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美術館にて——本をめぐる事ども

 9月末、東信濃、塩田平にある「無言館」と「信濃デッサン館」という小さな美術館を訪れた。村山槐太の絵を観たかったのだ。私の郷里から車で30分ほどのかの地には、たびたび足を運ぶ機会があったものの、美術館に立ち寄ったのはこれがはじめてであった。
  実は3年前にも行ってみたのだが、正月休みで閉館中だったのだ。仕方なく隣接する未完成の三重塔で有名な前山寺に参詣し、ついでに美術館のグッズを販売している喫茶店で、窪島誠一郎氏の『鼎と槐太』という評伝、森口豁の『最後の学徒兵』を購入。せめてもの慰めとしたのだった。もっともそのときは「槐太」という限定発売の地酒(辛口安価美味)もその店で手にいれ、帰り際の路傍では地元で試みに栽培しているという「ヤーコン」なる南米原産の不思議な野菜(その後ミニブーム)を100円で分けてもらったりし、思わぬおまけがあり、冬の塩田平をじゅうぶん堪能したのだけれど。
 
  『鼎と槐太』と『最後の学徒兵』はすこぶるおもしろく、とくに『鼎と槐太』は槐太の奔放な天才ぶりが鮮烈で、どうしても絵を観たくなり、今回の訪問となった。
  その心残りの美術館、まずは「無言館」。(1997年開館、画業の志半ばで戦没した画学生の絵を展示し話題をよび、来館者がひきもきらず観光コースにもなっている)は厳粛な雰囲気で胸に迫る絵が多い。また、館長でもある前述窪島氏設計の館内のそこかしこに氏の個性が感じられ、「反戦」「夭折」美術館という喧伝されるイメージとは違った、なにかあたたかみがあり少々意外だった。ここの鑑賞料は300円以上の評価制。500円を払って、ついでに窪島氏の『「無言館」の坂道』というエッセイ集(このひとは多作である)も購入。
  さて、もう一つの「信濃デッサン館」。1979年窪島氏が私財を投じてつくりあげた「夭折画家」の素描コレクションが中心だが期待に違わず素晴しく、とりわけ槐太の迸るような才気の奔流には圧倒される。ただ鋭い才気というより、どこか愛嬌、野趣のある画風は槐太ならではのものだろう。ここの入館料は 700円。帰りにまたしても裏手の「槐太庵」というミュージアムショップで信濃デッサン館の画集、安売りしていた別の画集も購入。帰り際、今回は妻のリクエストで前山寺の名物「くるみおはぎ」を縁側で塩田平を遠望しながらいただきコース終了、念願成就と相成った。
 
  この「美術鑑賞物語」の間、私は実に5冊、8000円分も本を購入してしまった。窪島氏の本は確かにおもしろく、買う価値もあり、両館の館長ということもあるがそればかりでなく、美術館という雰囲気、旅、そしてそこに本があったから買ってしまったのだ。
  昨年訪れた馬籠の「藤村記念館」でも『夜明け前』を自宅本棚の奥底に眠っているのを知りながら、『藤村の童話』(だったと思う)と藤村カルタともどもつい買ってしまった。
  美術館ばかりでなくテーマパーク効果というか、映画館、博物館、コンサート会場、ライブ会場、講演会場、学会会場、寄席などは書店よりずっと効率よく本が売れる。好きな人=目的買いに近い人たちが集まるのだから当然である。書店売りに比べ絶対数は少ないのであくまで本道ではないけれど、確実に売れるという実感がある。私は営業も担当しているが、管理的な仕事が多く、特定の担当書店をもたないのでいきおいこうした異種流通、直販を多く扱うことになる。
 
