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「暴露本出版社」が「言論の自由」と「報道被害」について考える

「そうそう、僕はわりと原則的なスキャンダリスト。松岡はアナーキーなスキャンダリスト。なんでも暴いちゃえばいいと思っているフシがある。そういうことをしていると、いずれ権力に足元掬われると思うね。だって逮捕しやすいじゃない。松岡だったら、僕だとジャーナリズムの原則と大義名分で正面切って闘っちゃうから逆に逮捕しにくいだろうけど(笑)。たとえば署名活動しましょう、といった場合、僕なら支持者たちが集まるけど、松岡だと誰も署名しないんじゃないか。わはははは」
 これは、小社刊『平成の芸能裁判大全』内のインタビューにて、かの『噂の眞相』編集長・岡留安則氏から小社鹿砦社代表・松岡利康についていただいたありがたいコメントである。
 引用中で、岡留氏は松岡を「アナーキーなスキャンダリスト」と評し、「何でも暴いちゃえばいいと思っている」と言う。「アナーキーなスキャンダリスト」であるとはどういうことか。私としては、スキャンダリストは常にアナーキーであるべきだと考えている。

 そもそも、どうしてスキャンダル暴露をやるのか。答えは簡単。読者がその情報を欲しているからである。そして、どうしても世に明らかにしなければならないからである。「言論の自由」、「出版の自由」という言葉は出せても、こんな単純なことを言えないのがもどかしい。なぜ言えないのか。「報道被害」という問題があるからである。もっと言えば、「報道被害」という言葉に惑わされているからである。
 いくらわれわれが「アナーキーなスキャンダリスト」の出版社であるからといって、「報道被害」の問題や現状を無視するつもりはない。報道によって生活が滅茶苦茶に壊されるということは、実際に起こることだからだ。ただし、「なぜ壊されるのか」ということが重要だ。それは、一般のいわゆる「庶民」には、「反論権」や「対抗言論」の手段がないからだ。
 この理由を抜きにして、「報道被害」という耳あたりの良い言葉だけが一人歩きする。損害賠償金がますます高額化する。被報道者は、「報道され、被害を受けた」ことだけを理由にメディアに対して訴訟を起こすが、たとえ「反論権」や「対抗言論」の手段を持つ者であっても、その権利を行使する者は非常にまれだ。ただ、被害を受けたことだけを強調するばかりである。小社も名誉毀損裁判を起こされているが、そのつど、回復の手段として、小社書籍に反論を掲載すると伝えている。しかし、いくら言っても、一度たりともそれに対して返答をもらったことがない。
 繰り返す。「報道被害」が生じるのは、「反論権」がないからだ。政治家、芸能人、大企業、知識人、言論人には、「反論権」や「対抗言論」の手段がいくらでもある。社員5人の弱小地方出版社にすぎないわれわれ鹿砦社と比べても仕方がないが、その影響力は不況にあえぐ出版界以上のものがある。
 さらに、名誉毀損訴訟を裁く裁判官の認識にも問題があるようだ。多くの裁判官の認識では、「名誉(毀損)=社会的地位」という図式が成り立っており、すなわち、「毀損されるべき社会的評価の高い人間(有名人、権力者)ほど、名誉毀損による被害が大きい」ということになっているらしい。とんでもない話だ。高裁でくつがえされたものの、なぜ田中真紀子の長女が『週刊文春』に対して反撃できたか? それは、田中真紀子の長女だからだ。「力」があるからだ。あの事件は、「公人」だとか、「私人」だとか、「プライバシーの侵害」だとか、そういう問題ではない。
「言論の自由」「報道被害」について、ただ重要性を叫ぶだけではなく、その内容について今一度考えてみるべきではないか。

 以下、余談。
 日本を代表する大出版社の名門週刊誌『週刊文春』の出版差し止め事件は、相次ぐ悲劇的なニュースに紛れ、すでに忘れ去られつつある。この事件があれほど大きな話題になったのは、大手出版社の発行部数77万部の『週刊文春』だからだ。手前味噌で申し訳ないが、小社鹿砦社は過去に5度の出版差し止めを受け、現在も1件が神戸地裁尼崎支部にて係争中である。「出版差し止め仮処分」という制度の危険性について、小社はことあるごとにその検証を訴えてきたが、ことごとく見過ごされ、常態化した感さえある。
 さらに名誉毀損をめぐる裁判が2件進行中だ。パチスロ業界最大手であり社会的問題企業「アルゼ」、及び「わいせつコミック裁判」で話題になったエロ漫画出版社「松文館」との訴訟である。うち後者については私自身が被告として挙げられている。どちらも『週刊文春』などと比べるまでもなく、たいして話題にならない。しかし、双方とも出版界にとっても非常に重要な裁判だとわれわれは考えている。対アルゼ裁判は請求額3億円という超高額訴訟であり、後者は原告である松文館が、いまやリッパな「表現の自由を守るために戦う出版人」(同社代表・貴志元則が自称している)であるからだ。巨大企業が「報道被害」を叫びながら巨額の賠償額を請求し、「表現の自由を守るために戦う出版人」が言論によってではなく訴訟によって言論を封殺する——ゆゆしき事態である。

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