期待とプレッシャー
鈴木さんから電話を戴いた。「トランスビューへは初めて電話するねぇ」。
別所書店修成店、近鉄名古屋駅から急行で約一時間、三重県修成町の書店の方だ。
2002年6月16日、取引のお願いに伺ったときのことを思い出した。通常、地方への書店営業の場合は、事前に連絡をして先方の都合を確認する。目的地に訪問先が一軒だけの場合ならなおさらだ。でもこの日はアポなしで、突然お邪魔した。
なぜなら創業以来、何度かご案内をさし上げて取引開始(注:1)をお願いしたけれど、なかなか良い返事を戴けないでいたからだ。事前に連絡をして都合が悪いと断られたら、二度とお伺いする機会がないような気がしたし、首尾よく約束が出来ても、「これはOKのサインかな」なんて思ってしまいそうで嫌だった。という訳で、もし担当の方に面会できなかったらすぐに次の目的地に向かえるよう早めに名古屋をたった。
開店直後の店内をグルッと一周してから、声を掛けようと思っていたが、それが出来たのは一時間ほど後だった。「時間をつぶせる」というのは良い書店の条件のひとつだと思うが、まさにそういう店だった。当時の出張日誌にはこんなメモを残している。——ここはかなりハイレベル。棚から平台まで全て意図をもって置いているのが一見してわかる。だから隅々まで見たくなる。「部数は多くはないが確実に売る」というタイプの店で、客の限られた郊外店でここまでやるのは大変だろう——。
ともあれこの日は、ムリを言って取引開始の内諾を戴き店をあとにした。帰りはバスの時間が合わず、タクシーもつかまらず、駅までかなりの距離を歩いたが足取りは軽かった。トランスビュー創立以前に勤めていた出版社で、鈴木さんの反応と別所書店修成店での売行きを、勝手に定時観測ポイントにしていた私は、本当に嬉しかったのだ。
冒頭の電話は、今とても反響を呼んでいる(注:2)新刊『14歳からの哲学‐考えるための教科書‐』の注文だ。これまでもFAXなどで補充を戴いてはいたが、今回の電話は、「おめでとう、よかったね」といわれたような気がした。ご本人にそんなつもりは無いかもしれないけれど・・・。
あの日、店内の感想を言った私に対して、鈴木さんは「地域読者の期待とプレッシャーを感じる」と仰った。我々も、同種のプレッシャーを受けとめたいものだと思う。
(注:1)トランスビューの書籍は、全国どの書店でも取次経由で入手可能。ただし買切返品不可。委託での販売は個々の書店との直接取引としている。
(注:2)発売3ヶ月目の今も、多くの書店で人文書の上位にランクインしている。