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「めぐりあう時間たち」を観ながら

「民族に棲む魔」がパンドラの箱から踊り出て、さまよっているのですね、きっと。
それは19世紀の末から20世紀半ばの日本を、西洋列強にたちむかせ、アジアへの覇権へむかわせたもの。アルジェリア独立戦争を戦い、泥沼のベトナム戦争を勝利させたもの。そして2003年のいま、アメリカのイラク戦争をささえています。

最近話題の『めぐりあう時間たち』を有楽町まで観に行きました。
土曜の午後の1時間55分は、1923年から2001年の時間の流れとかさなり、登場する3人の女たちは「生きるとはなにか」という永遠の問いを彼女たち自身と観客にくりかえしくりかえしなげかけます。
3人の女性は1923年『ダロウエイ夫人』を執筆中のバージニア・ウルフ、1951年のその『ダロウエイ夫人』をよむ、主婦ローラ・ブラウン、2001年、編集者のクラリッサ・ボーン。
場所はそれぞれ、ロンドン郊外のリッチモンド、ロサンジェルス、ニューヨーク。(この映画の影の主役『ダロウエイ夫人』新潮社、図書館の本は貸し出し中で何人も予約が入っていました。ふだんだったらほとんどかりられない地味な本ということ)

監督は1960年イングランド生まれのスティーブン・ダルドリー、ロイヤルコートの芸術監督をつとめ100本以上の舞台を演出しているといいます。映画のつくりかたは舞台的でもあります。舞台のうえに、3つの時代がつくられスポットライトがあたり、それぞれのいまが映し出され、3人の女たちが観客の中でめぐりあいます。
もうひとつのテーマは生と死。クラリッサの恋人でエイズ患者の詩人リチャードは高層マンションの窓枠からほんのすこし身をずらすようにして死に落下していきます。彼はローラ・ブラウンの息子で、ちいさなころ母親の死へ傾斜していく心を追い続けていました。そしてラストシーンは、バージニアの死。3人の女たちが抱えている、存在の危機、生きることはいったいなんなのか。しかし、この問いは社会的な背景なくかたられます。戦争も、社会参加も、フェミニズムも、人種差別も、教育問題も、表には出てこないのです。

堀田善衛が1956年に出版した『インドで考えたこと』はヨーロッパ的価値と日本の近代化、日本人の在りようをとりあげいまでも意味をうしなわないとおもいますが、
ヨーロッパは死にたくない、死にたくないといい、アジアは生きたい、生きたいと(いうようなこと)言っていて(正確ではないが)、印象的におもいだします。(『堀田善衛——その文学と思想』同時代社は刺激的でした)

「ぼくは何ものももとめず
ぼくは何ものももとめず、森のへりの木陰に立っていた。
あけぼのの瞳にはまだあこがれがただよい、
大気は露をふくんでいた。
地の上のあわい霧には、濡れた野草のものうい匂いがした。
……」
先日、下北沢のライブハウス「ぐ」で、林洋子さんによっておこなわれたタゴールの詩の朗読会でよまれた一節です。(林洋子さんは、宮沢賢治の詩の朗読を20年以上、千数百回にわったって続けている人です)タブラと笛がインド世界を演出しそのなかでかたられる11篇の詩。
命の耀き生きる喜びに充ちています。
日本はアジアとヨーロッパこの両方の世界を生きています。頭はヨーロッパ世界に傾き、体はこの地で生まれ、水と空気で育てられた。アジアの東のヘリにあるこの日本という国はナショナリズムをかたり、ポストコロニアリズムを語り、アイデンティティーを求めてゆれうごいています。ゆれうごく心とナショリズムに向かうエネルギーは、うらはらなのだと、おもいます。何を出版していくかわたしは私自身にくり返しといかけています。
さて出版界のヘリのヘリでうごめいている梨の木舎が今年だした本を紹介します。

★『中国撫順戦犯管理所職員の証言』新井利男資料保存会 定価3500円+税
  ソ連から中国に移管された日本人戦犯にたいしてとった中国の政策。親兄弟を  殺した日本兵に、乱暴せず飢えさせず、歴史をくりかえし学ばせ改心させていきます。復讐が国際関係となったいまでは考えられない中国の政策でした。これを成し遂げたものはなんだったのでしょう。本書をおよみください。この記憶を世界史は忘れてはならないでしょう。

★『バターン 遠い道のりのはてに』レスター・テニー 定価2700円+税
  数年前来日の折、著者が日本の若者に話したのは、君たちに責任はない、君たちは自分の人生に責任があるのだよ、ということばでした。バターン死の行進で生き残り、さらに収容所で生き残り、さらに大牟田につれてこられて炭坑労働でも生き残った、アメリカ兵の物語。著者はいまアメリカで存命、ことし2月には出版の記念のため訪日しました。若干20歳の若者がどの様にしていきのびたのか。これは人間のドラマです。また彼をそこに追いやった日本軍とはなんなのか、をやはり考えざるをえません。

★『ヨーロッパがみた日本・アジア・アフリカ—改訂版』海原峻 定価3200円+税
  ヨーロッパ植民地主義の思想史です。ヨーロッパを世界的規模での侵略にむかわせたものはヨーロッパ人が培ってきた思想の中にあったのでした。本書には発見があります。新しい世界のみかたをひらいてくれる本です。

★『イスラーム 魅惑の国・ヨルダン』井上夕香著 定価1600円+税
   イスラーム世界を知らなければ国際関係を性格にみることはできません。河口慧海と同時代の考古学者を祖父にもつ著者。生まれながらの好奇心、冒険心で異文化ヨルダンの人々の生活のなかに入り、都市の暮らしや、ベドウインの生活や、はたまた、古代遺跡をたずね、言い伝えの地をつきとめたり——。
   夕香さんは魔法で過酷な砂漠の地の生活を体験し探索したのでした。売れっ子デザイナーの鈴木成一さんも魔法にかかってカバーデザインをひきうけてくださいました。まだ魔法の力がのこっていたら、この本が売れますように。

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