 ●美術館では同じ信州安曇野の「碌山美術館」(文覚上人のブロンズ像がある)で小社の『文覚上人の軌跡』が15年くらい売られ続け500冊を超えている。書店では惨敗だけど…。
 ●3年くらい前上野にプラド美術館展が来たときは『スペイン宮廷画物語』が2ヶ月弱で200冊売れた。これは店頭でもよく売れ2刷目である。レンブラント展は京都と東京で『レンブラント』が計150冊。
 ●映画館では一昨年アイリス・マードックの生涯を描いた「アイリス」が渋い映画館ばかり15館ほどでロードショーをし各館でアイリス・マードックの最後の小説『ジャクソンのジレンマ』が140冊ほどの売上。おもしろいのは銀座で2ヶ月弱で80冊。関内が2週間で12冊売れたのに地方が惨敗でとくに仙台では2週間で1冊も売れなかった。
 ●同じく映画館、渋谷のシネ・アミューズと池袋文芸座ほかで連合赤軍をテーマにした高橋監督の「光の雨」。1ヶ月弱で『あさま山荘1972』のほか関連書含め300冊を超えた。これは小社の特色かつヒットシリーズなので当然なのだが、映画を観にきたのは20代の若い層が多く、新しい読者を開拓できたことがうれしかった。
 ●今年上映されたスペイン映画「女王フアナ」では『狂女王フアナ』を10館ほどで2ヶ月で200冊。
 ●博物館では「発掘された日本列島2004」の巡回展で『関東古墳散歩』が100冊ほど売れて関連書も少し置かせてもらって売れている。
 ●神社で売れた本もある。『卑弥呼と宇佐王国』(品切れ)は宇佐神社で400冊くらい。
 ●著者が路上で売ることもある。昨年末私が編集した新宿の路上書家、大西高広君の『一笑を大切に』は2200冊作って在庫が500冊くらいだが彼が路上で600冊売ってしまった。
 ●そして最近2刷になった
『天下御免の極落語』。寄席の爆笑王の異名を取る芸暦50年、73歳、誰にも文句は言わせない川柳川柳師匠が、爆笑ネタとともに高座で大宣伝するのだから客は買わざるをえない。6月初刷り3000部、寄席の販売500弱、市場でも好調で増刷決定となった。 
 
  と、このほか学会売りなど実例を挙げるとキリがないし、失敗例もこれに輪をかけてキリがないのでこの辺でやめておくが、これらの営業活動は書店にきちんと本があれば本来不要なものも多い。そしてやはり、本は「書店で売ってナンボ」である。ただ小社の本はジャンルにもよるが、「平積みよりも棚差し」が売れると書店員さんに言われることが多い。すると小社の読者のかなりの数が平台には目もくれぬ「棚差し族」ということになる。それはまあいいのだが、店頭における商品生命がますます短くなり、単品管理が可能な店とそうでない店の格差が広がる一方の現在、貴重な「棚差し族」と本の出会いは相対的にどんどん減っているのだ。
  そうした流通事情を鑑みれば異種流通営業は、逆説的にきちんと商売になると思う。また、書店で売れずとも、ほかの場所なら売れるケースはかなり増えているのではないか。生協はもちろん美術館専門の代行屋さんもあったりして、地味だがそれなりの売上を確保する手立てとして有効であろう。
  そして面倒は多いけれど読者の顔が見えるというメリットも大きい。多くの版元さんに通じることだと思うが、小社の商品は多分野にわたるとはいえ専門書に近い。一般書的なものの店頭売上をみるにつけ、今後ますます大量部数販売が厳しくなることが予想される。これらの営業活動とそのノウハウが小出版社として生き延びるヒントのひとつなるのではないかと思う。
 
 さて、窪島氏『「無言館」の坂道』を読了した。氏は1941年生まれで前述の二つの美術館を苦労されながら「個人」で経営しているので、その話が多く出ている。小社社長と同世代でもあり小出版の状況と大変よく似ていて、示唆に富んでいる。以下引用する。(窪島誠一郎著『「無言館」の坂道』平凡社  2003年 より)

「—— どんなに美術文化の向上、芸術至上の理想をうたっていてもやっていることといったら——中略——観光地の門前で店びらきしている土産物屋センターなんかとたいした違いはないのである。——中略——「個性派美術館」を自認し「個性派コレクション」を標榜する美術館であっても、けっきょくは美術館というものが一定の集客を目的とした不特定多数相手のサービス機関であるいじょう、その「個性」の腹八分目化もしくは不完全燃焼化(ああ何と不健康なことよ!)を強いられてしまうという現実だろう。やりたいことをやり、見てもらいたいものだけ見てもらって世の中を渡れるほど美術館業界は甘くない。個性派美術館がその矜持と理念とを投げ棄てることなく、また明日への展望と夢を見うしなことなく、最小限の「個性派」たる自己の理想をつらぬくためにはそれ相応の努力と知恵が必要なのである。——」

小版元そっくりそのままではないか。窪島氏は全国の画学生の遺族から作品を委託されている性質上「無言館」は公益化する意向ということだが、二つの美術館を核にした4年制大学「信濃浪漫大学」を構想しているということだ。そこでは芸術家を育てるのではなく感性豊かな「鑑賞者」を育てるのだという。そして氏の経験を生かした「放浪科」も予定しているとか。なんとも楽しい構想でこれまた知恵である。

版元ドットコムもまた小出版の知恵と努力のひとつのカタチだと思うが、私も「個性派」出版社の端くれとしていずれ、何か知恵とひねりださずばなるまい。

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