きな財産となっていく点など、考えてみれば共通点も多そうだ。いわば、お百姓さんが理想の田んぼを求めて年々工夫を重ねていくのに対して、私たちは理想の出版目録の完成を夢みて新たな本を日々企画し、お百姓さんが天候を見て稲に水や肥料を与えるように、私たちは時機をとらえて既刊書の営業に励む、といったイメージか。今年も小社の出版目録には10数点の新刊が加わりそうだが、果たして実り豊かな理想の田んぼに少しは近づいただろうか。